2016 年 12 月 17 日

 また長らく便りを欠かしてしまって申し訳ない。為すべきことが一段落した。最近とみに寒くなった。何をするにも億劫な時期ではあるが、その分、何をしてもきらきらとしているような素敵な時期だと思う。君はどのように過ごしているだろうか。


……


 この前、ふと朝早くに目が醒めてしまった。まだ開ききらない目でもって時計を見れば、普段起きているよりも数時間早い。街はまだ目が醒めていない頃であった。部屋は朝の青い光に沈んでいた。私は半ば目醒め、半ば眠っている。予定も無い日だけにどうしたものかと、薄暗く散らかった部屋を見回しながら思った。

 ベッドから足を出すと、空気はピリッと冷たく、私の行為が発する以外の音は何もない。為すべきこともなく、ベッドから抜け出し、その向こうに設置されたピアノのための椅子に腰掛けた。そのまま何も考えずに鍵盤に向かった。いつも通り八十八鍵ある。鍵盤のそれぞれは、足が感じたのと同じ冷たさをしている。面白かった。

 半睡のまま、私は手に馴染んでいる曲を弾き始めた。手は思うように動かないし、普段とも感覚は違う。装飾音はあまりにも拙く、触れたい鍵盤の隣を撫でる有様である。それでもピアノを弾くには弾くなりの集中というものがあった。拙い演奏と空白の思考とは、私を過去に導くのに十分であった。私がかつてこのノクターンを練習していたころ、私は何を考えていただろうか。私は何を夢見ていたであろうか。私がかつてこのノクターンを練習していた年齢のころ、あらゆる人々は何を夢見ていたのだろうか。あらゆる人々は、いま何をしているのだろうか……。


 一曲を通じて、さまざまなことが朝に想われることになった。このすべてが夢であればいいのに、と思い、私はまたベッドへと戻った。このすべてが。

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