第5話 両手打ちで開花!

オレはテニススクールのマコトコーチに島村リンの事を相談しに行った。

 久しぶりに会ったマコトコーチはオレの顔を見るなり、痛みはどうだ、勝手にラケットを振ってないか、指示したトレーニングは出来ているか、オレの返事に被せぎみに聞いてくる。

 ホントに復帰を待ってくれているんだなと嬉しくなった。

 でもリンの事を話したら、笑いだして

「くくく、今まで他人の事なんか全く気にしたこと無くて、自分が強くなることしか興味ね~とか言っていたのになあ」

なんてからかわれたけど、両手打ちのことはきちんと専門家の意見を聞いておきたいとお願いした。


 笑っていたマコトコーチだけど、丁寧に長所短所、注意点や練習のポイントなんかを身ぶりを入れて教えてくれていた。

 しばらくオレとやり取りしていたけど、ふと、しかめっ面をして黙り込んでしまった。


「マコトコーチ・・・どうしたの?」 

「おい、アユミ。これは行けるんじゃないか?」

「え、だからぁ、イケると思ったから聞きに来たんだけど」 

「違う。お前の事だよアユミ!」

「はあ?オレ?」

「そうだよ。何で今まで気がつかなかったんだろう。お前の強い肩と筋力に肘が悲鳴をあげたんだ。お前こそ両手打ちをやったら良かったんだよ!!」

「なに言ってんの、あんなの非力なやつがやることでしょ。イヤだよ」

「いやいや、そんなことないぞ。日本の女子のトップクラスや、男子の世界ランカーにもいたんだ」

「お前のタフな足と両手打ちの強さとコントロールしやすさを合わせたら凄い武器になる」

「その後輩を指導するのはお前自身の勉強にもなる。そんなことも頭に入れてやってみろ」


思ってもいなかった事を言われて驚いた。だって力の無いリンの為になんとかしようとしているのに、オレのプレーには関係ない事だと思っていたんだもの。


 次の日からリンに両手打ちの練習をさせてみた。

 野球をやっていたからか、思った以上にスムーズに対応出来る。

 ただ、左右で持ち変えをした方が今までやってきたバットスイングとの相性が良いみたいでそうした。持ち変えってのは、フォアだと利き手が上、バックでは下に来るようにその都度グリップを変えるんだけど、持ち変え無し(常に利き手が下)よりどうしてもワンテンポ遅れがちになるという弱点があった。

 でもリンに限っては全く問題なくやってのけた。このあたりもセンスだよな~と感心してしまう。


 両手打ちを始めて間もなくその効果が現れる。ボールの力強さが格段に上がってきた。さらに元から抜群だったボールタッチもラケット面が安定するからより磨きがかかってきて、関取のハードヒットしたボールですらその勢いを利用して強く返したり、勢いをふわりと消して絶対取れない場所に落としたりも出来てきた。

 強く打つためにどうしても大きくなる予備動作も無いまま急に強弱をつけたボールが来るから、大平をも唸らせるショットが生まれる。

 ただし、サーブだけは両手打ちが出来ないからひょろひょろサービスの域を出なかったけどね。



 ある日教室でまゆの方から話しかけてきた。

「アユミ君、うちのリンに色々教えてくれてありがとう。家でもすごく楽しそうに話してくるんだよ」


 うーん、あい変わらず可愛い声だ。オレはどぎまぎしつつほぼ初めて面と向かって話すから必死で平静さを装って

「いやいや、リンの飲み込みが良いから、教えていて面白いよ。」

「それにしてもなぁ、なんで姉弟(きょうだい)でこんなに運動神経が違うんだろう・・・」

思わずつぶやいてしまった

「うるさい。これでも気にしてるんだから!」

可愛い女の子がぷくっと膨れるっていうのを実物として始めて身近で見て、これが萌えwwってやつかと思った。可愛すぎかよ~。

「でも、ホントありがとう。私はちょっと色々忙しくて最近リンのやつにかまってあげられないから、話が出来るときは嬉しそうに、アユミ君にこう言われた、こんなことを褒められたって報告してくれるんだ。本当にありがとうね」

「うるさいやつだけど、これからもよろしくね」

「いや~、怪我して自分の練習が出来ない間だけになるかもしれないけど、リンをテニス部に紹介してくれたまゆ様のご期待にこたえられるように頑張りま~す」


まゆは嬉しそうに照れくさそうに小さく手を振って、その日も午後から早退していった。

 最近時々早退するよな。いったいどうしたんだろう??

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る