その2
「めんどくせえよ、んなもん」
電話の向こうでナツが言った。
「ほらね」
風呂上がり、パジャマ姿のツバメは、自室のベッドに寝転びながら苦笑いを浮かべる。
「ん? 何が?」
「ナツのセリフなんか読めてるってこと。でもね、加代ったらずいぶん張り切ってるのよ。私達の分の衣装も作らなきゃって、大急ぎで帰っていったんだから」
「ははは。1人は本物の魔女なのにな」
「私は魔女じゃありません。それに笑ってる場合じゃないわよ、ナツだって誘われてるんだから」
ツバメが言うと、ナツはバカにしたように鼻を鳴らした。
「つーかさあ、ハロウィンなんか子供のやるもんじゃん。恥ずかしくない?」
「……うん」
正直、ツバメも同意見である。仮装姿で同級生に出くわすのは避けたい。
「でも大丈夫でしょ。ハロウィンって言っても参加者の大半は大人なんだし。だいたい日本のハロウィンなんか、仮装すれば気が大きくなって、あわよくばナンパでもしようって人達の安いコスプレパーティよ」
「嫌な言い方すんなあ。ほんとに誘う気ある?」
「まあ何にせよ、めんどうなことなんかしないのよ。3人お揃いの格好でその辺うろついてれば、加代も満足するんだろうから」
「うーん、けどなあ」
尚も渋るナツに、ツバメはイライラしてきた。
「煮え切らないわねえ、いいから来なさいよ!」
「だってさツーちん、私あんまし加代ちんと仲良くなってないよ? ほとんど話もしたことないし、行っても邪魔なんじゃないか? そもそも、なにゆえ誘われてるのか理解できん」
「ああ、そういうこと?」
ツバメは気が付いた。
確かに、加代はまだナツを怖がっているように見える。
転入から2週間ほど経った今も、ナツはロングヘアーを結ばずアイシャドウは消さず、制服のスカートも靴下も短い。それに平気で授業をサボる。傍目には、というか実質不良少女である。気弱な加代には近づき難いのかもしれない。
一方そんなナツはナツで、過去の件により、新たな友達を作ることに躊躇している節があった。
ツバメが間にいなければ、まず関わることのない2人である。
「なるほど、読めてきたわ」
ツバメは寝返りしながら言った。ベッドに頬杖をつき、頭を支える。
「加代はあんたと友達になりたいのよ」
「ええ、そうかあ?」
「そうよ。ミステリアスな転校生とか、あの子好きそうだし。リンクコーデで一緒に遊べば仲良くなれるって思ってるのよ。ハロウィンなんて打って付けじゃない」
「どうだかなあ」
ナツはまだ疑わしげに言う。
「いま思ったんだけど、もともとツーちんだってそんなにハロウィン行きたくなかったんでしょ? だけど私を誘うってことで、いつの間にか行く側になってるわけだ。これはツーちんの責任感を利用した、加代ちゃんの作戦とみたね。つまり私はダシなんだよ」
「ナツ!」
ツバメは声を荒げた。
「何でそんな酷いこと言うのよ! 加代にそんな賢い計算できるわけないでしょ。せっかくあの子が勇気出して近付いてきてるのに。あんた友達いないんだから、こういう機会逃すんじゃないわよ。どうせ土日だって予定ないんでしょうが」
「ツーちんもけっこうひでえよ」
ナツの苦笑いが返ってくる。
「わかったよ、行きゃあいいんだろ。魔女の長女で」
「よかった。忘れないでよ? すっぽかしたら火あぶりだからね」
「魔女の罰し方。しょうがねえなあ、じゃあ加代ちんに私の身長とスリーサイズ伝えといてねん」
*
皮膚を剥がれた肉の如き、赤黒く蠢く空の下。
殺風景な枯れた芝の上に、3つの影があった。
「おい、ソリアット! なんで人間なんぞがここにいやがる! 説明しやがれ!」
傾いた墓石に腰掛ける、丸々と肉付いた巨漢が声を上げた。
呼ばれた長身痩躯の男、ソリアットは答える。
「いやね、この子が私に興味津々で、あまりにしつこいものだから……」
「だから何だっつうんだ、ああぁぁあん⁉︎ 人間に俺らの存在をバラしたのか? てめえの独断でか?」
巨漢はソリアットの傍らに立つ少女を、恐ろしい形相で睨み付けた。
しかし、小柄な少女はまるで動じない。花が咲いたような朗らかな笑顔を浮かべ、ぺこりと頭を下げて見せる。
「初めまして、須永ミチルです。お邪魔してまーす」
「してまーすじゃねえ、殺すぞ!」
「まあまあ」
ソリアットが宥めるように手を上げた。
「落ち着いてちょうだい。私の独断と言えばその通りだけどね。でもこの空間は私の能力でできてるんだから、誰を入れようと私の勝手でしょう?」
「お前の? ヒゲの能力だろうが!」
巨漢の額に青筋が浮き出る。
「いや、そういう話じゃねえ。お前の気まぐれがビアード全体に迷惑をかけるってことだ。人類都落ち計画が人間にバレたらどうすんだ!」
「都落ち?」
ミチルが聞き咎めると、
「あーあーあー」
ソリアットは腕を振りながら声を上げた。
「それくらいにして。バラしてるのはあなただから。いいから聞いてちょうだい、実はこの子ね、魔法の付けヒゲに見覚えがあるみたいなの」
「ああ⁉︎」
「付けヒゲの持ち主、つまりヒゲグリモーの正体を知っているのよ」
「なんだと!」
巨漢は片方の眉をぎりりと上げる。
「で、どこのどいつなんだよ! 言え、ガキ!」
妖精界の住人である彼らがこちらの世界、生命界へと来た目的は、ウィスカーを探し出し魔法のヒゲを奪うことである。ウィスカーに繋がる情報は喉から手が出るほど欲しい。
「それがねえ……」
ソリアットはさも困ったという仕草で、ヒゲの剃り跡で真っ青な頬に手の平を置いた。
「この子ったら、教えてくれないのよ」
「教えてくれないだあ?」
巨漢は心底呆れたように声を上げる。
「なあ、ソリアット。そのガキにはアザの1つも見当たらねえようだが? 一体どういう聞き方をしたんだよ」
「こう見えてミチルちゃん、結構強情なんだもの。私も拷問なんてガラじゃないしねえ」
「また私情か? くだらねえ。それなら俺にやらせろよ」
巨漢は立ち上がった。突き出た額の下、小さな瞳が暗く光る。
「あのねえ。なんでも暴力に頼って解決しようとするのは、人間と同じよ。とっても醜いと思わない?」
ソリアットも一歩前に進み出た。巨漢を真正面から睨み付ける。
「取り消せ、カマ野郎。殺されてえか」
「やってみなさいよ、デクの棒」
「まあまあ、お2人とも落ち着いてください」
張り詰めた空気を吹き飛ばすように、ミチルがのんびりと割って入った。
「何をそんなにピリピリしてるんですかあ」
「お前が原因だろ!」
巨漢が噛み付くように吠える。
「さっさとヒゲグリモーのことを教えろ! それから死ね! 教え死ね!」
「私は教えないなんて言ってませんよお。取り引きがしただけなんです」
「ああぁぁあん⁉︎」
「お2人は何やら壮大な計画を立てていらっしゃるようですね。だから、私もそこに混ぜて欲しい。それがこちらの条件です」
ミチルは笑顔で言った。
「私、面白そうなことに目がないんです。察するところお2人とも、人間じゃないですよね? それから今の『人類都落ち』でしたか、たぶん人間に迷惑をかけたいんですよね? これはもう首を突っ込まざるを得ないわけでして、だから色んな面でサポートしていこうって決めたんです。きっと私にしかできないこともあるでしょうから」
「……こいつイカれてんな」
「ね? この子ずっとこんななのよ」
巨漢とソリアットが顔を見合わせた。
ミチルはニコニコと続ける。
「だって心配じゃないですか。お2人が人間相手にうまくやれるのかなあって」
「ああぁあ⁉︎」
空気を震わすような大声で、巨漢は凄んだ。
「お前、ナメてんのか?」
だがミチルには通じない。まるで分厚いアクリル板越しに猛獣を見るような目付きで巨漢を眺める。
「滅相もない。ただ、せっかく情報を教えるのだから、十分に活用して欲しいって話ですよ。私、その女の子のことをとっても気に入ってるんですから。ただやっつけておしまい、だとつまんないじゃないですか」
ミチルは可笑しそうに目を細める。
「あの子を困らせるためだったら、私は世界が滅びようが構いません」
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