Round.04 ユードラ /Phase.11

「誰……」


 そう言いかけたカノエの口が半開きで止まる。

 声を掛けた赤毛の女性の手には、拳銃のようなものが握られ、カノエの腹に押し当てられたからだ。


「この少年が? 若いな」


【ジゼル! ……助けを呼んでくる】


 アトマはそう言って、すぐに店内へ飛んだ。さすがは戦闘艦の制御システムだけのことはある。こういうところは察しがいい。

 問題はユードラを呼んできたところで、事態が好転しそうにはないことだ。


「今のがジルヴァラの自我発現個体ヒューレイか」


 銃をうまく周囲から見えないように、カノエに覆いかぶさるようにしてジゼルと呼ばれた女を言った。

 騒ぎにはなっていない。

 周囲の人からは「たまたま街で知人に出会った二人」程度に見えているだろう。先ほどの親子も、ジゼルを一瞥した程度で興味を失っている。


「なんの、用ですか?」


 意を決し、やや言葉に詰まりながらカノエは尋ねた。


「私のことは知っているな?」


 ニヤリと笑みを浮かべる。


「クヴァル十天船団テンナンバーズの第九位、外宇宙船スターシップナインハーケンズ船長、赤眼のジゼルカーディナル・ジゼル……」


 ジゼルの名で、カノエが知る人物は他に居ない。


「で、君の名は?」


――グリッ――と、感触がよく分かるように、腹にあたる銃口が押し込められた。


「ミクモ=カノエ……」


太陽系人類ソラスだな?」


「そう、らしいです……」


「さっきの小さいのはジルヴァラのストラコアか?」


「はい……」


 自由を奪われる感覚。意思を蹂躙される屈辱を、カノエこの時は初めて知った。

 普段の生活でも幸いと、一方的で屈辱的な暴力にさらされた経験はない。

 ゲームでは理不尽にもよく遭遇するが、それはお互いに戦うルールの上にたってのことだ。それは、いつだって抗う手段が残されていた。


 だが、今は違う。

 彼女が気まぐれででも引き金を引けば、はらわたをぶちまけて死ぬだろう。大人しく答える他なかった。

 痛みを想像し、それに恐怖して動けない自分に対して苛立ちが募る。

 セラは情けないカノエを笑うだろうか?


 だが、次にジゼルから飛び出た言葉は予想外のものだった。


「お前、ナインハーケンズに入るつもりはないか?」


「……はい?」


 思わず状況を忘れた声が出た。今の声を反抗と取られて、撃たれていても文句は言えない気がする。


「なんだ、察しの悪い奴だな。ウチに来ないか、と誘っているんだ。もちろん、ジルヴァラのヘルムヘッダーとして、だがな」


「えっと……僕も……? ジルヴァラだけじゃなくて?」


 カノエは状況から、ジゼルが狙っているのは、ジルヴァラとアトマだと思っていた。アーチボルトがほぼ問答の余地なく斬りかかってきたので、当然と言えば当然だが。


「うちが欲しいのはジルヴァラとヒューレイだ。なら、ヘルムヘッダーの君を引き込むのが一番手っ取り早いだろう? 太陽系人類ソラスと言うのも価値がある。それにアーチボルトを退けたという腕も、私は買っているんだけどね?」


 そんなジゼルの言葉に、カノエはセラと似たものを感じていた。

 力技も搦め手も有効だと思えば、こだわりも躊躇いもなく何でも仕掛けてくる。そんなセラとジゼルはよく似ていた。

 そんなことを考えながら答えに詰まっていると、ジゼルはさらに態度を変化させる。


「――だが断るというなら、ナインハーケンズは惑星レンドラを襲撃する。うちの戦力ならこの程度の辺境、惑星戦わくせいせんで制圧するのも容易だ。ここを戦場に変えたくはないだろう?」


 今度は有無を言わせぬ迫力。

 ジゼルの意外にも品のある唇が、まるでカノエを喰らおうとしている肉食獣のそれに見えた。紅の瞳がカノエの心を鷲掴む。


「う、あ……」


 理不尽と懐柔と脅迫で、カノエの思考が止まりかける。

 セラに叩き込まれた規範が、辛うじて首を縦に振るのを堪えていた。

 ここで屈してしまったら“負け癖”がついてしまう。恐らくは一生、ジゼルに逆らえなくなる。諦めの悪い性根が、辛うじてそれを踏みとどまらせた。


「へえ。私の竜眼ゲイズを直視して、無視できるとまではいかないも、屈しもしないか……確かに面白いな」


 ガチガチと奥歯を鳴らしながらも紅の瞳を睨み返してくるカノエに、ジゼルは驚いたように笑った。


「そりゃ、どうも……」


 アーチボルトともレイオンの時とも違う、別種の恐怖に抗いながら、辛うじて返事を絞り出す。


「さて。だが、あまり時間もない。そろそろ色よい返事をもら――」


 ジゼルが再び獣の相で睨んで銃を握りなおした時、別の獣の咆哮が轟いた。


「ミクモ殿ォッ!」


 獣はレイオンであった。

 周囲の風景と長い金髪にまったく馴染まない、着流しに刀を帯びた姿である。

 駆け寄るその手は、既に鯉口を切っていた。


「ちッ! コイツがレイオン=マグナスか」


 舌打ちをしつつも、至って冷静にカノエを銃で突き飛ばすと、走り込みながら一挙動で抜刀斬撃するレイオンの刀を、ジゼルは辛うじて、手にした銃の銃身で受け止めた。


 白昼の路上に響く剣戟音に、誰かが悲鳴を上げる。

 場は一瞬にして騒然となった。


「貴様、クヴァルの間者か?」


 銃を撃たせぬよう、刃を押し込みながらレイオンは問う。


「レイオンさん、その人は……」


「間者? 違うね。私はナインハーケンズ船長、赤眼のジゼルカーディナル・ジゼルだ!」


 ギロリと、ジゼルの竜眼ゲイズが赤く怪しく輝く。


「くっ……ミクモ殿を追うクヴァルの頭目か!」


 竜眼ゲイズに当てられ、一瞬怯んだレイオンの隙を逃がさず刀を弾くと、ジゼルは空いた左手を空へ伸ばす。その袖口からフックの様なものが飛び出し、ワイヤーを牽いて左後方のビルの屋上へ飛んだ。


「船長ッ!」


「やれッ!」


 屋上から数名の人影が顔を出し、銃を放つ。

 銃からは銃弾ではなく光線が走り、撃たれた木製のテーブルに火が付いた。混乱に乗じて、屋上の手下がワイヤーを巻き上げたのだろう、ジゼルの体が宙を舞う。


「ははは! 交渉は失敗。時間切れだ。またな少年! 次は戦場で逢おう!」


 赤い蓬髪をたなびかせて豪快に笑うジゼルは、瞬く間にビルの屋上へ飛び去った。


「ぷはぁ……はあ……はあ……この世界の人たちの交渉の概念、ちょっとどうかしてるでしょ……ホント」


 カノエはげんなりとして、ジゼルの去ったビルを見つめていた。

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