その2

紺野ツバメと高菱才女。

同じバイオリン教室に通い、共に講師から才能を認められているこの2人は、以前から非常に仲が悪かった。

一方が褒められれば他方は不機嫌になり、反対に叱られているのを見れば下を向きニヤニヤと笑う。

ツバメがバイオリン初心者へアドバイスをすると、才女が割って入りそれを全否定し、また教室掃除の仕方を巡って1時間も口論したことがある。


自負心が強く負けず嫌い。几帳面で努力家。

はたから見れば幾つもの共通点を持つ2人は、ことあるごとに対立した。

そして睨み合いの状態に突入したが最後、両者は張り詰めたピアノ線のごとく鋭利な視線で繋がれ、その間に介入できる者はいなかった。


加代と才女の手下2人が後ずさる。

この後の展開は明らかだ。

皮肉や言いがかり、罵詈雑言の嵐である。


「あんた、いつから他人にメイクできるような美人になったわけ?」


先に仕掛けたのはツバメである。

「ほっぺたの上にゴミなんか付けてるクセして」

言われた才女が慌てて顔を擦ると、ツバメは続けた。

「あらゴメン、それ目だったのね。あまりに細すぎて糸クズに見えたわ」

才女の頬が引きつる。

「な、何よ。このツインドリル搭載あたま。ケガしないように、鉄の肩パッド付けなさいよ」

そう言い返すと、今度はツバメの鼻の穴が広がった。

始まった、と加代達はため息を吐く。


「目をつぶったまま喋ると寝言だと思われるよ。え、それで開けてるの?」

「あんたはどこでも手ぶらで行けていいわね。眉間のシワに持ち物が全部入るんだから」

「貴菱の顔ってちょっとだけ流行遅れよね。平安時代ならモテたろうに、残念でした」

「あんたのおでこ広すぎ。さぞかし固定資産税お高いんでしょ!」

「あんたの頬っぺたこそ、下ぶくれ過ぎてまるでお尻じゃない!チークがそんなに濃いのは、蒙古斑を隠すためかしら!」

「早く視界から消えなさいよ!私、ブスアレルギーなんだけど!」

「それならトイレ行くとき苦労するでしょ。どこも鏡があるもの!」

「あんたがブスだって言ってるのよ!」

「ブタの基準で判断しないで下さーい!」

2人は鼻息を荒げ、今にもつかみ掛からんばかりに睨み合っている。

口元だけで無理に笑顔を作り、余裕を装っているのが痛々しい。


このような状況を、加代達はバイオリン教室で100回も見てきた。

一度も取っ組み合いのケンカに発展したことがないのが不思議なくらいだが、それはツバメも才女も、手を出してしまえば口で負けたことになると思っているからだ。


そのまま1分程膠着状態が続いた頃、ツバメが声を上げる。

「あ、今何時?出棺は?」

「これからだよ」

加代がおずおずと答えると、ツバメは「あとはまかせた」と言い残し、葬儀会場へと駆け出していった。

見れば、ツバメの手には大きな紙袋が握られている。

この凍りついたような空気をどう処理しろと言うのか。

託された加代は恐れおののく。


「なによあいつ、今頃来て。もうお葬式終わっちゃったのに」

走り去るツバメの背中を尻目に掛けながら、才女はバカにしたように言った。

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