第一ニ話 家臣団の制度改革や兵農分離をしていこう。
■天文一〇年(一五四一年)七月 甲斐国 躑躅ヶ崎館
矢沢源之助(頼綱)さんに続いて、矢沢さんのお兄さんの真田弾正(幸隆)さんが、仕官してくれることになったのは、とても朗報なのだが、おれの直臣にするか、アニキの直臣にするのかが、まず問題になった。
「じろさに従って働いてもらうのだから、じろさの直臣にすればいいんじゃない?」
などと、アニキは軽く言っているけれど、よくよく考えるとまずい気がしてきた。それこそ、親父信虎は、アニキでなく信繁を可愛がって、信繁に家督を譲ろうとしたなどと、伝承が残っているくらいだから、おれが余りにも権限を持ちすぎると、アニキに代えておれを擁立しようなどという動きがあるかもしれない。
それは、まずいので避けたい。とすると、源之助さんや弾正さんはアニキの直臣にしてもらって、おれの寄騎(与力)にしてもらった方がいいだろうな。
いろいろと、調べているうちに、武田家の家臣団のシステムがわかってきた。
まずは御一門衆だ。要は武田家の親族だな。国主の兄弟や婚姻の結果御一門衆になる場合もある。おれは当然のことながら御一門衆になる。他には姉貴を娶った国人だった穴山信友さんも御一門衆になるな。
次は、譜代家老衆だ。長らく武田家に仕えていて、軍議に出席する重臣たちだ。出世や戦死などでメンバーの入れ替わりもあるぞ。
例えば、スルガ(板垣信方)、ビゼン(甘利虎泰)、ヒョーブ(飯富虎昌)などが譜代家老だ。
長らく武田家に仕えた譜代というのが厄介だ。譜代でないと家老になれない。矢沢源之助さんや真田弾正さんは、他国衆の信濃先方衆などと呼ばれる外様だな。譜代に比べると出世も遅く、大きな権限もなかなか与えられない。
実力主義ではなく、まずは武田家に長く勤めた譜代にならないと、出世の道が遠くなるわけだ。
ぜひとも、いまのうちに是正しとかなければいけないな。
あわせて、軍制の改革も必要だろう。
武田家の軍制といえば、寄親・寄子制と呼ばれるタイプのものだ。例えば、ヒョーブ爺のような有力家臣が親分のような形で、寄子という一般家臣複数がヒョーブ爺の配下となって指示に従って戦うことになる。この場合、ヒョーブ爺が寄親ということになるな。寄子は合戦となると、自分の領地の農民兵を徴兵するし、寄親のヒョーブも領地から農民兵を徴兵してヒョーブ爺隊のような集団を作るわけだな。当然のことながら、兵農分離はされていない。
兵農分離されていない農民兵を率いる場合、デメリットばかりではない。一番のメリットといえば、同じ隊にほぼ顔見知りが集まるので、非常に団結力が高くなることだろう。同じ村の見知った顔と共に戦うと思えば、心強くもなるはずだ。
また、農民兵にとって領主は『おらの殿様』になるので、これまた団結力・結束力は高まるだろう。殿様が兵に慕われているのならば、それこそ命を張って殿様を守るケースもあるかもしれない。
また、飢饉の際の出兵時に乱取りなど略奪を行なう場合は、奪わないと自分が餓死する恐れも高いので、かなりの強兵になることは想像に難くない。
また、もとが農民だから自分で米を作れることも見逃せないメリットだ。
農民兵のデメリットといえば、まずは農繁期。つまり、田植え時・稲刈りの出兵が困難になってしまうことだな。
次には、農民兵は直属の殿様の指揮下となるから、殿様が死亡・負傷するなどしたら、指揮官が不在となってしまう。
他にもあるな。合戦の状況によっては、一定家臣配下の農民兵のみ甚大な被害を被ることもあり得るだろう。被害を受けた農民兵の補充が難しくなるな。
常備兵は、自分で食糧を作らないから、その分食糧を確保しなければならない。貧しい甲斐では一気に常備兵を増やすのは無理だ。
やはり、メリットとデメリットを比べてみると、デメリットの方が大きいだろう。
「たろさ、矢沢源之助(頼綱)と真田弾正(幸隆)は、たろさの直臣の方がいいだろうな。それから、譜代と外様の区別など取り払ってしまおう。譜代だからといって、謀反しない保証はないだろ?」
「なるほど。実力に応じて、出世させたいのだね。譜代家老たちは反対するだろうな」
「ああ。そうだ。ただでさえ苦しい甲斐であるのに、有能な家臣を適所に遣わさないでどうする。家老たちはおれが説得しよう」
「うん。じろさなら説得できそうだなあ」
そのイノセントな笑顔はなんだ? まあ、また愛すべき脳筋たちを説得すればいいだけだから、大丈夫だけどさ。
「農民兵に頼らない軍制が必要だ。段階的に常備軍に移行すべきだ」
「田植えや稲刈りに左右されない、銭で雇う兵にするということだね。これも反対があるだろうね」
アニキは、インテリなだけあって、農民兵のメリットとデメリットなどは既に見通しているところが、無性に頭にくるな。わかってるんだったら、予めやっておいてほしい。
「ああ、おれがやつらを説得するから、安心しろ」
「さすが、じろさだよ。頼りになるなあ」
くっ。商人の坂田源右衛門さんに頼んでハリセン作っちゃうぞ。
そういえば、坂田さんで思い出した。今年の秋まき用の小麦のモミは手に入れられただろうか。秋に植えれば来年の初夏には収穫できるだろう。小麦が収穫できれば、うどんができるな。
米に頼らない食糧生産を目指すうえでは、蕎麦だけでなく小麦も重要になってくるはずだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます