その12

ツバメは屋根の上から、地面に伸びるアリスを見下ろす。

後から追いついたウィスカーも、下を覗き込んだ。

「あっ!」

「ニャニャっ!」

揃って驚きの声を上げた1人と1匹は、顔を見合わせる。

「まさか」

「2人組だったとはニャ」

地面にはドレス姿の大男とスキンヘッドの小男が並んで仰向けになり、死にかけの虫のように痙攣していた。

運動能力に長けた大男と、ハリボテの大頭に隠れた指示役兼、狙撃役の小男。

二人三脚の窃盗団。それが怪盗アリスの正体だった。


「それにしても、ボクの目に狂いはなかったモニャ。君はヒゲの力をよく使いこなしていたモニャ」

「ふん」

ツバメは鼻を鳴らした。

「そう照れることないのに。君は天才ニャ。ボクでさえ思い付かない作戦だったモニャ」

ウィスカーに二の腕を肘で突かれたツバメは

「照れてないよ」

と言いながら顔を背けた。


ツバメがアリスを探すために行った作戦。

それはアリスに先回りしながら、足音でできた光球を辺り一面にばら撒くことだった。

音を固めて光にできるなら、その逆、つまり光をもう一度音に戻すこともできるのではないか。

ツバメはそう考え、事実それは可能だった。

周囲一帯にばら撒いた光を、適当に時間を見てから、タクトを振り回し、足音へと戻す。

するとアリスは謎の音に驚き(実際にはもともと自分の足音だったわけだが)、発砲する。

銃声のした方へツバメが急行する。

アリスを見つけ、残していた大きな光球で攻撃する。

以上である。

「君は強いヒゲグリモーになれるモニャ。これからも期待してるニャ」

「はあ、ふざけないでよ。こんなこと2度とやらないから」

こうしてツバメの、ヒゲグリモー第1号「ヒゲエンビー」としての初戦は、見事な勝利を収めたのであった。


次の日の朝。

「ツバメちゃん、久留木貝蔵さんのバイオリンが記念館に戻ってきて、本当に良かったね」

ツバメが教室に入ると、何の前振りもなく加代が言ってきた。

怪盗アリス逮捕という大ニュースに興奮しきっている様子である。

他のクラスメイト達も同じ話題で持ちきりのようだった。

かの有名な泥棒がこの町で捕らえられたとなれば当然であろう。

しかしツバメは興味なさそうに、「そうね」と返し、カバンから教科書を取り出し始めた。

そっけなく振る舞うことに努めている。

だがそんなツバメを意に介さず、加代は目を輝かせた。

「けど、誰がアリスを捕まえたのか、まだわからないんだって」


昨夜、ツバメは地面に伸びる2人の男を素早く近所の公園へ移し、拾った鎖や紐で入念に縛り上げた。

そして付けヒゲを剥がし変身を解くと、取り返したバイオリンをベンチに置き、その場を去った。

それから苦労して公衆電話を探し、匿名で警察に連絡したのだった。

ゆえにアリスを捕獲したのが誰なのか、それを知る者はいない。


一方で明らかになった怪盗アリスの正体は、2人組のおっさんだった。

それを知ったら加代はさぞがっかりするだろうとツバメは思っていたのだが、そうでもないらしい。

夢見る少女は新たなヒーローを見つけたのだ。

「きっと、とっても格好いい秘密のお仕置人がいるんだよ。世界中を飛び回って、悪い人をバンバン捕まえてさ、それで...」

「だから二度とやらないって言ってるでしょ!」

何故急にツバメからキレられたのかわからず、「へっ?」と加代は固まった。


つづく

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