革命@Side-A

@Maris

第1話 目覚め再び


『くっ!』


 予想される衝撃に備えて”俺”は身構えた、いいや、身構えようとしただろうか? だけど、その瞬間は一向にやってこなかったんだ。観念して、恐る恐る目を開けるとそこには、意外な景色が広がっていた。


「これはどういう事だ? 俺はどうしてこんな所に?」


 俺は自分が見ているモノが信じられなかったけど、それは当然だろう? 俺の目の前には海か湖の底としか思えない景色が広がっているのだから。


 俺の記憶が確かなら、さっきまで俺はあの近代と現代が入り混じった町の中に居て、殺されそうになっていた筈なんだからな。いや、最後に俺は、”精霊の道”に飛び込んだんだったよな?


 送り先を決めなかったからこんな妙な所に出てしまったのだろうか? 緊急事態だから仕方が無いだろうが、水中で苦しくも無いと言う事は、普通の場所じゃないんだろうな。暗い水の底でも何故か遠くまで見渡せるのが不思議だな?


”キュ!?”


 何時も通り、使い魔に念話を送ろうとして、自分の身体意識の異常に気付いた。なんだこの感覚は? 今まで感じた事が無い様なある様な嫌な感じだ。俺の身体意識から何かが抜けて行くような、抜き取られている様な?


 その瞬間、俺にはその不快感の正体が分かってしまった。俺には始めての感覚のはずだが、何故か憶えている。


”記憶”


 そうだ、俺の記憶が奪い取られている!


 そう悟った瞬間に、今まで自分でもほとんど感じ取れなかった記憶の流出が、暴力的なレベルまで増大した気がした。


『ぐっ!』


 正に奪い取るという表現が適切な記憶の流出を、半ば無駄と悟りながら必死で抑えようとした。相手があれと同等の存在ならば、俺の抵抗など瀑布の流れを水道どころか水鉄砲で変えようとする試みに等しいと思えたけど、易々と渡す気は無かった。


 自分自身の記憶など幾らでも渡してやっても良いが、彼女の、そうだ、ノーラの笑顔や泣き顔を忘れる事など絶対に許容出来ない。


 本当に意外な事だが、俺がそう決意して記憶の流出を抑えようと意識すると、まるで驚いた様に暴力的だった記憶の強奪が治まった。油断するな! 相手は人間じゃないんだ! これが他人の記憶を軽々しく扱った報いなのか?


 予想通り、直ぐに次の攻撃が始まった。先程の強奪を巨大な一本の”手”に例えるならば、今度の略奪は何千何万何億の手が次々に俺の記憶に手を伸ばす様な物だった。抵抗は出来るが10本20本の手を振り払ってもほとんど効果が無い。


 その絶望的な防戦一方の戦いが、直ぐに決着を迎えなかったのは、多分何かの僥倖だったのだろうな。奴らが奪おうとするモノと俺が死守しようとしたモノが違ったのも1つだろう。


 俺という人間を現す”名前”を何の因果か俺は複数持っていたのも幸運だった、それが密接に”彼女”に結びついていなければ、簡単に俺は俺でなくなり、守るモノさえ分からなくなっていただろう。


 もう1つの幸運と言えば、理解不能なのだが、奪われた記憶がどう言う訳か再び俺の中に戻っていると感じられる事がある。”如月更夜”というのは俺の存在を示す1つの記号なまえなのだが、奴らは真っ先にこれとこれに関する記憶に”手を伸ばした”のだ。


 今の俺にとっては意味の無い記号なのだが、忘れた筈のこの記号なまえがいつの間にか俺の中に戻っていたのは、驚きだった。誰かが味方しているのだろうか?


 味方が居るのは何故か分かっている、ただし、かなり離れた場所なのだろう。懸命に励ます”声”とその”声”が少しずつだけどはっきりした物になって行く事が、絶望に支配されそうな俺の意識を支えてくれている。


===


 だけど、そんな幾つかの幸運に恵まれた状態でも、その戦いの帰結は決まっている。守っているだけで勝てる戦いなんて無いだろうし、完璧な守りと言うには程遠い状況なのだから。


 元々時間感覚など無かったが、もう、そんな事を考える事も難しくなってきた。自分と言う存在が消失してしまえば、彼女の事を思い出すのも・・・。俺が最後に縋ったのは、何故か彼女の”笑顔”ではなく”泣き顔”だったのは、何故か分からない。



 ”それ”がここに現れたのは、その泣き顔さえ、俺の中から消えようとした瞬間だった。気付けば俺は岩のドームの様なものに覆われて、先程まで俺に群がっていただろう奴らの”手”から守られていた。


 思いも寄らない展開に、呆然としていると、例の俺を励ましてくれていた声の主が直ぐ近くに来ていた。


「ラスティン!」


「・・・」


「ラスティン! 自分の名前を覚えている?」


「???」


「やっぱり、間に合わなかったの?」


「テティス、なのか?」


「馬鹿、ちゃんと返事をしてよ!」


「すまない、ついさっきまで忘れていたんだ。だけど、何で大きくなったんだ、それに普通の人間みたいにちゃんと見える」


「忘れていたって! まだ油断は出来ないみたいね、逃げ出す準備をしておいて!」


「油断?」


 少し変わったが、見知った顔を見て安心した訳じゃないが、岩のドームの外では”奴ら”と”それ”が睨み合いを続けていたんだ。”奴ら”が俺にとって忌避すべき存在なら、”それ”というより”それら”は俺にとって”死”なのだが、何故その”死”が俺を守る様な事をするのだろうか?


『”土の”、何故邪魔をする?』


『”水の”、先に邪魔をしたのはそちらでしょう?』


『そうだったか? 同胞が滅ぼされようとするのを傍観する訳にも行くまい?』


『同胞? その同胞を無に帰そうとしている様に見えましたが?』


『・・・』


『・・・』


 何故か”奴ら”の会話が岩のドームを通して理解出来た。”それら”の方は、意趣返しに来たらしいが随分と人間っぽい行動(子供っぽいとも言えそうだ)だな?


『縁もゆかりもない、ちっぽけな存在の為に態々動いたのか?』


『縁なら有りました。それにちっぽけと言うならば、自由にさせたらどうですか?』


 殺されそうになったのを縁というか疑問だが、庇われている以上文句を言う筋合いでもないな。


『我々と戦うか?』


『くっ!』


 水の”奴ら”の言葉と共にその力が一気に高まり、あれ程強固に見えた岩のドームが軋みをあげた様に感じられる。同じ大精霊といっても同程度の力を持っている訳では無いのだろうか?


『どうした、”土の”? まだ力が戻っていないのではないか?』


『余計なお世話です!』


『あの大陸を浮かせたのは、力の無駄使いだった様だったな?あれから高々数千年だからな』


 水の大精霊の圧力がどんどん増して行くのが感じられるけど、俺には何も出来そうも無い。確かに逃げる準備が必要そうだけど、そもそもココがどういう空間かも分からない。テティスの精霊の道ならとも思えるけど、大精霊を出し抜けるかと問われると心許ない。


「テティス、逃げ出せるのか?」


「今は無理そうね、隙が出来ればと思っていたんだけど・・・」


「当てが外れたか・・・」


 元々、大地の大精霊に助けられる義理は無い、駄目元で精霊の道に飛び込んでみようか?(何だか進歩が無い気がする)


 俺が自棄に近い提案を口にしようと思った瞬間に、この場にまた闖入者がやって来た。水は元々ここにあったし、土は足元にあるから不思議じゃないけど、今度はやって来る(密度が上がっていく)のがはっきりと感じ取れる。


 見たままを言えば、水中に無数の泡が生まれて行くのだけど、熱で水が気化しているのではなく水中に空気が割り込んで来ていると表現するのが正しいかも知れない。そうだな、風の大精霊がこんな場所に現れようといているんだ。


『おやおや、こんな所で水と土が睨み合いとはね。ここに大陸でも作り出す積りかな?』


『何をしに来たのですか、”風の”?』


 不思議な事に、旗色が悪かった土の大精霊の方が闖入者を歓迎していない様だ。土と風の相性が悪いと言うのは分かる話だけど、キュベレーとノトスは仲が悪かった訳ではないよな?


『相変わらずだね、”土の”? あれは、エルフが無茶をしたから起こった事故だって分かっているだろうに・・・』


『それで、何をしに来たのです?』


『これだから”土”は頑固だって言われるんだよ、僕達のやってしまった事の後始末をやろうとしてくれた人間の”片割れ”の危機なんだ。僕達の子供が世話になったのも事実だよね?』


 何故か俺は精霊達の中では有名人らしいね、浮遊大陸を着地させるという事業は、まだ始めたばかりで形にさえなっていないんだけどな。


 あの国の王女とこの国の王子の結婚を急いだのは、気の長い布石だったし、計算機を真っ先に実用化したのも、将来的には絶対に何らかのシミュレーションが必要になると感じたからだけど、何故筒抜けなんだろうか?


 不思議でも無いか、キュベレーに浮遊大陸の風石や地盤強度の調査を依頼した事があるし、IS式計算機の生みの親は風精霊のマスターだったからね。


『軽薄な”風”の考えそうな事ね?』


『まあ、それはお互い様だろうね。さて、水の、どうする? 僕達も弱っているけど、やってみるかい?』


『・・・』


『そうだ、こんな所に四大の三つが集まっているんだ。君達と相性の悪いアレが来てもおかしくないかもね?』


『冗談は止して下さい。新しい世界でも作る積りですか!』


『あのね、言いたくは無いけど、今僕達は君達の味方をしているんだよ、”土の”? お互い不本意でもね』


 何故か凄く話が膨らんでいる気がするけど、結局は仲間内の諍いという気もしないでもないな。


『良いだろう、今回は手を引く事にしよう』


 そんな水の大精霊の言葉と共に、岩のドームを囲む圧力が元に戻ったのを感じた。俺1人の為に何か凄い事が起こりそうだったけど、何とか事無きを得たらしい。俺にとっては、妙に納得行く出来事だったけど、納得行かない気もするな。


『だが、これも私の一部だ。やがて私に還るだろう、その時は手出し無用!』


『別に構わないけどね、偶には外の世界にも目を向けるんだね、人間の世界も捨てた物では無いよ、”水の”』


『そうね、こんな所で人間の記憶を眺めて悦に入っているよりは面白いでしょうね』


『・・・』


 そんな会話を最後に、3人というか、三大というか、三つの集合体なのだろうか分からない存在が拡散して行くのが感じ取れた。最後の水の大精霊の沈黙には否定的な意味が読み取れなかったのは気のせいだろうか?


===


「ふぅ、何とかなったみたいね?」


「ああ、死ぬかと思ったよ」


「? ラスティン、もしかして気付いていないの?」


「何をだい?」


「貴方、立派に死んだわよ?」


「はぁ、だって俺はちゃんとここに居るじゃないか・・・?」


「現実を見なさい!」


「・・・」


 存在しない姉に叱られた気分になったが、言われて見ればここは何の変哲も無い湖の底らしいし、俺自身何の魔法も使っていないのに水中で息をしていないな? テティスが変わったのでは無く、俺の方が変わったからテティスの見え方が変わって、大精霊の会話も普通に聞こえたのだろうか?


「大体ね、死ぬなら死ぬと教えてくれないから、大変だったのよ!」


「いや、自殺した訳でも無いのに、自分が死ぬこと・・・」


 自分が死んだ瞬間の事を思い出すと、自分の死期に気付いていて、死ぬこと自体を受け入れていた気もする。死に方は俺らしく些か間抜けだったが、彼女を守れたなら上出来だ。


「そうだ、ノーラは!」


「落ち着いて、無事よ?」


「そうか、良かった・・・。今の俺は、もしかして精霊なのか?」


「ええ、私が貴方と最初に会った時に何と言ったか覚えている?」


 いきなり随分昔の話を振られたね、あの時は・・・。


「確かに同胞だな、やっぱり、子供の頃両親が飲ませてくれた、秘薬の影響なんだろうね?」


「秘薬とは人間が勝手に呼んでるだけでね、無垢な水の精霊なの。性質的に宿主の体を正常に保とうとするだけのね」


「精霊と同化していたと言うことか?」


「ええ、今の貴方はちょっと特殊な水の精霊なの・・・」


「いや、大丈夫だ。自分が人間じゃない事は分かっている」


 分かっては居るけど、実感は無い。精霊と同化していたからこそ、精霊と相性が良かったりしたんだろうな。


「事情はさっきの一幕で大体分かっているわよね?」


「何となくね、水の大精霊の娯楽として生み出された訳だ。奴らにとっては最高の娯楽だっただろうな、俺の記憶は?」


「そうね、別の世界の人間の記憶を持った人間なんて、あまり見かけないものね」


 彼女のマスターの事を考えれば、彼女がこちらの事情を知っている事は自然とさえ感じるな。


「テティスには謝らないといけなかったね。俺は随分身勝手な人間だったし、色々迷惑をかけたみたいだ。すまなかった、そしてありがとう!」


「いいえ、大事な弟の為ですもの。でも貴方の記憶が無事で良かった」


「もしかして、君は? いや、なんでもない」


 成る程、それで”私”が死んだ後、”俺”がどうなるか分かっていて、大地の大精霊と交渉を進めていたのか? それこそ教えてくれていればもっと対策を取れたとは・・・、言えないな。人間が”アレ”に対抗するのは、無謀だと今回も思い知らされた。


「それにしても、良く持ちこたえる事が出来たわね? 私の時なんて、全部終わった後だったのに」


「そうだな、色々幸運が重なったんだろうね」


 こうして違和感無く話せるのは、”私”が精霊を使い魔としていた事が大きな要因だろう。普通とは言い難いけど、人間として生きていた精霊が、いきなり精霊になったとして、俺と同じ状況に置かれたら成す術も無いだろうな。(王城から抜け出せなくって、キュベレーと同調して王都を見て回ったとかは、単なる気晴らし意外にもこんな所で役に立ったんだ)


「俺だって、記憶を何度も奪われたよ?」


「何度も?」


「テティスなら分かるかな? 一度アレに奪われた記憶が戻って来たんだ」


「どう言う事?」


「君の救援が来た時には、もう限界だったと思う。ただ、アレから記憶が戻される流れがあったから、今こうして話していられるんじゃないかな?」


「あの引き篭もりが、そんな真似をすると・・・。そう、そうだったのね」


「分かるのかい?」


「ええ、あの引き篭もりの中にも”善意”が残っているという事よ」


 善意ね、ちょっと納得行かないが、現にきちんと記憶が戻っているのだから否定は出来ないな。しかし、今のテティスの表情は、単純な善意と評するには”深過ぎる”気がする。


「ところで、俺の死体は見付かったのかな? それにキュベレーは?」


「うーん、詳しくは調べている時間が無かったのよね。マスターの話だと、実行犯の死体は見付かったらしいけど、自分の死体が見たいの?」


「いや、自分の死を受け入れたいだけだ。キュベレーとは念話が繋がらないけど、当然か、彼女が契約したのは人間の方なんだから・・・」


「え、うん、そうかもね?」


 精霊を使い魔にした人間というのは例が少ないし、使い魔契約が切れた後の精霊側がどうなるかも分からないか? まあ、同じ精霊同士なんだ、何処かで会う事があるだろう。エルネストの奴は知っていたのだろうが、直接文句を言えないのが残念だ。


「そう言えば、俺が死んでからどれ位経ったのかな?」


「まだ3日よ、やっぱり行くの?」


 3日か、長かった様でそうでもない様で、微妙な時間経過だな。


「ああ、これからどうするかも、それから決めるよ」


「跳べる?」


「ああ、俺自身で”精霊の道”が開けるんだな?」


 とは言っても、キュベレーと同調していた時は、普通?に地中とか移動していたからな。そもそも水と土では勝手が違いそうだね。


「手を出して」


 少し呆れ気味にテティスが手を差し出してくれた。本当に不出来な弟だが、生まれたばかりなら仕方ないだろうさ。


 実際転生した経験を持つ俺としては、5歳の頃のラスティン・ド・レーネンベルクに戻った気分でその手をとるしかなかった。精霊のテティスと手が繋げる事自体は俺にとって嬉しい事ではないけど、後悔しても人間に戻れる訳じゃない。


 テティスに導かれて、入り込んだ妙な空間は俺の知っている”精霊の道”とは全く違って見えたんだ。水と土の違いなのか、俺の見る目が変わったのかのどちらかだろうね。


 陳腐な例えだけど、そこはまるで宇宙空間の様だった。重力を感じないというより浮力でふわふわと浮いている感じで、周りは暗いけど、所々に星が光っている様に見える。多分あれが出口なのだろうけど、無数にある出口のどれが目的地かも分からない?


「誰かに呼ばれている気がする」


「そう、行きなさい、多分そこが目的地よ」


 俺は、テティスの手を離し、呼び声に導かれるままに出口を目指した。あっという間に出口を見つけ躊躇無く飛び込んだのだけど、その先で待っていたのは、”その人”じゃなかったんだ。


===


「あら? 何故精霊が? って、ホント? ホントに貴方なのラスティン?」


「やあ、クリシャルナ」


 当然の展開なんだろうけど、ちょっと違う気がしないか? ノーラが呼んでいるとしたら、”私”の方だし、ノーラには俺の声が聞こえないだろう事に始めて思い至った。


「何で、何で精霊になってるの? 死んだと思ったのに!」


「いや、間違いなく死んだらしいよ。死体はまだ見付からないのかい?」


 クリシャルナはもしかすると、”私”の中の”俺”の存在を感じていたのかも知れない。だからこそ、このエルフの少女に気に入られて、妻に迎える事が出来たのかもな。そんなクリシャルナだから、俺に呼び声が届いたのだろう、ちょっと情けないけどな。


 自分で自分の顔は見えないけど、クリシャルナには一目で俺が分かったらしい。これは少しだけ嬉しい事だけが、ノーラに俺が見えないのでは意味が無い。


「全く、貴方って勝手よね!」


「勝手って?」


「少しだけ、”愛”と言うものが分かった気がするのに勝手に歳をとって、その上勝手に死んじゃう上に、精霊になるんだもの!」


 いや、その3つの何処が勝手なのか分からないよな? でも、その不条理さが本当にこの”恋愛が分からない”エルフの少女が本当に恋愛を知った証拠になるかも知れないね。この点でも”私”はこの世を去るべきだったと思い込むことが出来そうだ。


 事情を説明するのは難しかったけど、何とか納得してもらう事が出来た。精霊という存在を感じる事が出来るエルフのクリシャルナだからこそなんだろうな・・・。


「ねえ、ラスティン、私と一緒にミデルブルグで暮らさない?」


「クリシャルナ・・・」


 ”私の妻の1人”の言葉は、口調だけは軽かったけど、その表情がまるで告白か、プロポーズをする女性に見えた。何だか矛盾を多く含んでいるが、気にしないでおこう。


「ありがとう、クリシャルナ。だけどね、君には君に相応しい男性が現れると思うよ」


「私は振られたのかな?」


「ああ、俺は君を振った。俺では君の相手は無理だよ」


 触れ合う事さえできない存在と、恋愛は成り立たないと思う。プラトニックな恋愛? 少なくとも触れ合う事の大切さを知ってしまった人間には寝言だと思うね。(俺はもう人間じゃないんだけど・・・)


「そうよね、やっぱり彼女の所に行くんでしょう?」


「ああ、その前にキアラはどうしている?」


 さすがに偉そうな事を言った後に、ノーラに会うのが怖いとは言えない。少しだけ時間が欲しかった、俺がノーラに何をしてあげられるかを考える時間が・・・。


「分かっていて聞いているよね?」


「まあ、想像はつくけどね?」


「目下、不眠不休で、貴方の事を探しているわ」


「その上、ゴトーの亡霊の関係者を全力で捜索だろ?」


 ゴトーの亡霊自身が”私”を道連れにしたのだから、今後王家に仇なすことは無いだろうが、あれは誰だったのだろうか?


「聞くまでも無いじゃない!」


 まだまだ甘いな、キアラがその程度の女性の筈が無い。もう”私が居ない”この国をどう動かすか考えて行動しているだろう。私が不用意に言ってしまった”あの言葉”で、キアラはもう動き出していたかもしれないが、それでこそキアラだろうな。


「で? 彼女に会いに行くんでしょう?」


「ああ、だけど、”会う”と表現出来るのかな?」


「通訳はするわよ?」


「ノーラは今どうしているかな?」


「さあ、部屋に篭ったままだから、分からないわね」


 やっぱり泣いているんだろうな? 彼女の立場で見れば、自分を庇って”私”という人間が死んでしまったのだからね。もしかすれば死体は見つからない方が良いかも知れないな。ノーラは絶対に立ち直ってくれる筈だが、今は良くない気がする。


「食事もあんまり摂っていないそうよ」


「そうか・・・」


 元々、あまり食べない方だが、あの時とか妊娠中とかは露骨に食べる量が減るから心配だな。出された物は”勿体無い”から残さず食べる、そもそも食べられる量以上の食事を作らせないというのが、現在の王城のルールだから、きっと用意されている食事自体が少ないんだろうな。(一応時々は豪華の食事もあるぞ、来客時とかだ、何事もメリハリが必要だろ?)


「決心は付いた?」


「・・・」


 勿論、ノーラには会いたい、だけど、”私”という存在がこの世界に必要とされなくなったと思ってしまった以上、俺が”私”としてノコノコ出て行って良い物だろうか?(感覚的に言えば、自分で自分を邪魔者と認識して、自分自身を排除したというかなり間抜けな状況なんだがな・・・)


「決めたよ、とりあえず、ノーラの様子を見てからにする」


「それって、問題を先送りにしただけじゃない?」


「・・・、違うさ。ノーラに俺が必要か必要じゃないかを見極めたいんだ」


 ノーラに俺が必要じゃなかったらか・・・? ノーラに責任を押し付けている様なものだな。


===


 勝手に1人で行って来ればとか言い出したクリシャルナを宥めすかして、何とかノーラの寝室(私達の寝室だがな)に向かった。通い慣れた城内の道も見る目が変れば新鮮に見える。やはりクリシャルナの隣を漂う俺の姿を認識できる人間には出会えなかった。


『入るわよ?』


 クリシャルナは、ここにもう何度か来ているのか、ノックをして返事を待たずにそのまま部屋に入って行った。カーテンが閉じられたままで、少し暗い部屋のベッドに軽く腰掛けて、俯いたままのノーラが見えた。ただ、泣き声は聞こえなかったのが、少し予想外だったな。(もう3日なのだ、涙も涸れるか?)


『調子はどう?』


『クリシャルナ・・・、ごめんなさい、気を遣わせて』


『遠慮は無しって言ったでしょう?』


『そうだったわね』


『・・・』


『・・・』


 毎回なのか、2人とも直ぐに黙り込んでしまったが、沈黙自体はそれ程苦痛に感じない。静謐ともいえる状況だが、決定的に明るさが足りない。


 どうも時間感覚が妙だ、これはキュベレーと同調した時もそうだったな。別にカーテンを閉じているから暗いのではなく、夜だから暗いのかもしれない。


『ねえ、クリシャルナ、あの人は本当に逝ってしまったのかしら?』


『それは貴女自身が判断する物でしょう、だって、貴女の目の前で起こった事なんだもの』


 俺という存在が存在している以上、人間”ラスティン”は亡くなっているだろう。まだ生きているなら、アレが俺から記憶を奪おうとせずに、もっと”面白い”人生を歩ませる方向で動いただろうな。


『・・・、そうね、何故あの時、あの人はあんなに満足そうだったのかしら?』


『そりゃあ、愛する妻を守りきったんだからでしょう?』


『そうよね、私の意見なんて聞かずに勝手に死ぬなんて酷いわよね?』


『ええ、そうね! あ、でも、一緒に死にたかったとか言っちゃ駄目よ?』


『そうね、今はまだ、私達の助けが必要でしょうね』


 だろうな、ラファエルは若過ぎる、才能の面では立派に私以上の国王を演じるだろうが国外に関しての押しが弱いのは気になる所だ。そう言う意味は、あの国の王女を妻に選んだのは良い選択だったかも知れない。後ろ盾としては多少頼り無いが、それだけに関係強化は容易だろう。


『私も、もう暫く、この国に留まる事にするわ』


『ありがとう、クリシャルナ』


『これでも、自治領の代表なんだから当然でしょう?』


『ねえ?』


『ん?』


『あの人の遺体はまだ見付かっていないのよね?』


『ええ』


『私、こう思う事にしたの。あの人は、またきっと別の世界に生まれ変わったんだって』


『貴女って』


『大丈夫よ、やるべき事がある限り、私はこの国の大后をやるわ』


『・・・』


『そして、全ての役目が終わった時、私もあの人と同じ所に旅立つの』


『そう・・・』


 クリシャルナの表情は少し羨ましそうだったけど、その口調は俺に向かっての哀れみに満ちていたかもしれない。成る程、俺がノーラに呼ばれない筈だ。


『本当に、人間って時々強いわよね?』


『強い? 本当に、あっ』


 クリシャルナの言葉に反論しようとしたノーラの目から一粒の涙が流れ落ちた、いや、落ちようとする前に、音も無く蒸発して行った。何の事はない、俺が涙を見たくないと思っただけなんだがね。精霊としては本当に生まれたばかりで、勝手に力が働いてしまうらしい。


『今のは、貴女なの、クリシャルナ?』


『いいえ』


『精霊のいたずらよ、貴女の事が心配なんだって』


『そう、ありがとう精霊さん』


『この水の精霊がこれから貴女を守ってくれるって』


「おい、勝手に話を進めないでくれ!!」


『本当に? 名前を教えてくれるかしら?』


 そういえば、精霊契約と使い魔契約を同時にすれば普通の人間でも精霊を話が出来たんだったな。すっかり忘れてたが、いいや、今更だな。俺が、ノーラの求める人と違う存在なのは確かなはっきりしたばかりじゃないか。それに、使い魔として召喚されるとも思えない。


「”マリス”だ、クリシャルナ!」


「何よその名前?」


「知らん、何となくだ。勝手に話を進めて、文句を言わないでくれ」


 それは本気でふと思い付いた名前だった。”タバサ”もこんな風に思いついたんだろうか?


「全く、もう!」


『マリスだって』


『マリス? エルネストさんの精霊が”テティス”で、ベッケル子爵の精霊が”ノトス”だったわよね?』


『えっ?』


「テティスの弟分と言う事にして置いてくれ」


 テティスは兎も角、ノトスもキュベレーも召喚した側が付けた名前なんだけどな。


『良く気付いたわね、テティスの弟なんだって、精霊には多いのよ?』


『そう、マリス、私の事はノーラと呼んで、あの人はずっとそう呼んでくれていたから』


「そうだったね、ノーラ、俺と君とはもう2度と言葉を交わす事は無いだろうけど、陰ながら君を見守って行くよ」


「ラ、いえ、マリス、人生の先輩が愛する者を先に失う事をどうやって乗り越えるか、私に見せてちょうだいね?」


「そんな事を考えていたのか、まあいいさ」


 幾分生気を取り戻したノーラの顔を見詰めながら、クリシャルナの無茶な、そして有り難い提案に乗る事にしたよ。精霊にも寿命?があるらしいが、俺がどうするかはもう決まっていた。



===



 水の精霊に守護された国の”かの王”を評する言葉は星の数ほどある。


”救国の英雄”

”伝統の破壊者”


”革命の旗印”

”再興の祖”


”異端者”

”王道を歩んだ人物”


”天才”

”凡才”


”賢者”

”愚者”


”傲慢”

”無頓着”


”大義に生きた王”

”私事で国を歪めた王”


 有名な評価だけでも、これだけの物が集められる。無論、評価する人物や、その時代によって過去の人物の評価など幾らでも変わる物だが、私は彼を”矛盾”と評したい。


 かの”矛盾を孕んだ王”が、その”生”によって、この国に蔓延っていた様々な矛盾を吹き払い。そしてその”死”と共に、新たな数々の矛盾を生み出された。正に”生きた矛盾”と称するに足る実績ではないか!


聖暦2012年


アンドレア・ギャレー著


王家の系譜 3巻 後書きより

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

革命@Side-A @Maris

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る