その3
金曜日の朝。
遅刻寸前で教室に入ってきた加代は、ツバメとナツを見つけるなり、両手に下げる大きな紙袋を渡してきた。
「な、何これ?」
中身を窺いつつツバメが聞くと、
「もちろん衣装だよ、明日の!」
加代は嬉々として言った。しかし顔色があまり良くない。おそらく夜を徹して作ってきたものと思われる。
「もうできたの? う、うわあ、ありがとう!」
加代の情熱に引きつった笑顔で応えるツバメに、ナツが耳打ちしてきた。
「ちょっと待って。これって明日、加代ちん家で着替えてくんじゃないの?」
「え? 駅前に現地集合のつもりだけど」
小声が聞こえたらしく、加代が答えた。
「うおお、マジかよ! これで自宅出んの⁉︎」
あからさまに嫌な顔をしたナツは直後「うげっ!」とうめき声を上げる。
ツバメの肘鉄が腹に刺さっていた。
「加代、明日何時にする?」
ナツの口を封じつつツバメが尋ねると、加代は言った。
「うーん、じゃあ5時にしよっか。屋台とか出始めるし」
ハロウィン祭り当日の駅前大通りは、夕方から車が進入禁止となり、焼きそばや綿菓子といった屋台が立ち並ぶ。妙な具合の和洋折衷だが、市民にとっては恒例の光景である。
「でもほんと良かった」
加代は恥ずかしそうに言った。
「ツバメちゃんと多飯田さんが一緒に来てくれるなんて嬉しい。しかもお揃いの衣装で。ああ楽しみ、早く明日にならないかなあ」
「私は明後日が待ち遠しいよ」
また小声で言ったナツは、恐ろしい形相でツバメに睨まれ、さっと目を逸らした。
けれどナツは、こちらも少し照れながら呟く。
「まあ、楽しいかもな」
*
「あれれ、今日はランボーさんがいませんねえ。お留守ですか?」
ソリアットと共に扉を抜けてきたミチルは、辺りを見回しながら言った。
太陽もないのに真っ赤な空の下、いつもは退屈そうに寝転んでいる巨漢の姿が見当たらない。
「さあ」
ソリアットは興味なさそうに答える。
「この空間から出ないようキツく言ってあるから、その辺散歩にでもいったんでしょ」
「ふうん、そうですかあ。ちょうど良かった」
「何が?」
「ソリアットさんと2人きりになりたいと思ってたから」
芝生の間に点々と落ちている墓石のかけらを踏みながら、ミチルは言った。
「ランボーさんは面白いですけど、あまり建設的なお話ができない方じゃないですかあ」
「まあねえ」
ソリアットはこめかみを掻きながら頷いた。
「で、何を話したいの?」
「そうですねえ、ではまず魔法の付けヒゲについて聞きたいんですけど。こちらの陣営は今いくつ持ってるんですか?」
「3つよ」
それは妖精戦争に直結する情報だったが、ソリアットは躊躇なく答えた。
「私の青ヒゲ、ランボーの黒ヒゲ。それからストックが1つ」
新たなビアードが妖精界から来た場合に備え、最後の1つはソリアットが厳重に保管しているという。
「はあ、3つとは少ないですね。しかも現状機能しているのは2つだけ。でも応援なんて来るんですか? そもそも魔法の付けヒゲがないと、妖精界と生命界の境を越えられないんですよね? 残りのヒゲはウィスカーさん、でしたっけ、が持っているのなら、誰も来られないじゃないですか」
ミチルは既に、妖精戦争に関する大体の経緯を、ソリアットから聞いている。
「まあ現状はそうだけどね」
ソリアットは苦い顔をした。
「こちらの人手不足はどうにもならないのよ。ビアードの上層部はあらかた捕まっちゃってるんだもの」
半ば愚痴である。頭が固く、それでいて直情的なランボーより、本来敵である筈の人間、ミチルの方がよほど話しやすい。そのためついあれこら話してしまう。
「それじゃあ宝の持ち腐れですね」
ミチルははっきり言った。
「今のところ活用できていない。しかも、もしお仲間が来たとして、その方が付けヒゲの適合者であるとは限らないわけですよね」
ミチルの指摘通り、魔法の付けヒゲにはそれぞれの性格があり、使用者を選ぶ。
そしてヒゲと相性が合わなかった場合、その妖精は生命界にいることができない。
それは、妖精戦争の勃発に際し、国王軍の張った特殊な結界があるためだ。
妖精が生命界に侵入すると自動的に感知され、妖精界の監獄へと強制送還される仕組みが働く。
ただし、ヒトの遺物から作られた魔法のヒゲを装着していれば一時的に人間とみなされ、排除システムは作動しない。この抜け穴を利用して、ソリアットらは生命界に留まることができている。
ちなみに、ソリアットの作り出すこの赤い庭は、妖精界でも生命界でもない亜空間であるため、彼以外はヒゲを付けなくてもよい。
「いちいちごもっともだけれど」
ソリアットはため息を吐いた。
「あなたは何が言いたいわけ? 使用者のいないヒゲなんか持っていても無駄だってこと?」
「はい? 違いますよお。わからないかなあ」
ミチルは笑った。
「簡単なことです。こちらも人間を使えばいいんですよ。ウィスカーさんと同じように、こちらの世界で適合者を探すんです」
「ああ、そういうこと。難しいわね」
ソリアットは即座に言った。
「え、どうしてです?」
「あのねえ、魔法のヒゲを装着するには条件があるの。まず、そのヒゲに合う適正があること」
「それは存じています」
「それから、その者が自らの意志でヒゲをつけること」
「…………はあ、なるほど」
ミチルは口を結び、納得する素振りを見せた。
「おわかり? ヒゲを付けたがる女の子はまずいない。更に、人類撲滅に協力する人間なんかもっといない。だからウィスカーみたいな勧誘は、我々にはできないってわけ。万が一適合者となり得る人間を見つけて、無理矢理ヒゲを付けたところで、その子にやる気がなければ変身しないんだから。まあそもそも、私達は人間なんか仲間にする気は一切ないけれどね」
「よくわかりました。しかし、やけに最後を強調しましたね」
ミチルは笑いながら頷いた。
ソリアットは言う。
「あ。まさかあなた、自分を推薦する気だったの?」
「あはは。いえいえ、私は女子ですよ? ヒゲなんて付けたくありません」
「言っとくけど、どのみちあなたには無理よ。見ただけで性格が合わないのがわかるもの」
「それは安心です。そういえば、その最後の1つのヒゲってどんな能力なんですか?」
「これがまた、とんだ困ったちゃんでねえ」
ソリアットは悩むように答えた。
「詳しくは教えないけど、100あるヒゲの中でも上位に入るほどの素晴らしい能力がある。もし適合者さえいれば、ウィスカーを捕まえるのにも相当便利だと思うわ。ただしそのクセモノっぷりも際立っていて、なんて言うか、我が強いらしいのよ」
「我が強い? ヒゲの話ですよね」
「ええ。私も詳しくは知らないんだけれど、そう表現するしかない。もし心の弱い者が使用すると精神を侵食され、性格が変貌してしまうみたいなの。既に向こうで試した仲間がいて判明したんだけど」
「へえ、ヒゲに心を乗っ取られる。怖いですねえ」
ミチルは面白そうに言った。
そして彼女はニヤリと笑む。何かを思い付いたらしい。
「ソリアットさん。そのヒゲの使い方で提案があります。そのために、ランボーさんに働いて頂きましょう」
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