第11話

 「お前に話しておかなければならないことがある」

 「お袋と通寿みちひさのことか?」

 前を歩く兄の背中に問い掛ける。

 通寿とは末の弟の名だ。

 振り返らずとも、声音で緊張しているのが分かる。きっと二人が死んだと思っているのだろう。

 「いや、違う。お袋も通寿も見つからん。実は、今少女を訳あってうちに居候させている」

 「少女? 何でまた」

 「帰還して、家に向かう途中に知り合った。目と頭を負傷していてな、余りに可哀想で連れて来た」

 「可哀想って……」

 驚愕したまま兄を見上げる。そんなことも構わず、通成は閉じられた障子に向かって声を掛けた。

 「凛」

 「は、はい」

 「弟が帰って来た。開けるぞ」

 通成が襖を開けると、凛は正座をしたまま顔を伏せていた。

 口を引き結び、固い表情で次の言葉を待っている。

 「彼女は凛と言って、駅の近くでうずくまっているところを俺が声を掛けた」

 通春は茫然としたまま、包帯を巻いた凛を凝視する。

 「凛、俺の弟だ。名を通春という。前にも話したが俺より一つ下だ」

 凛は通成の声のした方に顔と身体を向けると、お辞儀をして、

 「凛と申します。従軍お疲れ様でございました」

 「ああ、どうも」

 凜が頭を上げるのを見てから、通成が続けた。

 「通春、飯は食ったか?もし、まだならトウモロコシとじゃがいもがあるが」

 「いや、大丈夫だ。配給所で配っていたすいとんを食って来た」

 荷物を置いて、食卓の前に腰を下ろす。

「そうか。疲れたろう、今布団を敷いてやるから……」

「なあ、兄貴。俺よりもこちらのお嬢さんを先に寝かせてやってくれ。俺は兄貴と少し話がしたい」

 

 通成は居間に弟を残し、凛の手を引いて寝室へ入った。

 「通成様、私はきちんと人様の振りが出来ていたでしょうか?」

 不安気にそう訊ねる凛に通成は微笑して、

 「ああ、しっかりと人間の娘に見えていた。そんなに不安そうな顔をするな。心配しなくて良い。安心して寝てくれ」

 「通成様にお話があると」

 「恐らく従軍していた時や帰還してからの話だろう。包帯取るか?」

 「いえ、このまま休ませて頂きます。私のことは気になさらないで下さい」

 「分かった。じゃあ、照明消すぞ。おやすみ」

 「はい、おやすみなさい」


 「通春、話とは?」

 居間に戻ると、通春が新聞に目を通しているところだった。

 新聞から目を離して、通成に問い掛ける。

 「凛といったか。あのお嬢さんは一体幾つなんだ? 十代には見えなかったが」

 「十七だ。歳より大人びて見えるのは言動のせいだろう」 

 「家族は皆亡くしているのか? この辺りは他の所に比べて被害が少ないように見えるが、あのお嬢さんは他所よそから逃げて来たのか?」

 「詳しくは聞いていないが、ここの者ではない。家族は皆亡くしていると聞いているが」

 言いかけた時、通春が手を突きだして、会話を止めた。

 「いつまでここに住まわせるつもりなんだ。あの様子じゃ恐らく目は見えていないんだろう? 身の回りの世話が誰がするんだ? うちには女がいないんだぞ」

 通春が疑問を抱くのは当然だ。それでも、凛をここから追い出すわけにはいかない。

 「今はどの施設もあの娘を受け入れる余裕はないだろう。他所からの負傷した者達で溢れているはずだ。……世話は俺がする」

 「正気か?」

 「ああ。心配するな、お前に凛の世話を強制したりはしない」

 通成は口を閉じ、それ以上何も話そうとはしなかった。通春は深く溜息を吐いた後、立ち上がり、

 「もういい。疲れた。先に休む」

 それだけ言い残すと、居間を出て行った。

 通成だけがそこに残された。

 凛は眠れているだろうか?

 そんな疑問がふと頭に浮かんだ。

  

 

 

 

 


 

 

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