第一三話 じろさと愉快な脳筋の仲間たち
■天文一〇年(一五四一年)七月 甲斐国 躑躅ヶ崎館
譜代と外様の区別を取っ払ってしまう改革の件、これは簡単だったね。ちょろいちょろい。
「お前たち信濃出身の矢沢源之助(頼綱)や真田弾正(幸隆)に実力で負けるのが恐いんだ? ふーん?」
「いやいやいやいや。もちろん我らが劣るわけありませんぞ!」
「まったくですとも。同じ土俵でも負ける気はござらん。わっはっは」
「源之助や弾正に負けぬ力を発揮しましょうぞ」
「甲斐の武士の意地とくとご覧あれ!」
と、まあ、こんなもんです。
一方、兵農分離の件は、やはり戦に関係することだけに、かなりの反対があったけれど、利点と欠点とを説いてやっと納得してもらったという体かな。
ただし、甲斐は食糧事情が厳しいし、とはいっても米を買うほどの予算はない。結局のところ一気に常備兵にするのは無理だから、現在できることといえば、『農民兵の中から、これまでの戦ぶりからとても見所のあるごく一部の人間を、銭で雇う武士に取り立てる』でしかないんだよね。
だけれども、今後のための大きな前進だと思うな。
このようなやり取りをしていくうちにわかったことがある。
アニキは自分の意見や方針などを強引に押し通したり説得するというのがとても苦手だということ。
それ以外は結構てきぱきやっているんだ。親父信虎の急進的なワンマンなやり方に付いていけずに、出奔してしまった人材を呼び戻す手配なども、知らないうちにしていたりする。武田四天王と呼ばれることになる内藤昌豊さんなどは、そのうちに戻ってきてくれそうで、期待してしまうな。
他にも、本を読んで釜無川の洪水を抑えるための堤防工事の研究などもしているみたいだ。どこから本を手に入れたんだろうね。公家の三条家出身のアニキヨメの綾さんのお父さんルートでも使っているのかな。聞いたら教えてくれるのは、わかっているのだけれど、勉強中のおれは、この時代の本を読むのが難しい、というかまだ読めないんだ。
「じろさも興味あるんだ? おれは読んだから読んでみなよ」
などと、ニコニコ笑いながら読めない本を渡されても、猫に小判、豚に真珠状態でかなり悔しい思いをするのは目に見えているからね。
いまは、『じろさと愉快な脳筋の仲間たち』でいいです。ただ、これが結構効果的な部分があるんだよ。
気になっていた、黒川金山の金山衆のシステムの件だ。
どうやら、掘った金のなかから、一部を武田家に上納して、残りは懐に入れていたようなんだ。これまで通りです、などとのたまっていたけれど、駄目です。断じて却下です。
打ち合わせに、スルガ(板垣信方)、ビゼン(甘利虎泰)、ヒョーブ(飯富兵部)の爺三人衆にダメ押しとして強面のイガ(小山田伊賀守虎満)と顔に刀傷のあるミノ(原美濃守
今後は、掘った金の全てを武田家に納品してもらって、その中から、金山衆の経費を支払うように改めさせたよ。金山衆の頭領は少々不満げな顔だったので
「不満があるんだったら言いなよ」
と、訊いたんだ。だけれど、「いえいえいえ。典厩様に不満があるわけないでしょう」ということだから安心したよ。こういうのは納得して仕事してもらわないとな。
「ならば、安心したぞ。いつとは言えぬが、金山の様子を見に行くからよろしくな。ああ、透破も連れて行くかもしれないぞ」
念のためにも伝えておいた。これで金山直轄化への道筋は付けたので良しとしよう。
とはいえ、鉱山労働者の労働条件は大変だと聞いたことあるから、実態は調べないといけないだろうな。
ちなみに、スルガ、ビゼン、ヒョーブの爺三人衆とイガの四人で、武田四天王というんだって。わかりにくいので四人組でいてほしいよ。
イガ(小山田伊賀守虎満)は小山田氏なのだけれども、甲斐東部の郡内地方(都留郡)の小山田さんと別系統らしい。甲府の石田に領地があるので、石田小山田と呼んで区別しているようだ。少々ややこしいな。
武田四天王といえば、おれの知っているのは、
どこかに出奔してしまっている内藤昌豊さんは別として、他の三人については、探しているのだけれど、それらしい人がいないんだよ。
もしかしたら、これから苗字や名前が変わったりするのかもしれないね。
ちなみに、黒川金山の金山衆との打合せをおれに任せきりだったアニキは、館の中に新しい
何やら、図面のようなものを見せながら、大工に珍しくキツめな真剣な顔で説明しているご様子。厠なら当然ながら既に館に存在していて、おれも毎日使っているから、不思議なことするもんだね。
「たろさ、厠ならあるけれど、もう一つ造るのかい?」
と、訊いてみたら、
「甲斐の国主にふさわしい厠を造ろうと思ってね。『山の間』と名づけることにしたよ」
とイノセントな笑顔だ。
うん。拘りポイントがさっぱりわからない。工事が終わったら訊いてみることにしよう。
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