その2

中学校へ続く通学路を、制服姿の女子が2人並んで歩いている。

1人は背筋の伸びた少女で、クロワッサンのように巻いたツインテールを、両の側頭部から垂らしている。

紺野ツバメである。

もう1人は、楕円形のメガネを掛けた小柄な少女だ。

肩まで伸ばした栗毛には寝グセが目立ち、白いソックスは片方ずり落ちている。

小岩加代だ。


「ねぇ、ツバメちゃん。聞いた?最近ここら辺で、若い女の人の幽霊が出るんだって」

「へえ」

また加代が何か言い出したぞ、とツバメは受け流す。

加代は人一倍怖がりのクセに、怪談や都市伝説の類が好きである。

毎回どこから情報を仕入れてくるものか、ツバメの知らない怪しげな噂をしょっちゅう持ち込んでくる。

しかし今回に限っては、すでに有名になりつつある話だそうだ。

女子高生の幽霊が、多くの人に目撃されているという。

しかも出現場所は決まってここ、W町であるらしい。

音楽の勉強にしか興味のないツバメは、その手の情報に疎かった。


「この前、市内の女子高生が失踪したってニュースになってたでしょ。その幽霊なんじゃないかって噂だけど。ツバメちゃんはどう思う?」

ツバメは今聞いたばかりなのだから、どう思うも何もないが、適当に返答する。

「縁起でもないわね。それだと、失踪した女子高生がもう死んでるってことになるじゃない。そんな報道はまだされていないでしょ」

上の空のようだったツバメが、いきなり急所を突いてきたので、加代は狼狽えた。

「で、でもその幽霊は行方不明になった人と同じ高校の制服を着てるんだって。夜になると、突然道路の隅っことかに現れて、それから突然消えちゃうんだよ」

「暗い時間帯だから、消えたように見えるんだよ。家出した女子高生が遊び歩いているだけで」

「そうかなぁ」

女子高生生存説に、加代はがっかりした表情を浮かべた。


「なんかつまんないな。怪盗アリスは捕まっちゃったし、ヒゲ売りネコの話も聞かなくなっちゃったし」

身近で起きているらしいミステリアスな事件が、自分の知らぬ間に片付いていく。

それが加代には面白くない。

ぶちゅうと口を尖らせ、ぼやくように言った。


だが同時に、ツバメの方はビクリと肩を震わせる。

何を隠そう、世界中で盗みを働いていた窃盗団、怪盗アリスを捕まえたのは、他ならぬツバメである。

それにヒゲ売りネコこと、ネコ妖精のウィスカーとも知り合いなのだ。

最近など毎夜のごとく付きまとわれている。

そんなに会いたいなら、いっそ加代に押し付けてやりたいくらいだ、とツバメは思う。


しかしそんなことを加代に知られる訳にはいかなかった。

ツバメはウィスカーから、自分の存在及びヒゲ関連のことは誰にも言うなと釘を刺されているからだ。

まあ頼まれなくたって、ツバメにはどのみち言えやしない。

喋るネコに借りた不思議な付けヒゲで、魔法少女に変身したことがある、などと吹聴したら、頭がおかしくなったと思われておしまいである。

なぜ日常にファンタジーを求める加代ではなく、自分ばかりが奇天烈な存在と出逢ってしまうのか。

大いなる皮肉を感じざるをえず、ツバメは深いため息を吐いた。

そして。

彼女の前に、新たな変人が登場したのはそのときであった。


「ワシャシャシャシャシャ!」

ツバメと加代の背後から妙な笑い声が近づいてきた。

静かな朝の通学路に亀裂が走りまわるような、甲高くバカでかい声である。

なにごとかと2人が振り返ると、その笑い声の主は、彼女らの頭上にいた。


それはツバメ達と同じW2中の制服を着た、小柄な女子だった。

大きく開かれた目に、ネコを思わせる小さめの瞳。

ソバカスの浮いた鼻は少し上を向いている。

モップのようなボサボサ髪を振り乱し、その女子は道の脇、ブロック塀の上を全速力で駆け、あっという間にツバメ達を追い越していった。

高さは2m近く、しかも幅15cmに満たない足場を、どうしてそんなに躊躇なく走れるのか。

よっぽど運動神経に自信があるか、さもなくばバカである、とツバメは口を開けながら思った。

そして更に驚くことに、モップ頭の後ろから、同じく塀の上を、中年の男が掛けてきた。

「待て、陽子!逃がさんぞ」

禿頭の男は片手にサンダルを一足まとめて持ち、もう片方の手にバリカンを握っていた。

どうやら少女を追い掛けているらしい。

何故、追う方まで塀の上を行く必要があるのか、そうツバメは口を開けたまま思った。


不意に、先行するモップ少女が塀の向こう側、民家の庭に跳び下りる素振りを見せた。

後を追う男がすぐさま反応し、少女より先にジャンプする。

しかし、少女の方は跳ばなかった。

フェイントである。

塀の上に1人残った彼女は、ちょうど後ろからゴミ収集車がやって来るのを見つけると、追い抜かれる瞬間に荷台へ跳び移る。

そして、そのまま笑いながら消えていった。

塀の向こう側から、「待て、陽子ー!」と、男の虚しい叫びがいつまでも聞こえた。


朝から凄まじき野蛮人を見たツバメは声が出ない。

「あー、日向陽子さんだったねー」

しばらくしてから加代が言った。

「え、誰?知り合いなの?」

驚いてツバメが尋ねると、逆にびっくりされた。

「ツバメちゃん、知らないの?学校では有名人だよ、2年5組の日向さん」

ツバメは全く知らなかった。

しかも、まさかの先輩である。

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