無能

 からころと鈴の音が客の来店を告げる。


「いらっしゃいませー」


 来客のピークは過ぎたが、しかし席は未だに満席だ。しばらく待っていてもらうか。

 いらっしゃいませを呪文のようにもう一度繰り返しながら、


「よすよすー、間々田ぁ」

「遊びに来てやったぞ」


 俺の顔面が不機嫌に歪んだのがわかった。と言うかなんでこいつ等いんだよ。


「ここが間々田のバイト先だったとはなあ」

「相変わらずお洒落な内装だよね」


 言いながら、姉川と山田の二人はきょろきょろと店の中を見回す。なんて落ち着きのない。


「すみません、ただいま席が満席となっておりますので、名前を書きお掛けになってお待ち下さい」

「くはっ」


 山田に笑われた。覚えておけよ。


「喫煙席でも良いよ」

「空いてるだろ?」

「そもそもねえよ。名前書いて席が空くの待っててください」

「はーい」


 姉川は素直に返事をし、席に座る。名前書けよ。


「パフェ食べようよ」

「背が高い奴ね」

「値段も高い奴」

「あれ背が高すぎて食べ辛くない?」

「辛い」


 在席中の客のオーダーを待っていると、待ち合い席から不穏な会話が聞こえてくる。多分パフェのことを言ってるのだろう。

 今日は若白毛さんと同じシフトだから、デザート系作らされるの俺なんだよな……。と言うかあの人、コーヒー淹れるのも割りと下手だし。得意なのは接客だけだ。客寄せパンダだ。

 顔良いくせに不器用とか最高かよクソが。くたばれ。


 そんなことを考えていると、一瞬の静寂を挟んでから今度はオーダーのラッシュが始まった。いつも思うのだが、席数30強に対して従業員2人は明らかにおかしいと思う。て言うか今日風邪で菜月休んでるし。

 俺は近くの3席ほどのオーダーをとってからカウンターの後ろに下がり、デザートを作り始める。ケーキとかの形の崩れにくいものは若白毛さんに運ばせても平気だが、コーヒーやパフェは危なっかしいのでやめてくれと苦情があった。その事を店長から伝えられたときの若白毛さんは、まるで飼い主に怒られた時の犬のようだった。反則だろ。


「今日ケーキ多いな」


 若白毛さんは伝票をまとめながら帰ってきた。


「若白毛さん、仕方ないのでコーヒー淹れてください。簡単なやつから」

「おっけ」


 大丈夫だろうか。たまにボケるから心配だ。いや、間違いはないのだが、むしろ記憶力は抜群に良いし気遣いも完璧なのだが、なんだろう、今のように難しい顔で思案している様子は不安しか覚えない。


「ふーむ……」


 なにしてんだあの人……。


「どうして俺の淹れるコーヒーは美味しくないんだろうな……」

「コーヒーの不味さはうちの売りですよ」

「いやでも、豆は良いものっぽいし、淹れたてが不味いとかもう俺の問題としか……」


 叩き売りされているクッソ安い豆なのだが、教えないほうが良いのだろうか。


「コーヒー入ったぞ」

「ちょうどケーキ出来たんで、一緒にお願いします」

「おう」


 不安だが、人手が足りないのは仕方ない、ここは若白毛さんに任せよう。危なっかしいだけで、こぼしたことはないのだ。でも絶対いつかこぼすと思う。こぼせ。


 しかし、本当に菜月が空いた穴は痛い。ケーキばかり先に出来てコーヒーが一向に仕上がらない。俺は仕方なく、ケーキ作りを中断してコーヒーを淹れ始める。どうせ若白毛さんは客に捕まってるだろうし。顔が良いと話も上手くなるのだろうか。手先も器用になって欲しい。


「…………」


 なんてことだ、若白毛さんが戻るより早くもう1席分のコーヒーが出来上がってしまった。これ運んで帰ってきても絶対若白毛さん戻ってきてねーって。俺にはわかる。だってまだ話してるし。


「お待たせしました」

「あ、どうもありがとね」

「いえ、失礼します」


 女性客のはしゃぐ声を聞きながら、俺は足早にキッチンの裏に戻っていく。その途中で確認したら、姉川と山田の二人はどこかに消えていた。もう席に着いたのだろうかと店の中を見回してみても、どこにもいない。どうやら帰ったらしい。


「なにしに来たんだよ……」


 冷やかしだろうか。相変わらず、変な奴等だ。

 と言うか、姉川達がさっさと帰ったんだから、若白毛さんもさっさと帰ってきて欲しい。客となに話してるんだよ。いやむしろ、若白毛さんを放して欲しい。


 若白毛さんが帰ってくる前に、またひとつコーヒーを淹れ終えてしまった。

 なんだろう、臭い立つ絶望感。これ絶対無理だって、俺1人じゃん働いてるの。


 そうか、ここがブラック職場だったのか。

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