駄目人間
「すんすん……すんすん……」
鼻腔をくすぐる、汗の匂い。
「はぁ……すんすん……」
押し付けた顔を押し返すのではなく、包み込む毛布の感触。よりいっそう強くなる匂いに、興奮を押さえられない。
昂る感情が行き場を探して、身体の至るところでむずむずと燻りだした。
堪らず、人差し指と中指を口にくわえ、しゃぶる。
「ん……ぁ……すんすん……」
布団に染み付いた汗の匂いのためか、目の前でなにかの光がチカチカと明滅している。
幸せが止めどなく溢れ、指だけでなく掌や布団をだらしなく濡らす。
「……アンタなにやってんの」
「っ?!」
突然冷や水を頭からかけられたかのような、心臓がぎゅっと縮こまる感覚。
口の中から指を引き抜き、声がした方に振り向く。
「いやアンタ……喧嘩してたんじゃなかったの? なんで智秋の部屋にいるのよ。しかもそんな……」
「べ、別に嫌いになったわけじゃないし! それに今日は仲直りしに来たの!」
ただ、仲直りしようとした相手の部屋に来たらいなかったので、待たせてもらっていただけだ。そしてその間暇なので、久し振りに布団の匂いを嗅がせてもらっていただけだ。
「お姉ちゃんこそ、どうして智秋くんの部屋にいるのよ?」
「さっき智秋に電話で言われたのよ。私の誕生日プレゼント机の引き出しに忘れたから、勝手に持っていけって。ホント呆れるわね」
そう言って、お姉ちゃんは智秋くんの勉強机の中を漁り始める。私は智秋くんの毛布にくるまりながら、それを見届けることしか出来なかった。
だってお姉ちゃん怖いんだもん。目付きとか口調とかキツいし。
「あ、これね。緑色の紙袋」
そう言って、お姉ちゃんは緑色の紙袋を通学鞄にしまい、ずかずかと部屋を後にする。
「はぁ……」
なんだか、興が冷めてしまった。智秋くんが来るまで寝てようかな……。
「あ、そうだ」
「ひゃっ?!」
部屋から出ていったはずのお姉ちゃんが、廊下から顔を覗かせている。2度も驚かさないでほしい。
「智秋、今日友達の家に留まるらしいから」
「えっ?! そ、そんな冗談を……あはは」
「冗談じゃなくて悪かったわね。後、あんまり布団汚すと仲直り出来なくなるわよ」
「うっ……」
確かにその通りだ。そもそも、私が持ち主を差し置いて智秋くんの布団を独り占めしていたのが喧嘩の原因なのだ。また智秋くんの布団でごろごろしていたことが知られたら、今度は無視されるだけじゃ済まないかもしれない。
「アンタ達が仲悪いままだと調子狂うのよね。やれば出来るんだから、シャンとしなさい」
それじゃ、と手を振ってお姉ちゃんは今度こそ立ち去った。……立ち去ったよね? 廊下に出て確認して見ると、やはり立ち去っていた。
ひとまず息を吐いて、毛布にくるまる。
「今日は泊まりかぁ……」
なら、まだごろごろしてても良いかな? 良いよね? 布団干せば臭わなくなると思うし……。
うーん、いつの間にか毛布が私を捕らえて離さない。これはもう、仕方ないのではないのだろうか。
「……よし」
「よし、じゃないわよ」
「にゃっ?!」
「ほら、帰るわよ」
「ぅあー、卑怯なりー」
帰った振りとかズルいよぉ。
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