放課後のシンデレラ
@nasusanunasu
第1話
人生には選択肢が多く存在する。
それは例えば就職であったり、結婚であったり、小さな事でいえば今日の晩御飯だったりしても選択することの一つである。
選択肢はたとえその結果が良かろうが悪かろうがゲームのように戻ることはできない。
それがどんなに悔やんだりしても選ばれなかった未来は存在せず、たとえそちらを選んでいたとしても同じように悔やんだりするかもしれない。そればかりはだれにもわからないのである。
ただ一つ言えることはあの日、何の気なしに変えた買い物の帰り道、あれさえ普段通りであれば俺の人生はもっと平和なものであっただろう。
うだるような暑さの中通学路の坂道を登る。まだ朝だというのにアスファルトの向こうには陽炎が揺らめいているほどである。まだ7月でこのありさまでは、これから本格的に迎えることになる夏は一体どうなってしまうのか今から不安になってくる。
「暑い。」
思わずそう呟いてしまうのを誰が責められるだろうか。
正直こんな暑いのに何故学校に行かなければ行けないのか、どうせ暑くて授業に集中出来ないのだから行く意味は無いのではないか、第一そこまでして学校――
「うーっす」
ボスッという音と共に頭に軽く衝撃がはしる。
こんな事をする知り合いに心当たりは一人しかいない。
「にしてもアホみたいに暑いな」
そんな事を言いながら制服のネクタイを緩めるのは寺 恭一、この学校に入ってから知り合った友人、いや悪友の一人だ。ちゃらちゃらとした軽薄な態度をとり、しょっちゅう下ネタを挟んでくるため本人の希望とは逆に女子人気がいまいちな男だ。
「女子はいいよなぁスカートとか涼しそうで」
「じゃあお前も履けばいいじゃないか」
「何で俺が履かなきゃ、暑さで頭をやられたか裕一?」
うるせっと軽くツッコミながら肩にまわされた手を払う。何でこれだけ暑いのに男と肩をくまなけれゃいかんのかと。
恭一と二人だらだらと通学路を歩く。周囲に増えてきた学生達が目的地がちかいことを示している。
「しかし何で山の上なんかに作るかねえ」
ようやく校門が見えてきた目的地を前に恭一がぼやく。
私立千夜高等学校、俺達の通う学校である。町を一望出来るこの学校は非常に長い上り坂のせいで通学するだけで足腰が鍛えられると評判(?)である。
俺、夜野 裕一はこの学校に通う二年生だ。
「はよーっ」
「おーす」
適当に挨拶を交わしながら自分の席に向かう。因みに俺の席の左側は窓であり、右側は恭一である。つまり何が言いたいかというと女子成分が足りない。
朝から男と登校し、教室に入って男と挨拶を交わし、席につけば唯一の隣が男である。健全な男子校高生としてこの叫びは当然であろう。
いや別に女子の知り合いが居ないわけではない。ただ今日はまだ男としか触れ合って無いわけで、こんなアホなことを考えてしまうのも暑さのせいだーと現実逃避をしながら机に突っ伏す。
「暑いなー何でクーラーねーんだよ」
「俺に言うな学校に言え」
「言って付けてくれるならいくらでも言うけどよ」
「無いもんは仕方ないだろ、それより余計暑くなるからこの話は終わり」
「あーさんせ」
同じように机に突っ伏した恭一とうだうだと喋る。もうこれだけ暑いと今日の授業は集中できないのが決まったようなものである。
もう嫌なことはさっさと終わってほしいのだが、こういう時に限って時間の進みを遅く感じてしまう。俺は机に突っ伏しながら朝のHRが始まるのをじっと待った。
「よしお前ら席に着け、HR始めるぞ」
そう言いながら教壇に立つのは我らが担任愛野 夢子先生、可愛らしい名前だが男まさりの性格でもうすぐ三十路を迎える独身である。明るめのショートヘアーに少しつり目気味ではあるが十分美人であり男子からの人気も高いのだが、何故か結婚出来ておらず、その原因は私生活にかなりの問題があるからというのは恭一の談である。
「暑くなってきたからと言ってだらけるんじゃないぞ」
そう言いながら各所連絡事項を伝えてくる夢子先生。今日のHRも特に変わったこともなく平和に終わった。
キーンコーンカーンコーン
「起立、礼」
あっという間に今日という一日が終わる。正直朝に予想した通り暑さにばかり気を取られて授業内容はほとんど頭に入ってはいない。
「あー暑かったな今日」
そういう恭一も途中の授業からは完全に脱落してしまった一人である。
「なあ、暑かったからよ帰りにアイスでも食いにいかねーか」
教科書を片づけながら恭一がそんな事を言ってくるが、正直放課後は人に会わないようにしている。
「あーすまんな今日は無理だ」
「なんでだよー付き合いわりーぞ」
「いやほんとすまんって、放課後は無理なんだって」
「偶には付き合えよなー」
恭一も文句は言ってくるものの、俺が放課後は付き合わないようにしているのを重々把握しているからか、あまり深くは突っ込んでこない。このやり取りだって言わばお約束というやつである。
「それじゃーな」
教科書を詰め込んだ鞄を背負い挨拶をしながら帰路につく。周りはこれから部活動であったり、個人で遊ぶのであったり、色々と予定があるのだろう。俺もこんな体でさえなければそんな普通の生活もできたのかも知れない。
「ただいま」
誰も居ない室内に呼び掛ける。これは一人暮らしを始めても抜けない癖みたいなものだ。
両親はとある研究の為海外に行っており、本当は一緒に来ないかと誘われたのだが、やはり住み慣れた日本を離れたくなくて俺は残ることになったのだ。
さっと夕食を作りテレビを見ながらのんびりと過ごす。日が落ちて暗くなったのを確認すると、腹筋や腕立てと言った筋トレを一通り行う。それが終わると近所にランニングに向かうのが、小さいころから続けている習慣である。
戻ってくると時間もいい時間になってきたのでそろそろ風呂に入るかと脱衣場へ向かう。ふんふんと鼻唄混じりに服を脱ぎながら風呂場のドアを開ける。その風呂の鏡に写し出された身体には――見事な双丘があった。
「おーっす」
「うぃーす」
今日も今日とて恭一と通学路をだらだら歩く。今日もうだるような暑さでこれから一日過ごさなければいけないと思うと憂鬱になってくる。そんな気分が沈みかけている俺の隣で恭一はどこか楽しそうにしている。
「何でそんなに元気なんだよお前は」
「ばっかよく見てみろ周りを」
「周り?周りに何があるんだよ」
そう言いながら周囲を見渡すが特別な物は見当たらない。何時ものように学校に向かう生徒がいるぐらいだ。
「ちゃんと見たのか?この楽園を」
「暑さのせいで頭やられたのかお前は」
「そう、まさに暑さのせいだ。いや暑さのおかげだ」
「いや、いい加減意味がわからないんだが」
いいか、そう前置きすると恭一は顔を寄せ小声で
「ブラだよブラ、汗で透けて絶景じゃないか」
アホなことを真顔で言いはなった。確かにうちの学校の制服はセーラー服であり、夏場の白く薄い生地では汗のせいでうっすら透けてしまうことが多々ある。しかしこんなくそ暑いなかそんな事ばかり考えていたとは
「この猿野郎」
「なんだと裕一、お前は興味無いっていうのかよ」
「暑くてそんな事考える気になんねーよ」
「嘘をつくなこのムッツリ、良い子ぶりやがって本当は興味深々なくせによ」
「誰がムッツリだ誰が」
「裕一しかいねーだろ、普段はエロい事ばっかり考えてるくせにいざとなったら逃げやがって」
「誰がエロい事ばっかり考えてるだ、そっくりそのまま返してやるよ。お前はエロい事から少しは離れろ、多少は勉強に力を入れろ」
「うるせぇな勉強なんてどうでもいいんだよ、今の青春を大事にしろよ」
「それでエロい事しか考えねーとか最悪だぞ、青春に謝れ」
キーンコーンカーンコーン
ようやく4限目が終わった俺は力なく机に突っ伏していた。ただでさえ暑いのに加え朝の
「うーっし、裕一飯行こうぜ飯」
こんな風に元気が有り余っているのだから不公平である。
「学食で良いよな」
「あー、まあいいぜ」
曖昧な返事をしながら恭一の後に続いて教室を出る。階段を下り一階の廊下を進むと学食である。教室で少しダウンしていたせいか学食は結構な人数で埋まってしまっている。
「A定唐揚げか、裕一は何にする?」
「あーそうだな、今日の気分的にカレーライスで」
「まーたカレーかよ、まあいいや俺は何にするかな」
さてこれだけ人が集まっている我が校の学食だが別段美味いというわけではない。むしろ味だけでみるなら微妙である。ただそれを補ってあまりあるのがその安さとボリュームである。
例えば今回俺が頼むカレーも味は微妙というかレトルトとどっこいどっこいである。ただその値段は200円と格安であり、並みで普通の店の大盛りサイズはある。これは俺みたいに弁当を持ってこない生徒には非常にありがたい。デカイ、安い、微妙、それがうちの学食だ。
受け取ったカレーを持ち席につく。恭一が向かいに座り互いにいただきますと一口、うんいつも通りの可もなく不可もないカレーだ。恭一はA定食の唐揚げにしたようだ。
「しっかし最近のこの暑さは異常だろ」
唐揚げを口に放り込みながら聞いてくる
「ほんとにな、外に出るのが拷問だわ」
「うちの学校もクーラーつけてくれればいいのにな」
「そうなったら見れなくなるんじゃねえの?今朝のあれ」
「あー、そうか、暑さとチラリズム俺はいったいどっちを取ればいいんだ」
そんな事を言いながら変な妄想を始めた恭一は放って置いて少し冷たくなったカレーをかきこんだ。
今日も寄り道一つせず学校から帰り、テレビを見ながらのんびり過ごす。来週から期末が始まることを思い出し勉強をやらなければと思いつつも身体は動こうとはしない。
辺りは暗くなってきたので日課のトレーニングをする。勉強には体が向かないのに、慣れ親しんだトレーニングにはすぐに体が向かうのだから不思議なものだ。
いつものランニングを終えそろそろ風呂に入ろうかとした時にふと思い出す、買い置きの牛乳が切れている事を。
風呂上がりは牛乳と相場が決まっているし、風呂からでてから気づくならともかく風呂に入る前に気がついてしまった。何故今まで外にいたのに思い出せなかったのだろうか、ッ自分のダメさに思わずため息が出そうになる。
「代わりに何かあったっけ?」
淡い期待を抱きつつ冷蔵庫を開けてみるが、牛乳はおろか他の飲み物の姿もなかった。
「仕方ない行くか」
誰にいうとでもなく出掛ける準備をする。既に体を動かしてじっとりと汗をかいた体は今すぐの入浴を欲しているが、入浴してから買い物に行くなど言語道断である。近くのコンビニに向かうだけだが再度ドアを開けるとムアッとした熱気がまとわりつき、俺の足取りはかなり重いものになっていた。
「ありがとうございやしたー」
目的の牛乳、その他を手にいれ帰路につく。冷蔵庫に何も入っていなかったせいか牛乳だけでなく色々と買いこんでしまった。
特に牛乳と一緒に買ってきたプリンに少しテンションが上がりながら歩いているとふと路地が目に入る。
普段は人通りもなく暗い道の為あまり利用することはないが、この道を使うとほんの少しだけ近道になるのだ。
正直あってないような差の近道ではあるのだが、この暑さの残る中一刻も早く帰りたかった俺はその路地に向けて足を踏み出した――そこに自分の運命を変えるような出会いがあるとは知らないまま。
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