群青色の記憶②

「アイツにしか言えないことか。お前ら、どういう関係?」

「は……?」


 何が一体どうなって、そんな質問をされたのか。

 ここまでを遡ってみる――




  ☆ ★ ☆ ★




 ちょうど上履きに履き替えたところだった。じょうさきとかち合ったのは。

 誰もいない昇降口を横切った無愛想な横顔。彼も私に気づいて、眉をひそめる。


「朝早いのに珍しいな。ちゃんと登校する気になったのか?」

「俺が何しようが、関係ねぇだろ」


 素っ気ない言葉。ふいと逸れた仏頂面。

 やっぱりそう簡単に上手くはいかないか。


「……おととい」

「ん?」

「おととい、なんで先公に言わなかったんだよ」


 その問いを受け登場するのは、脳内搭載の〝不良語辞典〟だ。

 ええっと〝センコー〟は……ああ、先生のことか。それでおとといって「剣道場事件」のことよね。

 先生に怒られたことが、城ヶ崎の耳にも入ったらしい。でも、どうしてそんなことを聞くんだろう?


「まさか……心配してくれてる、とか?」

「はぁ、バッカじゃねぇの!? 言えばいいものを、黙って怒られるなんてのが胸クソわりぃんだよ! お前なんかに助けてもらう筋合いはない。むしろ無性に腹立つ!」


 ……そこまで全面否定されると、さすがにヘコんでしまうのですが……


「まぁ……大人しく退いたからな」

「なんだと?」

「私の注意を聞いたろう? 元々悪気があってやったわけでもないし、お前たちばかり責めるわけにもいかないだろう」


 せっかく丸くおさまりそうなことを、掘り返す必要もないと思った。だから先生には言わなかったんだ。


「何サマだよ。……こんなヤツに目ぇつけられたアイツには、同情するな」

「アイツ? わかのことか?」

「他に誰がいるんだよ」


 グサッ!


 う……そうですよー、若葉くん以外には友達いませんよーだ。


「で、どうして若葉が出てくるんだ」

「お前が編入生可愛がってるって聞いたからな、顔を拝んでやっただけ」

「可愛がる?」


 ちょっと待ってね、不良語で「可愛がる」は――ああそうだ。「リンチ」と同意義語だ、って。


「んなわけあるか――っ!」


 勘違いもここまでくるとタチが悪い。

 若葉くんをひどい目に遭わせてる? 私が?

 それはないない断じて違う!

 第一、私と若葉くんはお友達なんだから、そんなこと絶対ないって……言いたいけど言えない!

 私たちの素顔は秘密なんだ。ああじれったい!


「あのな、他人の話をうのみにするほど俺はバカじゃねぇ」

「じゃあ何だって言うんだ」

「確かなのは、あの編入生が、くればやしに話しかける命知らずなヤツだってことだ」

「……ちょっと待て。なぜお前がそんなことを知っているんだ」


 ふと湧いた疑問をぶつければ、妙な沈黙が流れる。


「まさかとは思うが……私たちの会話を聞いていたのか?」

「……目に入っただけだ」

「っざけんな! プライベートだろ!」

「うるせーな! 話は聞いてねぇんだからいいだろ! それとも何か? 聞かれたら困るようなことでも話してたのか?」


 うっ、図星……!

 何しろ、若葉くんの前では素全開ですからね。そりゃあ聞かれちゃアウトですよ!

 不自然に黙りこくった私をいぶかしんで、城ヶ崎がとんでもない質問をかませてきた。

 そして、今に至る――


 ……私と若葉くんの関係? そ、そんなの!


「友達に決まってんだろっ!」


 昨日の今日で、言いづらい関係になったつもりはないよ!?

 なおも追及するような視線に冷や汗が出てきた頃、ふと興味を失くしたように城ヶ崎が肩をすくめた。


「あっそ」


 え、聞いといて何ソレ。こっちは必死だってのに無責任じゃない? この人は何がしたかったの?


「ふん、友達なんて小綺麗なものが、本当に続くと思うのか」

「ネチネチと嫌味なヤツだな。そんなに私のことが気に食わないのか」

「聞くほどのことでもないだろ」


 むっかー! いちいち堪忍袋の緒をつつき回さないでよね!

 いい加減ソリが合わないと判断した私は、仁王立ちして人差し指を突きつける。


「私は教室に行くんだ。用がないなら早々にそこをどけ!」


 これでもかというほどの命令口調。

 なにおう! とつかみかかってくると思いきや、「言われるまでもないっつーの」とすんなり道を開けられた。

 肩透かしを食らった私に、やれやれ、とまた肩をすくめて、城ヶ崎はさっさと廊下の向こうへ行ってしまう。


(ため息つきたいのはこっちだって!)


 遠ざかる背中にあっかんべー。

 口をひん曲げて歩き出したところ、目の前にはある人物がいた。それは、なるべくここにはいてほしくなかった人。


「あ、ごめん。聞くつもりはなかったんだけど」

「ぅわっと!? え、あ、ええっ!?」


 ――若葉くんだった。

 よりにもよって、啖呵切った後のものすごい剣幕を見られるなんて……

 沸騰したヤカンみたいに、頭から湯気が立ち上る。


「わっ! えっと……今のは聞かなかったことにするから、平気だよ。ね!」

「……いいの若葉くん。人には誰だってさらけ出さなければならない一面があるわ。私は平気よ。……うん、きっと平気」


 あまり深く触れないほうがいいと察してくれたんだろう。

 若葉くんもそれ以上言葉にはしないでくれたので、気が抜けてしまう。


「ふわぁ……」

「ずいぶん眠そうだね?」

「今朝早くに目が覚めちゃって。シャキッとしなきゃダメよね!」


 気合い注入の平手打ちで目を覚ます。


「若葉くん、今日も1日、よろしくね!」


 返ってきたのは、朝日に負けない、まぶしい笑顔だった。

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