その13

「来た!」

ツバメと陽子は身構えた。

人間の垣根の間から小さな生き物が飛び出し、一目散にこちらへ駆けてくる。

オレンジ色の身体にフサフサの顎ヒゲ、黄金に輝く王冠。

ミセス.マルガレーテだ。


「っしゃあ!こっちの言葉が届いてたんだ!」

道の真ん中に出た陽子が、ゴロ捕球をするように身を低くする。

マルガレーテを抱きかかえる構えである。

「そうだ、飛び込んで来い!」

だが。

毛を逆立て向かってくるマルガレーテは、陽子の手前10mで突如姿を消した。

「消えた⁉︎」

否、進路を道の右側へと逸らしただけである。

カラカルの脚力にヒゲグリモーのパワーが加わった今、マルガレーテの稲妻のような走りは目で追うのも難しかった。

「おい、どこ行った!」

視線を彷徨わせつつ陽子が叫んだときには、マルガレーテは彼女の傍を駆け抜けていた。

「日向さん、抜かれてます!」

「ちょっ、なんでだよ!うちらは味方だっつってんだろ!」

「ダメニャ陽子!興奮していて聴く耳がニャい!」

どうやらマルガレーテはたまたまこちらに向かって逃げてきただけのようだ。

ウィスカーの声に反応したわけではないらしい。


「追います!」

見る間に小さくなるマルガレーテの尻を見失わぬよう、急ぎツバメが電柱の影から飛び出すと、

「アタシも行く!」

陽子も後から駆けてきた。

しかしツバメは振り返り、きっぱりと言う。

「無駄です、日向さんには追い付けません。ヒゲを盗られてるんですから。それより、向こうから来る人を止めて下さい」

マルガレーテを取り逃がした賞金稼ぎの集団のことだ。

我先にとこちらへ駆けてくる数は、およそ30人ほどである。

「余計な人達について来られると私が動きづらいんで」

「お前簡単に言うなあ!あんな数、一度に倒せるかよ!」

「倒さなくていいです。あの人達を一身に引きつけておいて下されば」

「どうやってだよ!いくらアタシでもそこまでの色気はねえぞ!いっそマルガレーテのフリでもして......」

そう言い掛けた陽子は、大きな目をギラリと輝かせた。


「そうだあ。いいこと思いついた」

良からぬことを企んでいるらしい彼女の顔を見て、ツバメもすぐにピンときた。

「名案です。それでいきましょう」

ツバメが爽やかな微笑みを返すと、陽子はリュックサックを肩から外す。

そして中に手を突っ込むと、ウィスカーの首を掴んだ。

「なんニャ。何を思いついたのニャ?」

「おとり作戦だ」

「そりゃあいいニャ。で一体誰が............。う、ウソニャろ?」

愕然として色を失うウィスカー。

その首根っこを陽子は握りしめ、必死に留まろうとするウィスカーをリュックから引っ張り出す。

そうして振り向きざま、後ろからやって来る集団に向けて思いっきりぶん投げた。


「フギャアアアアアアァァァ‼︎」

ぽてり、とウィスカーが落下したのは、押し合いながら走る賞金稼ぎ達のど真ん中だった。

「ん?」

「ああ‼︎」

「マルガレーテだ!戻ってきたぞ!」

「さっきより太ってねえか⁉︎」

「覚えてろニャアア!」

「しゃ、喋ってる⁉︎」

「なんでもいい!捕まえろ!」

途端に揉みくちゃになる人間の群れを尻目に、ツバメと陽子はマルガレーテ追走を開始した。



先頭を駆けるマルガレーテ、それを追うツバメ、ド根性をみせるも離されていく陽子。

運動神経抜群の陽子であれ、ヒゲグリモーに変身したツバメの脚力には及ばない。

そして、付けヒゲの力を得たネコ科動物の足はツバメより更に速い。

三者の距離は見る間に広がっていく。


ツバメは振り返り、大声で言った。

「やっぱり私は先に行きます!日向さんはそのままゆっくり来て下さい!」

「誰が、はぁはぁ、ゆっくりだ、はぁ、ばかやろう」

肩で息をする陽子はすでに汗だくである。

「見失っ、ちまう、だろうが......」

「大丈夫です!すでにマルガレーテは私のタクトでロックオンしてますから!日向さんは道に落ちてる音符球を辿って来て下さい!」

マルガレーテが走り続けている限り、その足音は光の球となって、道の上に点々と残されることとなる。

よってこの先マルガレーテがどのようなコースで逃げようが、音符球を道しるべにして追い掛けることができるのだ。


「そういう、ことなら。お、おっけええ」

陽子が力なく親指を立てるのを見届け、ツバメは跳んだ。

道路沿いの塀を足掛かりに、民家の屋根の上へ。

高いところへ身を移し、マルガレーテを見失わぬよう追跡する目的である。

気まぐれに進路を変えては疾走するマルガレーテ嬢だが、今のところは舗装された道から外れてはいない。

カクカクと角を折れながら逃げるカラカルに対し、屋根をつたうツバメは進む方向を自由に決められる。

果たして、両者の距離は徐々に縮まっていった。

あとは、

「気付かれないように近づいて、一気に上から捕まえられればいいんだけど」


ツバメは1人呟いた。

不意を打たない限り、ネコグリモーを捕らえられる自信はない。

そもそもの話、ツバメは哺乳類全般があまり得意ではなかった。

彼らはたいてい鋭い爪や歯を持っているし、その上何を考えているかわからず、更には礼儀知らずの無法者だ。

つまりイヌやネコなどというものは、ピストルを持った幼児に等しい存在だとツバメは見なしている。

ましてやカラカルとかいう得体の知れないケモノが相手となれば、正面から対峙するのは極力御免こうむりたかった。


陽子を置き去り1人ここまで来たが、どうやってマルガレーテからヒゲを取り返したものか。

屋根の上を跳びながら悩むツバメはふと、走るカラカルから目を離し前方を見た。

「あっ!」

彼女は声を上げる。

住宅街を駆けていたつもりが、いつの間に移動してきたのか。

マルガレーテの行く先には、照明灯の立ち並ぶ太い道路が横切っていた。

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