第105話

「んあ?」


 光そのもののような、活力に満ちた眼。

 ポニーテールにした髪型に、動きやすいようにだろう、紫色のジャージ。

 百目鬼 灯が、そこには立っていた。


「なんじゃ貴様……? どこの馬の骨じゃ」

「悪いけど、ちょっとした血統……っていうか曰く付きの血統さ。もっとも、その中じゃ落ちこぼれだけど」

「ふん、神器持ちか? どこから入ったのかは知らんが、何かの神器で……」

「いいや。神器なんか持っちゃいないよ」

「んあ?」


 百目鬼の目が、きらりと光った。


「僕はただの人間さ。ただの人間――百目鬼 灯という」

「人間……その人間風情が、ワシに何の用じゃ?」


 ピスパーは心底迷惑そうに頬を掻き始める。


「用も何もない。ただ単に、見てほしいものがあるってだけさ」

「見るじゃと? フン! 一体何をする気じゃ!? 人間如きが!? ――まあ、神器など持っていようとそのザマじゃがの!」


 百目鬼はピスパーが指さす土塊を一瞥するが、ふんと蔑む様に鼻息を立てる、。


「ああ、なるほど。君はさっきので勝ったつもりになってるんだね。リッチーを相手にして」

「ヒャヒャヒャヒャヒャ! あのような未熟も未熟な小娘など、何を恐れることがある!?」

「あのリッチーを相手にして、本当にそう思っているのか」


 百目鬼の口調に、ピスパーは笑いを止めた。

 目の前の土塊に押し潰される瞬間を、確かに見届けた。あの小娘の最大出力も、この壁は受け切った。負ける要素など何一つ存在しない。

 だと言うのに、何だ、この女の自信――否、他信は。


「おじいちゃん。貴方の古い情報だとそう思うんだろうけど、もう情報は入れ替えな。もう陸前 春冬は、貴方の知るようなそれじゃない」

「……?」


 もこ。

 微かに、土塊の表面が蠢いた。

 ピスパーは目を見開く。


「僕が思う限り、最強の人間というものは三種類がいる。子を守る母親。家族を守る父親。そしてもう一種類は」


 爆発音を立て、青い閃光が土塊の中から噴出した。

 捲り上げられる土砂や木片が光の壁に張り付いてはずり落ちるその向こうで、ピスパーは叫ぶ。「ありえん!」と。

 百目鬼はそれを見て、満足げに言葉を結ぶ。


「――恋する若者だよ。おじいちゃん」


 上部がへし折れたコキュウトス。

 ぜえぜえと荒い息。乱れた服に、泥まみれの体。


「兼代君と選んだ服なんですが、傷だらけの泥だらけになっちゃいましたね……。どうしてくれるんですか、ピスパー」


 陸前 春冬・17歳の初夏。

 人生で最も汚らしい服装で、最も美しい姿で、地下に立つ。


「おかげでまた兼代君にデートしてもらわなきゃいけなくなりました」


 いつもの猛毒の舌は健在し、くるくると回り続けていた。






「貴様……一体どうやって!?」


 ピスパーの叫びに対し、陸前は這い出た土砂を指さした。


「貴方が切り取ったのが天井もろともだったのがいけませんでしたね。直前に地面に大穴を開けて、そこに入らせてもらいました」

「何!? しかし、貴様、さっきの一撃でエネルギーは使い果たしたはずじゃ! どこにそんなエネルギーがその神器に……!」


 ピスパーは言ってから、折れたコキュウトスに目を引き付けられた。

 折れた中身は空洞――その中に、コーヒーにミルクを溶かしたような渦巻きが満ちた空間が見える。


「コキュウトスがエネルギーを溜める穴って凄く小さいんです。だから、へし折りました。そこから瞬間チャージです」

「……!」


 陸前はコキュウトスの上部に手を当てた。そこから、陸前の生命力が吸い込まれ、矢となるべき力が中に満ち満ちていく。

 しかし、その代償として――陸前の目がかすんだ。

 脚はふらつき、握力が弱り、コキュウトスの握り手が緩む。

 地下で放ったのは「ジュデッカ」。全エネルギーの放出を日に二回も行うには、相応の対価が必要となる。

 しかし陸前は歯を食いしばり、


「もっと。もっとですよ。コキュウトス……私をもっと喰らって下さい。遠慮せず、全てを喰うんです。コキュウトス。……いえ……」

「そんなことをしても無駄じゃぞ、陸前 春冬! いずれにしてもこの壁を破ることは出来ん! さっき証明したばかりじゃろう、この壁は決して砕け得ぬと! 更に、ワシは主霊を絶対に露わにすることはせんと言ったはずじゃ!」

「あっそう。じゃあ、その一方の問題は解決してあげようか、ピスパー」


 百目鬼の声。

 自信満々の口調に、ピスパーの注意が逸れた。

 そこにいたのは、さっきからいる少女「だけではない」。

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