第2話「レクイエムはいつ届く」

その1

白布に覆われた壇の上で、沢山の菊やユリの花が、蛍光灯の光を浴び無機質に輝いている。


張り詰めたような、それでいてどこか弛緩したような部屋の中、高菱たかびし才女さいじょはなんとも落ち着かない気分でパイプ椅子に座っていた。

ふと、脇腹を突く感触に隣を見ると、子分のフミが周りに気付かれぬよう、小さく前方を指差している。

その指の先には、才女と同じバイオリン教室に通っている、W二中の小岩加代がいた。

制服姿の加代はギクシャクと椅子から立ち上がる。

焼香の順番がやってきたようだ。

部屋の中央に作られた道を通り、壇の前に進み出ると、花に囲まれた遺影に向かってぎこちなく一礼した。

まるでロボットだ。

才女は笑いを噛み殺し、フミとその隣、これまた子分の奈緒と顔を見合わせる。

フミは「ダサっ」と口の形だけで表し、奈緒は腕を交差し震えるようなジェスチャーをした。

葬儀の最中だとわかっているが、才女もニヤニヤ笑いが自然に出てしまう。

きっと加代は焼香の仕方をよくわかっていないのだ。


才女は自分より立場の弱い人間を笑うのが大好きだ。

そんな彼女にとって、春からバイオリン教室にやってきた加代は絶好の標的だった。

いつもオドオドとし、演奏は上達せず、その上忘れ物が多いマヌケだからだ。

あのムカつくドリルツインテールさえ加代のそばにいなければ、もっといじめられるのに。

才女は常々そう思っている。

そして、ふと気が付いた。

そういえば紺野ツバメの姿が見当たらない。

あの特徴的な髪型が目に入らないということは、来ていないのだろうか。

才女のつり気味の目が意地悪く光った。


✳︎


告別式の後、セレモニーホール入り口外の表通りにて。

口を抑えて笑う3人の少女に取り囲まれ、加代は俯いていた。

その顔は恥ずかしさのあまり、真っ赤に染まっている。

何度目だろうか、フミが加代の前髪を持ち上げる。

露わになった額には茶色い粉がへばりついていた。

焼香に使われた抹香である。

前の人の見よう見まねで焼香を行った加代は、つまんだ抹香を額にすり込んでいたのだ。

皆の後ろ姿がそうしているように見えたのだから仕方がない。

そしてそんな加代をいじめっ子達が笑うのも、まあ仕方のないことである。


「加代の汚れた顔をキレイにしてあげようよ」

才女が提案し、メイクポーチを取り出した。中1の分際で、彼女は化粧道具を持ち歩いている。

フミと奈緒が頷き、加代のメガネを外すと、逃げられぬよう背後を固めた。

才女がチークやリップ、アイシャドウを一度に手に持ち、慣れた手つきで加代の顔に色を足していく。

「えへへへ」

3人からすれば、地味な子をちょっと面白くしてやろうという、子供っぽい悪戯である。

しかし加代にとっては屈辱でしかない。

お焼香の仕方を知らなかったくらいで、どうしてこんな目に遭わなければならないのか。

「やめて」

加代が小さく叫んだが誰の耳にも届かない。

葬儀場の前とはいえ、女子中学生達が式の合間にコソコソはしゃいでいるくらいでは、注意する大人はいなかった。


だがそのとき、

「何やってるのよ」

突然、腕を掴まれた才女が振り向くと、すぐ目の前に恐ろしく不機嫌な表情のツバメが立っていた。眉と眉の間に深い筋が入っている。

「ド、ドリルツイン」

才女の顔が一気に曇る。

「誰がドリルよ。タカビシャ狐」

「ツバメちゃん!」

加代がベソをかきながら、ツバメの背中に隠れた。

派手に仕上がった加代の顔から事情を察したツバメは、才女をねめつける。

才女も腕を組み、ツバメを睨み返した。

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