まるで、シンデレラのようで

らむね水

シンデレラの痕跡


空き教室の、茶色い木床。

床に散らばる、青いガラス玉。

天井から吊るされた、白いレース。

ゆるゆると揺れる、照明。

窓から射し込む、太陽の光。

その中に、半袖の白いカッターシャツと、学ランのズボンを身に纏って佇む君の姿。

まだ、学生特有の幼さを残した君は、鋭く挑戦的に、だけどもどこか艶っぽく、こちらを睨みつけていた。

そして私は、そんな君に向けて、ひたすらシャッターを切り続ける。

人生で一度だけの、君の一瞬を切り取る為に。


芽梨めりちゃんさぁ…」

天女のように、ヒラヒラなびく薄いレースを己の手でもてあそぶ君。レースをいじりながら、呆れたように私へ声をかけた。

「ん.」

「野郎の事なんか撮ってさ、楽しい?」

「もちろんもちろん!てか、来智らいちは特別。綺麗だし、次の展示会のテーマぴったり!」

あ、ちょっと横向いて。と声をかけると、素直に頷いて横を向く来智。

レースで、顔の下半分を覆う。

照明の光によって、足元のガラス玉と、左耳のピアスが輝いた瞬間を狙って、シャッターを切った。

「テーマって?」

「【現代の生活に現れたシンデレラ】」

呟くように伝えて、再びシャッターを切る。

来智は、納得したようなしてないような、複雑な表情をしていた。


普段着ている制服は、変身前のシンデレラ。

古びた空き教室は、シンデレラの家。

青いガラス玉は、シンデレラのガラスの靴。

白いレースは、シンデレラのドレス。

光る照明と太陽は、シンデレラの装飾品。

ほら、どれを取っても似合う。

やっぱり、ぴったりじゃない。

写真のモデルをお願いすると、嫌そうにしながらも、結局毎回了承してくれる。

そんな、お人好しなところもそっくりだ。


「…うん、OK。今回も綺麗。」

撮った写真を確認して、思わず口に出す。

みんなが振り向くような美貌を持っている所も。そっくり。

「そぉかぁ?やっぱり男の写真はなぁ…。」

眉間に少しのシワを寄せ、隣から写真に写っている自分を見る君。

肩には、まだ薄いレースがかけてあった。

「そんな事ないよ。綺麗。」

人々の目を惹くその美貌。自分の持つそれに、気付いていない所。そんな所も、シンデレラにそっくりなんだね。


教室中に散らばったガラス玉を片付けていると、下校時刻を知らせるチャイムが鳴り響く。

楽しい楽しい舞踏会も、終わりの時間。

「はいはい。いつまでそれ持ってるの。」

撮影が終わっても、ずっとレースを肩にかけていた君。

その姿は、魔法が解けるのを惜しむシンデレラのようだと思った。

「あ、忘れてた。」

回収ー!と言って、君のレースに手をかける。

するり、衣擦きぬずれの音を立てて、君の肩からレースが滑り落ちた。

魔法が、解ける。

シンデレラが、普通の生活に戻る。

私は、そんな瞬間を、見ていた。

ただただ、見ていた。



用事がある、と言って来智が帰ってから、少し時間がたって。

もう少しすると、最終下校時刻になる。

暗くなり、月の光だけが見える中、私はただ立っていた。

真っ暗闇の教室に、ただ立っていた。

君がさっきまで立っていた場所に、ただ立っていた。

一つだけ拾い残した青い青いガラス玉を見つけ私て、拾う。

君がここにいたと主張する、ただ一つの痕跡。

まるで、シンデレラのガラスの靴。

私は、そのガラス玉を握りしめた。



「…好きだよ…。」



もし、魔法が、解けたとしても。

君の事なら、どこまでも追い続ける。

ガラスの靴を手掛かりに、どこまでもシンデレラを追い続けた、王子のように。





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まるで、シンデレラのようで らむね水 @ramune_sui97

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