逃亡犯

じゃがりこ

第1話 血塗られた包丁

 砂川耕司は、血塗られた包丁を手にしていた。

 パトカーのサイレンの音が聞こえて、視線を窓の外に移した。どんどんこちらに近づいて来ているように思える。

 まずい。麻友の悲鳴が外に聞こえて、近隣住民に通報されたのだろうか。いや、そんなはずは――。

 窓の外を見ていると、パトカーは赤い回転灯を点滅させながら、家の外を通り過ぎていった。

 心臓がバクバクと早鐘のように脈打っている。サイレンの音が聞こえるのは、この家に住んでからはよくあることだった。ここ周辺は治安が悪く、馬鹿な不良がバイクをふかして、夜な夜な走り回っている。

 砂川の心にずっしりとのしかかってきたのは、麻友を殺してしまったという事実と、死体を処理しなければいけないということ。そして、証拠隠滅についてだった。

 死体を風呂場で解体する光景を脳裏で思い描く。包丁やノコギリを使ってバラバラにしていく工程はおぞましく、とてもではないが自分には出来そうもないように思えた。

 そもそも、殺すつもりなどなかった。カッとなって、包丁で刺し殺してしまったのだ。

 結局のところ、あの女が全て悪いのだ。俺が働いている間に、あの女は、あの女は――。

 頭の中に浮かんだのは、茶髪でロン毛の、背の高い男だった。奴も殺さなくてはならない。

 カーテンとブラインドを閉めようと思ったが、両手には麻友の血がべっとりと張りついていた。時間経過によって徐々に乾きつつあり、鉄臭さが鼻孔に突き刺さる。

 まずは、血のついた手と包丁を綺麗に洗おう。他のものに血が垂れないように、細心の注意を払わなければ。

 砂川が今いる場所は二階の寝室だった。ここで口論になった。

 営業の仕事から疲れて帰って来て、リビングに入った。妻はそそくさと部屋を出て、二階の寝室へと入っていった。

「待てよ」

 不倫についてはまだ話し合いの途中だった。砂川は離婚を考えており、弁護士の安成友広先生に相談していた。

「なにか俺に言わなくちゃいけないことはないのか?」

 麻友は甲高く、耳障りな声で喚き立てた。砂川の容姿やルックスを誹謗中傷し、嘲弄した。不倫相手の久保木英彦が如何に素晴らしい男性であり、砂川より勝っているかを言った。その瞬間、砂川の中でなにかが弾けた。

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