ふらわーまーち!~ flour march! ~

ありみやゆきほ

第1章 pastel bouquet編

第1話 故に小紅はステージに立つ

彼女の第一印象は「なんだろう、この胡散臭い人」。それだけだった。彼女は病院の個室で目を覚ました常磐小紅ときわこべにの前に立ち、開口一番に「ねぇキミ、アイドルにならない?」と、そういったのだ。

「アイドル?」小紅が尋ねると、「そう、アイドル。夢が叶って、なりたい自分になれて、キラキラ輝けるあのアイドルだよ」少しの自信を含んだ表情で受け答える。細かなことを気にしようとしない朗らかな口調が、小紅を少々苛立たせた。小紅はようやく起きてきた意識で、改めて彼女を見据えた。遠目で見ても彼女だと1発でわかるほどの鮮やかな金髪。ぱっちりとしたくもりのない翠眼(睫毛は長め)。薄紅の唇。遊んでそうな見た目なのに肌が焼けていないのが不思議だ。背は私と同じくらいだろうか。と、そこまで分析してふと小紅の脳裏にある疑問が生じた。いや、真っ先に思いついてもよかったはずの疑問でもある。

「―あなた、いつからそこにいるんですか!? というか、何者なんですか!? 一体全体私とあなたの身に何があったんですか!?」

「あっは、キミ、結構質問攻めするんだねぇ~ そういう子、嫌いじゃないよ。ごめんごめん! 自己紹介が遅れたねぇ!」彼女は悪びれる様子もなく軽くはははと笑ってこう続けた。「あたしは柊穂多瑠ひいらぎほたる! こんなナリだけどいちおーあそこの事務所でプロデューサーしてんの!」

そう告げて、窓際まで行き、カーテンを開け放つ。解放されるのを待ち構えていた日差したちが一気に個室へと流れ込んだ。「まぶしっ」小紅は慌ててごぼうのようにか細い左腕で顔を覆う。

「……なに急に開けてるんですか」

「ごめんごめん、事務所がそこだから、見してあげよっかなぁ~と思ってさ!」

反省の色を見せない軽めの声色。小紅はそれを完全に記憶してしまった。なんていう人だ。しかし、いままでこのような人に出会ったことない小紅には微小だが新鮮にも感じられた。

そんなことを知る由もない彼女、もとい柊穂多瑠は窓外を眺めながら高らかに笑う。「いやぁ、都会の車窓っていいねぇ! ビルも多いし、夜景は綺麗だし!」

「ここは車じゃないから車窓とは言いませんけど…?」やんわりとしたツッコミを返す小紅。「そうともいう!」5歳の幼稚園児が主人公の国民的アニメのような返事をすると、穂多瑠は小紅の方へ向き直った。

「まっ、そんなことは置いといて。キミがくれた質問に答えるとしようっ!」

この人、タイミング掴むの難しいなぁ…… 小紅は内心「はぁ」とため息をつく。現時点での小紅の悩みの種である穂多瑠は長い人差し指を突き立てながら説明に入った。

「まず第1に、キミは今日事故に巻き込まれた。」

「事故……ですか?」いきなり事故だなんていわれても困る。なんとか状況を処理しようと頭をフル回転。大丈夫。さっきよりも意識は起きてるから。

「そう。大通りの銀行にね、強盗が入ったんだ。その人っちがさ、すんごいおっきな爆破装置ってやつを使って立てこもっちゃってさ」

「……はぁ」

「『金くれないと爆発すんぞゴルァ』って喚いて警察もくるわでドンパチドンパチしちゃってさ」精一杯の身振り手振りで強盗の真似をする。おかしくて、小紅はちょっと吹き出してしまった。

「あはっ、小紅ちゃん笑ってくれた!」

「……!」いつから笑っていたんだろう。恥ずかしさで急に身体が熱くなった。

「ていうか、なんで私の名前……!」

「ソーリー小紅ちゃん。キミの保険証と学生証、勝手に見ちゃった」と、パチリとウインク、アンド決めポーズ。咄嗟にこのような仕草が出てくるあたり、私よりアイドルに向いてるのは彼女ではないだろうかと思う小紅だった。

「まぁそれはそうと話を戻して― その強盗がね、どかーーーんって爆発させちゃったわけですよ。そしたらびっくり仰天、まー被害の大きいこと大きいこと。爆風で吹っ飛んだり煙すっちゃったりで病院に行った人もいるんだよね。まったくひどいひどい」

「……ってことは、私もそのひとりってこと?」

「さっすが小紅ちゃん、察しがいいっ! キミも煙をすったみたいで倒れたひとりってわけよ! それでキミさぁ、あーなんていうんだろうな、現場の通りすがりだったっしょ? あたしも通りすがりだったんだよね。あたしの前で派手にぶっ倒れるから心配んなっちゃって。学校帰りのようだしバッグに保険証も学生証もあるからさ、あたしもついてきたんだよね、保護者じゃないけど」

「……ありがとう、ございます。ところで穂多瑠さん、怪我はありませんか?」

「やった! 小紅ちゃんの『穂多瑠さん』呼びゲット! や~~ん穂多瑠ちゃんうれっしぃ~~ッ!! あ、心配ありがと」

変な人じゃないけど、変な人。

「よっし、まぁ説明はこれくらいにして改めて聞こっかな。―小紅ちゃん、アイドルにならない?」

いや、やっぱり相当変な人だった。寝起きの私をスカウトするなんて、誰でもいいとか思ってるのか。ギラギラの金髪も相まって、尻軽そうな印象だ。なんでこんな女に捕まっちゃったのかしら……

穂多瑠の突拍子もない言葉に呆れてばかりの小紅だったが、

―アイドル、かぁ。

ふと、が蘇った。「私、役者になりたいんだよね」がかつて、私に話してくれた夢。

「あの……っ!」

「ん? どうしたの、小紅ちゃん」

「アイドルって―アイドルになれば、役者さんと共演することって出来ますか? 今ってアイドルも役者さんと共演して映画やドラマに出られる時代ですよね?」

「まぁ、運がよけりゃあね? それはプロデュースしてくあたしと、プロデュースされるキミ次第さっ!」

壮大な自信を持って穂多瑠はピシャリと言い放つ。ウェディングドレスのような真っ白い手が、小紅のもとへ差し出される。

「……わかりました」

大きく深い深呼吸を1回。

「―私を、アイドルにしてください。夢が叶って、なりたい自分になれて、キラキラと輝けるんでしょう?」

普段柔らかくて優しい声だといわれることが多いが、自分でもこの時ばかりはいつもより強い声が出ただろうと思っている。小紅は穂多瑠の差し出した手をしっかりと掴んだ。




「みんな、ありがとう! それじゃあ、最後の曲、ちゃんと聞いてってね!」

ステージにたったひとりで女性が立つ。バックバンドのお兄さんたちに合図を送ると、ポップな曲が流れはじめた。うわぁぁっと湧き上がる歓声。それに答えるようにステージを動き回る彼女の長い髪が風に揺れた。会場のライトを浴び、鮮やかな緑髪がより輝きを増す。彼女は再び、観客席を見回した。観客は皆ぶんぶんと何かを振り回している。それらが彼女のイメージカラーである黄緑のサイリウムなのはひと目でわかった。中には今回のライブグッズのタオルもある。そのタオルにはこう書いてあった。

『Coveni Wacaba one man live Thanxxx for high-heal♪』



そう。


華麗なパフォーマンスを魅せる彼女こそが、今をときめく人気アイドルの若葉わかばこべに。


彼女はこうして今、ステージに立っている。

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