碧い紅葉

カーメルと呼ばれる街で

カーメルと呼ばれる街で

私は小さなブティックの

屋根裏部屋に住んでいる。


波飛沫の音を

微かに聞いて目覚め

早朝から

行きつけの古いカフェへ向かう。

珈琲を一杯頂いて

窓際の一人用の席に座って

街が目覚めて、

カフェがちょっと

忙しくなるまでの間

私は浮かんでくる言葉たちを

そっとノートに書き溜めてゆく。


カーメルと呼ばれる街で

私は友人の画廊の番をする。

彼は沢山の素晴らしい絵を描くから

私は彼の猫と一緒に

お昼過ぎまでそこで

尋ねてくる人を待っている。

良い値で売れたら、

彼はまた画材を買うんだろう。


カーメルと呼ばれる街で

彼の猫にまた明日、と

別れを告げて

私は遅めのランチに出かける。

お気に入りのレストランは

路地裏に隠れた秘密の場所。

丁度人が引いた頃で、

お一人様の常連の私に

シェフはいつもサービスをしてくれる。


カーメルと呼ばれる街で、

私は浜辺を目指す。

何ブロックも歩かないうちに

もう波の音がすぐそこに聞こえる。

私はお腹がいっぱいだから、

少しうとうととしていて

砂浜の木陰でお昼寝をする。


お昼寝が終わったら、

やっぱり私ノートを開いて、

日が沈むまでそこにいる。

歌ったり踊ったり

その浜辺は私だけの稽古場。


その夕日の美しさは

まるで言葉にできなくて

その圧倒的な存在に

私はただ沈黙する。

ペンを置いて、じっとして、

まるで古い友人を

失ったような切なさに

息を潜めている。


日が沈めば

カーメルと呼ばれる街で、

私は歌う。

夜になると賑やかになるレストランで

誰かが弾くギターに合わせて

まるで知らない言葉で歌う。

沢山の人たち、毎日違う顔。

私ももう時期ここを去る。

美しい街、

波の音を聞いて眠ろう。


カーメルと呼ばれる街で、

小さな詩人は一年を過ごす。

海と芸術を愛した者、

あの屋根裏部屋へは

もう帰っては来ないだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

碧い紅葉 @acer_momiji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ