Round.06 フィラディルフィア/Phase.2

「僕が、あのジゼルとかって人のとこに行く可能性は考えなかったの?」


「まあ、そこは賭けだったかな。でも君の性格なら、どうせジゼルとはウマが合わないと思ってたし。んふふ」


 そう言ってセラエノはまた笑う。

 姿はずいぶんと違って見えるが、あの頃と変わらない。


「なんだか訳のわからないうちにSFの世界に放り出されて、このちっこいのは当てにならないわで……」


【ちっこいの言うな】


「――殺されかけるわ、人をころ……」


 そこまで言って、胃液が逆流しかけたカノエは口元を抑えた。湧き上がるものを、短く吸って、ゆっくりと細く長く吐いて、鎮める。

 あの紅い花は、もう一生、脳裏から消えることは無いのかもしれない。


「自分が殺されたほうがよかった? そんな殊勝な性格はしてないよね?」


 セラエノは笑っては居なかった。しかし、自信に満ち溢れた顔で、しっかりとカノエを見つめていた。


「……セラに会えるまでは、その時々で精いっぱいだったし、ちょっと絶望もしてたかな……でも、そうだな……“負けるのは嫌だった”」


 カノエがまじめな顔をして、精いっぱいの言葉でセラエノに伝えると、彼女は再び、いつもの「んふふ」という笑みを浮かべて、


「よし。じゃあ、カノエ君とジルヴァラは、うちが正式にゲット、ってことで」


 とVサインを決めた。


「……はい?」


「いやいや、ちょっと待ちなさいセラエノ! さっきから黙って聞いていれば、カノエ様を雇ったのは私が先ですよ!」


 その割り込んできた接触通信は、管制室で二人の会話を聞いていたユードラだった。


「えー……ユードラにはレイオンがいるじゃん」


「そういう問題じゃありません」


 そう言って二人は言い争いを始める。


「いやまて、僕に選択権はないのか」


【ないんじゃない?】


「ないか。超法規的権力とかはどこ行ったんだ」


 アトマの即答を、真顔で復唱した。だが“今までの何もかも”を失ったカノエにしてみれば、それで良かったのかもしれない。

 ほんの少しでいいのだ。“生きる甲斐”というものが必要だった。


【それにジルヴァラ単艦でオリオンアームを目指すとか言われたら、あたしが困る】


「そこへ行くのも決定事項か」


【そりゃそうでしょ。君が居ないとジルヴァラ、動かせないし】


「まあ、このまま流浪のヘルムヘッダーとして、ジルヴァラであちらこちら旅して、斬り死にするまで修羅に生きたいなら、止めはしないけど?」


 割り込んできたユードラとの話を一旦切って、セラエノがカノエに言った。


「修羅て……すごい難しいゲームモードって話?」


「あー……いや、あっちのゲーム難易度とかの話でなくて……」


 微妙に話が食い違うカノエに、セラエノは言葉を選びなおす。


「――カノエ君は今、この世界で最も強い力の一つを持った一人なんだよ。自由気ままに生きたいなら、君の剣に誘引される有象無象、悪鬼羅刹を全て斬って捨てる覚悟が必要だけど、たった独りで、孤独な生き方をする剣客を“修羅”っていうんじゃないかい?」


 やはりセラエノは笑顔で言った。自らの意思を示し立て、だが押しつけもしない。

 あの頃から変わらぬ彼女の微笑。


「……字面だけなら割と格好はよさそうな生き方だけど……つまり、そう言う面倒なことになりたくなかったら、セラの船に加われと?」


「そゆこと。まー、悪いようにはしないからさ。ライゼンとかユージンも居るし。二人はプレイヤーネームそのままだったから、知ってるよね?」


「ああ……いつもセラのチームに居たあの二人……あの二人もそうなの?」


「そうだよ。あれは別に夢でも何でもない。君はちゃんとあそこにいて、私たちと一緒に戦ってた。モノはまあ、ゲームだったとしてもね。その経験は……役に立ったでしょ?」


 そういってセラエノは下を指さした。

 いまだ手を振って喜ぶラーンの人々の姿がそこにはあった。ナインハーケンズ撃退、惑星レンドラは勝利に沸いている。


「ふむ……そだね。もうすこし……チュートリアル的なものは欲しかったよね……」


 歓声を上げる人々の映像に、少し口元を緩めながら、シートに深く体を埋めた。

 独りではない。そして――明日がある。

だからこそ人は、安心して眠れるのだ。

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