彩果ての夏

近野弓鹿

歌集 -ウタアツメ-

 彩果ての夏


   春過ぎて 夏暮れなずむ 我が彩は

          草木燃ゆれど 徒朽ちにけり

            手折る紅葉を 秋の寄す処に

              文と綴じれば 冬は常しへ




 紺青


   三日の月 これより満つる ものなれば

          沙羅の萌しも 愛でたきものか



 神帰月


   虎落笛もがりぶえ 土の籠目に 降る霜は

          褪めて独りの 夢醒めやらず


 弔問花


   暮れ色の 落ち葉衣を 羽織りては

          秋の喪に伏す 山茶花の叢



 冬麗ふゆうらら


   枝透けり 陽溜まる冬の 常暗き

          木蔭暖む うら優しさよ



 遠瀬とせ下り


   きみが為 越えしひとと瀬 連ぬれば

          袖るまじき 孤悲こひの水際



 落天


   水鏡 清しこの夜に 映り込む

          月に降り敷く 花の雨かな



 麗酷の春


   花盛る 春は麗らに 密やかに

          不治の想ひを 葬り去れり



 桜の後に


   花冷えの 春の嵐の 後朝きぬぎぬ

          桜錦に 佇むきみへ




 綴葉てつよう


   独り樹の 緑芽吹かす 夢なくば

          染めし言の葉 久に遺さん



 花響はなゆら


   姿無き 風に心を 揺らすべく

          我も花なれ きみも花なれ



 路傍の夢


   きみの名を 知らずに過ぐる 我が名をば

          きみも知るまじ 行きずりの彩



 御影世


   翳るとも 其は何某の 影なりや

          翳りなき世に 見る影は無し



 空蝉


   如何にせん 人とは斯くも 辛きもの

          無常なる世に 愛でらるる身の

            いと侘びしきは 愛でられし故



 花と共に、夢と共に


   花と咲き 夢と散るこそ 命なり




 懐刀


   此花の 咲くやこの世の 送り火に

          鍛ふ形見を きみの守りに



 無銘


   残り火は 伝ひて落ちる 迦具土の

          絶えても堪えぬ 夢の迷ひ路

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