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「車に轢かれたんだってね」

「うぇ?!」


 朝のSHR前に1時限目の準備をしていた間々田は突然背後から話しかけられ、すっとんきょうな声を上げた。

 そんな馬鹿な、俺に友達はいないはず、と恐る恐る振り返ると、後ろの席の女子二人がにこにこと愛想笑いのようなものを顔に浮かべている。

 間々田に話しかけてきたのは、髪が長い方の女子、姉川だった。


 友達がいない俺に事務連絡以外の話題を振ってくるわけがない、つまりこれは虐めだな。間々田は瞬時に誤解した。


「えーと、まあ」

「いいよね」

「はい?」


 お前マゾか?


「学校休めて羨ましいよね」

「あ、そういう……」


 間々田が姉川の言動に困惑していると、髪が短い方の女子、山田が突然笑みをこぼした。


「入院生活どうだったん? 可愛い看護師のお姉さんいたん?」

「え、いや、元気なおばさんだったけど……」

「えー、つまんな」


 お前を楽しませるために入院したんじゃねえよ。間々田は喉元でなにかが詰まったような気がして、唾液を飲み込んだ。


「あ、でも最近男も看護師なれるんでしょ?」

「そーなん? え、て言うかなにそれ?」

「茜ー、一般常識だぞ?」

「おっさんに看護されたくないし」

「看護されるならきゃわいいおんにゃのこだよねー」

「キモい」


 それな、おっさんかよ。


「看護されるならやっぱり男の娘でしょ」

「キモい」


 ……やべえなこいつら、巻き込んできたくせに俺が全く話に関係無いぞ。あと二人とも顔可愛いくせに中身キモい。


 間々田はナース服のスカートの長さについて盛り上がり始めた二人から、自分の机に視線を戻す。

 間々田の入院中に席替えがあったらしいのだが、彼の席は変わらずど真ん中最前列である。やっぱり虐めだろ、と間々田は心の内で呟いた。


「あ、そうだよ。おい間々田ぁ」

「はい!?」


 突然名前を呼ばれ、間々田は過剰な反応を示してしまう。それを姉川と山田はおかしそうに笑った。


「なにそれ、オモシロ」

「そんなことないですし……」

「いや面白いって」


 もうそれで良いから、早く用件言って下さい。間々田は助けを求めるように視線を泳がせるが、自分に友達がいないことを思い出して悲しさに包まれた。


「間々田のせいで話ズレたわ」

「はあ……って、ええ?」


 連帯責任だろ。間々田は目で訴えようとするが、彼の視線は床に向けられているため姉川と山田には不満そうな声しか届かない。

 そんな間々田を山田はにやにやと笑う。


「間々田って弄ると面白いんな」

「弄られキャラか」

「辛い」


 なんで今俺の心の声代弁したの?


「弄られついでに、はいこれ」


 そう言って、姉川は間々田にゼムクリップで留められたそれなりの厚さをもった紙束を渡す。


「え、なにこれ」


 紙束の一番上には、「コピー代 500円」と書かれた付箋が張られていた。その文言通り、紙束の中身は全て授業ノートのコピーだった。

 ただ、半月分のノートのコピーとはいえ、どう見ても500円分の枚数ではない。

 間々田は思わず姉川の顔を見る。


「……え、なにこれ」

「間々田って友達いないよね」

「…………」


 ストレート過ぎる発言に間々田は一瞬泣いた。


 間々田はしくしくと胸が締め付けられるのを切に感じながら、姉川に100円玉を5枚渡す。

 姉川は嬉しそうに顔を綻ばせながらそれらを両手で握り込んだ。


「やったぜ、儲かった」

「本人前にして言うなよ」


 ホントだよ。

 間々田が姉川を感謝するべきか恨むべきか悩んでいると、姉川はまたなにか思い出したように声を上げる。


「あ、それとわたし達で良ければ間々田の友達になるよ」

「友達いないとか可愛そうだもんな。仲良くしてやるぜ」

「いや絶対俺オモチャにされるじゃん、やだよ」


 笑い声が沸いた。

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