第二話 タイムリミットまで二〇年。スタートラインが罰ゲーム。
■天文一〇年(一五四一年)六月 甲斐国
へなちょこアニキを英雄にしてやろう、などと勇ましく決意したものの、右も左もわからない状態だから、まずは様々な情報を集めないとな。
それから、馬と槍の練習だ。このあたりは、爺三人衆の一人
問題は情報だ。そもそも、現在を西暦に直した年すらわからない。プレイしていたゲームでは、元号と西暦が併記されていたから、西暦は多少覚えている。『
うーむ。ゲームといえば、シミュレーションゲームで武田信玄でプレイしていると、たまに『第四次川中島の合戦イベント』が発生してしまって、とっても使える信玄の弟と山本勘助がいなくなってしまうんだよな。
ちょっと待て、とっても使える信玄の弟って、武田信繁だよな。なんてこった。おれのことじゃないか。がーんだな。
第四次川中島の合戦って、いつだ? はっきりとは思い出せないけれど、『桶狭間の戦い』の翌年にイベントが発生した気がする。となれば、一五六一年か。とりあえず、川中島と上杉謙信には要注意だな。
そして、天文一〇年は西暦何年だよ。記憶を辿ってみよう。何か手がかりはないだろうか。
ん? 確か『姫ちゃんの本』は天文一四年、一五四五年の尾張から物語がスタートしたはずだ。すると、天文一〇年の現在は一五四一年ということになるな。ということは、桶狭間の戦いまで一九年。タイムリミットの第四次川中島の戦いまで二〇年か。長いのか短いのかよくわからないが、何とかしないとな。
婆ちゃんが、川中島の戦いは善光寺平で戦いが起こったと言っていた気がするぞ。善光寺なら甲府にもあるんだけれどな。どういうことだろう。よくわからないから、へなちょこアニキに訊いてみよう。
「なあアニキ、善光寺って知っているか?」
「じろさ、アニキとか呼ばずにたろさと呼んでほしいんだ」
なんだコイツ。おれの生死が関わってるのに、幸せそうな顔をしやがって。ハリセンがほしいぞ。ハリセンですぱーんと思い切りいかせていただきたい。
「ああ……たろさ、善光寺って知ってるか?」
「信濃(長野県)の善光寺だね? 信濃善光寺なら親父も確か昔に参詣していたはずだよ」
「あに……いや、たろさはなんで信濃善光寺あたりで戦しようとしたんだ?」
「すごく遠くの信濃善光寺で戦なんかする訳ないじゃない。信濃善光寺に行くまでは、諏訪や小笠原だっているよ。あはは。頼まれたら戦に行くかもしれないけれどね」
うむ。我ながら愚問だったな。これから状況が変わっていくんだろう。だが、このイノセントな笑顔はなんなんだよ。おれにとっての最重要事項なんだが。しかし、頭脳までへなちょこでなくてよかったよ。とりあえず、知識はいろいろと入っているみたいだ。
気を取り直して、他の情報を集め、現状を整理していこう。まず武田家が領有する甲斐国は、ほぼ山梨県に相当する。山梨県と考えれば、これまでの知識が活かせるな。
山梨県は、山地が非常に多くておよそ面積の八〇パーセントが山地なんだ。可住地面積っていう、家を建てられるような平地の面積でいえば全国でワースト三位と習った覚えがあるな。とにかく平地が少ないってわけだ。甲府を含めた甲府盆地以外は本当に平地が少ない。
その甲府盆地も、笛吹川と釜無川の影響で昔から水害が多かったから釜無川と
おっと。へなちょこアニキが造ったのか。
「なあ、たろさ? 竜王あたりに堤を造ったか?」
「竜王には堤は造っていないよ。竜王辺りはよく氾濫するから堤を造ったら洪水も少なくなるかもね。さすがじろさだね。いかような堤を造ればいいのか調べてみるねっ!」
目をキラキラさせていやがる。
なにやら、へなちょこアニキの功績を奪ってしまっているようで、少々罪の意識があるな。まあ、おれの助言でアニキが『信玄堤』を造ったことにすればいいか。
「ああ。洪水を抑える良い方法を考えてくれ」
平地が少なくて、その少ない平地にも頻繁に洪水が起こるということは、米の収穫量はあまり期待できないだろう。爺三人衆の、板垣駿河(信方)に訊いてみたら
「作柄が良いときで、一八万石程度ですかな」
ですって。
一石で、だいたい一人の一年分の食糧に相当して、一万石あたり三〇〇人の兵が養える、と書いてあった覚えがあるな。ということは、およそ人口が一八万人で、兵士が五四〇〇人……やけに少なくないか? 計算はあっているな。尾張(愛知県)は確かおよそ七〇万石と書いてあったよな。
なんだよ。甲斐は尾張の国力の四分の一なのか。尾張を本拠とした信長は思いきり有利じゃないか。
それにひきかえ甲斐はスタートラインから罰ゲームだろ。
なるほど。貧しい甲斐からスタートして、天下を覗う強国に仕立てあげたから、『信玄公』は尊敬を集めたわけだな。へなちょこアニキができるかわからないけれど、やるだけやってみよう。おれの命も掛かっているからな。
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