第7話 瞬間、ボクの脳裏に痛覚が芽生えた

  *


 ――瞬間、ボクの脳裏に痛覚が芽生えた。


 あの日のことである。


 あの日なのか、あの日なのか、それともあの日なのか。


 というか、あの日のことなのかもわからない。


 あの日はこの日なのかもしれない。


 というか、この日なのだ。


 今と今と今と今、あの日とこの日が重なる今が痛い。


 痛くてつらくて苦しい。


 けどわからない。


 そんな毎日をボクは過ごしている。


 そんな痛みから目を覚ます。


 覚ましている。


 覚ましているはずなのに。


 この世界のことがわからない。


 わかってはいる。


 わかっているけどわからない。


 生と死が存在するように。


 生はわかる。


 死はわからない。


 そんな毎日を過ごしている。


 始まりと終わりがある。


 今はその半ばなのだ。


 だからこそ、わかるものとわからないものがある。


 人生には続くものと続かないものがある。


 それが無作為に交わっている。


 誰もが平等に人生を過ごしている。


 きっと人生は平等だ。


 生と死があるから平等だ。


 でも半ばは平等じゃない。


 人間には、いろいろな基準があるから。


 それがわかっているから生と死の間に平等はないのだ。


 だからこそ、争いが起きてしまう。


 零と一で構成されている電脳の世界でも。


 この現実の世界だって。


 そんな今をボクは生きている。


 痛覚が残留する脳で。


 そんな脳でボクは生きたくない。


 この痛みが続くなら、いつか死んでやる。


 ああ、だから世界を変えなくてはいけないのだ。


 世界が誰にでも真っ平らで等しい世界にしなくてはいけないのだ。


 だからボクは世界を創る。


 世界になれそうで、なれない掃き溜めを創造しているのだ。


 これは世界を変える革命の、その一部なのだから。


 やるしかない。


 なるしかないのだ。


 この世界を救う英雄になって、すべてを変えるしかないのだから。


 これから、すべてを変えてみせる。


 世界を救済するために、すべてを変えてやる。


 やってやる。


 ボクは、そのための人生を生きている。


 だからワタシ・・・は、あなたの中にいる――。


  *


 ――謎の空間の中で目を開ける。


 オレは、フラワーデバイス・オンライン《Flower Device Online》の最終エリア――魔王城で「不死の魔王イモータル・デーモンキング」との戦いに決着をつけたはずだった。


 なのに、まったく見覚えのない場所にいる。


 見覚えのないどころか真っ暗で、空間にいるのかさえよくわからない。


「――まるで異世界転生小説の『女神』が現れる場所みたいだ。オレは今から転生でもするのか?」


「――転生は、すでに済んでいる」


 真っ暗な場所からきらびやかな白髪の――それも白百合しらゆりのように美しい――美少女が現れる。


 彼女の雰囲気は少女らしくないが、オレより三歳下くらい――要するに十四歳くらいだろうか?


 よく見ると、かつてオレの夢に出てきたことのある「白髪の少女」のようだった。


「あなたは、オレの夢に出てきた、あの、白髪の……」


「うん、その通り。『この世界』では『初めまして』だね、ユリミチ・チハヤさん。ボクの名前はリリア」


「リリア……さん?」


「そう。ボクは『女神』だ。キミに助けてもらいたいヒロインなのさ」


「どういう意味だ?」


 オレは、こういう状況の適応力に優れているのか――すぐにわかった。


「……ああ、そうか。あのとき、あのレクチャーをしてくれたのは、あなただったのか。要するに『異世界』を救ってほしい、ということだな」


 リリアという女神は、オレの適応力に関心を寄せているようだ。


「モノワカリがよくて感心している。まるで物語の主人公のようだ」


「『主人公』だろ? 主人公でなければ、こんな場所に呼び出されたりしない」


 オレは確信をつくように言った。


「……で、『どんな世界』を救ってほしいんだ?」


「わかった。まずは、ボク……リリアが『どんな世界』の女神なのかを説明させて。……簡単に説明するなら、ボクは『女性しか存在しない世界』である『百合世界リリーワールド』という世界の女神なんだ」


 まばゆい光を放つ白髪の美少女――いや、女神であるリリアが言った。


「キミにボクの世界を救ってもらいたい」


「それでオレの容姿は……フラワーデバイス・オンライン《Flower Device Online》のアバターと同じ美少女のような姿になっているわけだ。これが『転生している』って意味なのか?」


 いつの間にか空間に備え付けられていた鏡を見ながらオレは言った。


「うん、よくわかったね。今のキミの姿はカモフラージュ。『男性である』とバレたら大変だから。男は『魔物』なんだ。百合世界リリーワールドにとっては」


 リリアは「事情」を話す。


百合世界リリーワールドには対となる世界が存在する。その世界は『薔薇世界ローズワールド』。薔薇世界ローズワールドはね、百合世界リリーワールドとは逆に『男性しか存在しない世界』なのさ。つまり、薔薇世界ローズワールドの人間は薔薇世界ローズワールドの魔物によって絶滅させられた。対となる百合世界リリーワールドは比較的おだやかな種族が多い――例えばエルフがそうなのさ。百合世界リリーワールド薔薇世界ローズワールドの魔物による『侵略』で滅ぼされようとしている。それは早急に対処しなければならない」


 彼女はオレに、まっすぐな想いをぶつける。


「単刀直入に言わせてもらうけど……ユリミチ・チハヤさん、百合世界リリーワールドを救って」


 決意を秘めた瞳だった。「ノー」と言ったら人間として――いや、男として腐るような気がする。オレは「かわいい女の子」のお願いを断れないたちなのだ。かつての「幼馴染である彼女」がオレにとっての「それ」だった。


「わかった。なんとかしよう。オレは、そういう男だから。ただし、聞きたいことがある」


 オレは握りこぶしを作る。その握りこぶしのパンチだけで現実世界とは比べ物にならないくらい強い力を発揮できそうな気がする。だけど、それでも疑問なのだ。


「オレは、ちゃんと薔薇世界ローズワールドの魔物たちと戦える状態になれるのだろうか?」


「問題ないよ。そのためにクリアさせたんだ。フラワーデバイス・オンライン《Flower Device Online》を」


「つまり、あれはシミュレーションのためのゲームだったのか」


「うん。レベルMAXになった者は、薔薇世界ローズワールドの魔物たちと十分に戦闘できる。フラワーデバイス・オンライン《Flower Device Online》は、そのためのシミュレーションゲームなのさ」


「要するに主人公適性がオレにはあった、ということだな」


「そういうこと」


 ――主人公らしくなってきたじゃないか。


「わかった。で、魔物を倒すだけでいいのか? 百合世界リリーワールドを救うには、どうしたらいい?」


「まずは『四帝してい』を倒そうか」


「してい?」


百合世界リリーワールドを侵略している薔薇世界ローズワールドの四体のみかどのこと」


 リリアは、百合世界リリーワールドに存在する四体の魔物であるみかどについて説明する。


風帝ふうてい炎帝えんてい氷帝ひょうてい地帝ちてい……東西南北の方角に存在する魔物のことを言うのさ。百合世界リリーワールドの中央には『エンプレシア』という唯一侵略から守っている国があってね。二種類の壁を築いて薔薇世界ローズワールドの魔物の侵略から守っているというわけ。……と言っても、最果ての壁である『拒絶きょぜつかべ』だけで十分なんだけどね。『断罪だんざいかべ』なんていうエルフのような亜人あじんを追放するために作られた壁のせいで、今の事情は、いろいろとややこしい。要するに今の百合世界リリーワールドの世の中ってやつは人類至上主義みたいなところがあって差別があるのさ。だけど、四体のみかど――『四帝してい』を倒すためには、百合世界リリーワールドに存在する四体のエルフを覚醒させなければいけない。四体のエルフを探すために魔物たちが増えつつある『断罪だんざいかべ』の向こうを越えなければいけないってわけ」


「エルフ……とな」


「キミがエルフに恋をさせる必要があるのさ。そうしなければ『四帝してい』は倒せない」


 ――なんか物語っぽくなってきた。


「つまり、四体のエルフに恋をさせると、なにかあるわけだな」


「そのなにかをハッキリ言うとね、心器しんきの覚醒をうながすためなんだ」


 心器しんきとは、魂を具現化したモノであり、「心の結晶」である。


 空想の箱エーテルボックスから形成されるものにも種類がある。


 大まかに二つに分けると……心器しんきであるものと、心器しんきでないものがある。


「キミの心器しんきを見せて」


 オレは心器しんき――百合ゆりけん空想の箱エーテルボックスからオープンした。


「その百合ゆりけんは、キミの心を具現化させた意志を持った力となるもの――キミの意志の力とリンクしている」


「オレの意志によって力が変わるってわけか。強くもなるし弱くもなる」


 コクリとうなずくリリア。


「キミを鍛えさせてもらった。『あのゲーム』を通じてね。それはいいとして、気をつけてね。心器しんきの破壊は『心が壊れる』ってこと。それだけは覚えておいて。……まあ、キミには『あの花言葉はなことば』がある。問題は、ないだろうけど。……早速で申し訳ないけど、百合世界リリーワールドへ行ってくれない?」


 パチンとリリアは指を鳴らす。オレの足元に巨大な穴が現れる。


「え、ちょ、待て」


「行ってらっしゃい、ユリミチ・チハヤさん。改めて言うけど、百合世界リリーワールドは『女性しか存在しない世界』だ。『キミの願いは受理された』ってわけ。『かわいい女の子たちとのハーレム生活』、楽しんできて」


「白髪の女神」は穴をふさいだ。


 オレは空から落ちていく。


 落ちた先は――。

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