リアルタイム・ノンストップ・ライティング
虎昇鷹舞
第1話「どうしてこうなった」
目を覚ますと頭に違和感を覚えた。
二日酔いとは違い、頭の内面からくる痛みでは無く外側からの違和感だ。
何かを頬に押し付けられた感覚がある。
手を頬の近くに伸ばしてみる。ひんやりとした無機質で角ばったものが付けられている。
更に手を伸ばして掴んでみる。それは耳に掛けられて固定され、口元の方に細長いものが伸びている。だいたい何が付いているか分かった時、声が聞こえてきた。
「お目覚めですか、先生」
女性にしては低く冷たさしか伝わらない声に聞き覚えがある。私の担当編集者の佐々原女史である。
紺のスーツに身を固め、髪をアップにまとめ、黒の特徴あるアンダーフレームの眼鏡がトレードマークになっている私の担当編集者である。
そういえば原稿の締切は昨日だったか。全く書く気力が湧かず、こうして一日寝そべっていたのを思い出した。
「エッセイの原稿の催促ならもう少し待っていてく…」
「いえ、待てません。すぐに貰えるようにこちらが準備いたしました」
言葉を遮られた。確かに否はこちらにある。佐々原女史が怒るのも当然だ。
「準備とは?」
私は布団から上体を起こした。だらしない着こなしの寝間着姿が佐々原女史に映る。佐々原女史は既に見慣れたせいか何も言わずにため息一つ入れてから話始めた。
「既にお気づきかとは思いますが先生が眠っている間にインカムを付けさせていただきました。そのインカムのマイクから発せられた先生の言葉は自動的に先生のエッセイのサイトにアップされていきます」
佐々原女史は鞄の中からノートパソコンを取り出すと画面を私に見せた。
サイトのトップには『時々更新! 九十九湾小木のエッセイ!』とあった。
なお、九十九湾小木(つくもわん・こすぎ)は私の名前である。名乗り遅れてしまい失礼した。
「文章欄の左右にバッチリ宣伝広告を入れて…相変わらずやることが分かりやすいな…」
自分の書いたエッセイの広告だけでなく、全く縁もゆかりも無い健康食品とか中古車の鑑定広告とか左右にひしめきあっている。
そう呟くとサイトがリロードをし、今、呟いた言葉がサイトにアップされた。
「おい! こんな簡単に更新されるのかよ!」
思わず声を挙げてしまった。その直後、ふたたびリロードされてこの言葉がサイトにアップされる。
「ですので、こうして随時更新されていくのです。先生の読者の方は既にこの通りどんどんアクセスをして次の文章=言葉を待っているのですよ」
サイトの隅にはアクセスしているユーザー数が表示されており、既に1万人を越えていた。
「はぁ? 1万人? よっぽどの暇人だらけだなぁ・・・」
思わず溢した言葉も即時リロードされてサイトにアップされていく。
「あぁ、軽はずみなこと言わないほうがいいですよ。すぐに炎上騒ぎになりますよ」
これじゃ監視されているようなものじゃないか。日々思うことやイラついたりした時の暴言までもが世間に流れてしまうというのか!
「なぁ? 俺の人権やプライバシーはどうなるんだ?」
「そんなものは原稿の締め切りをキッチリ守る人の言う権利です。原稿を落として競馬場に行ったり風俗遊びをするような人には適用されません」
ピシャリと俺の正論を佐々原女史が暴論で一蹴した。
「それじゃ出版禁止用語を連呼してやろうか?」
「大丈夫です。危険なワードは自動的にフィルターがかかる仕様になっております。ご安心下さい。どうせ危険ワードを連呼して事故を起こさせる腹つもりだったのでしょう?」
まさに至れり尽くせりじゃないか。
「さぁ、静かにしていると読者の反響がどんどん増えていきますよ」
佐々原女史が別のウィンドウを開いてサイトに併設されている掲示板を指差す。凄い勢いで掲示板の書き込みが増えていく。まさに秒単位だ。
「あーわかった、わかった。この道化、やってやろうじゃないか!」
俺も覚悟を決めた。と、一つ気になることが。
「これの期限っていつまでだ?」
「さぁ? 私も編集部より聞いておりません・・・」
俺の無期限の監視生活が始まったのだった。
リアルタイム・ノンストップ・ライティング 虎昇鷹舞 @takamai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。リアルタイム・ノンストップ・ライティングの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます