第102話

「何で……何でアンタが!?」


 あり得ない。

 そんな気持ちで、俺は思わず叫んでしまった。

 だって、この人は――初代封者と言えば!


「トイレに行きたい人を守るために……それがアンタの願いだって聞いてたぞ!? それなのに何でアンタが敵なんだよ! 何で魔念人なんかになって!?」

「その通りだ。確かに我は人の幸せを願い。剣を振るい続けた」


 レオス――陸前 縁京は、神器を構えた。


「だが……ある日のことだ。我は怨霊との戦いの中で……致した」

「致した……のか」


 痛ましい。心から痛ましいことだ。


「しかしそれは、かつての世の者達には滑稽でしかない。元々我の戦いとは、周りからの理解を得られぬまま行っていたものだった。今のように囲われた場所での戦いではなかった。それ故に、その滑稽な笑い話は、世間に広まった。人から人へと、町から町へとな」

「……!」

「我が守っていたはずの人々に笑われても、構わないと考えてはいた。しかし、実際に直面するのとはまた話が異なる。宿には泊まれず。道行く者に石を投げられ。時には関門を通れぬこともあった。不浄なる者と戦う不浄者として……忌避され続けた」

「守るはずの人に……!」


 クラス単位どころか町単位。しかも自分が守っていた人に……。

 握っていた力が緩んでいたのに気が付くのは少し後のことだった。


「分かるはずもなかろう、この屈辱。全ての人間を呪い続け、百年も千年もかけようとも時代を流れ続け、あの塚に留まり続けた……。世の流れとともに名前を変え、己が頂点として君臨するように仕組みを作ったのだ」

「何の為に、そんなことを!?」

「決まっている。救済と復讐のためだ」


 レオスの眼は揺るぎなかった。


「怨恨に身を任せる日々を送る中、気が付いたのだ。全てを穢しつくし、誰もかれもが同じ痛みを背負う世界。それこそが、人の救済の真の形であるとな。その世界の創造のために我は、死後も力を蓄えるために、現在の封印のやり方の下地を作った。より怨恨を取り込み、力をつけるためにな。……そしてそれは、我の復讐でもあることを認めよう。恩を知らず仇で返し続ける愚かな愚民どもへの報復だ。己も穢れ、絶望し、悔いるがいい」

「……」

「怒ったか、少年? 許せんか、この我が。間違っていると。心が弱いと思うか、この我を」

「ああ。間違っているに決まっているだろ」


 互いに神器を突きつけ合う。

 譲歩なんて全く考えはしない。


「そんなもんが理想の世界なはずねえだろ。自分だけが汚れているのがイヤだから周りも汚すって……お前は子供かよ」

「子供……なるほど。腹立たしくも、その物言いは適切ではあるかもしれん。だが、子供は無知故に如何な賢者よりも真実を見据えていることもある。それもまた真理。しかしだ、兼代。貴様はよくわかっているはずだ」

「何をだ」

「『実際に同じことにならねば』。我の心理を真に理解することなど到底出来ん。同じ痛苦を味わわねば、この世界に生きる愚者というものは決して気がつくことが出来んのだ」

「……議論は平行線ってやつだな」

「全くの同感だ」

「じゃあ――」


 不意打ちは、さっきコイツ自身が最初にやったことだ。

 俺は全力で、不意打ちに走った。

 天照之黒影を構えつつ、一気にダッシュをかける。心臓の鼓動が一回りするうちに、俺はレオスの目の前までたどり着いた。


「それなら! 遠慮なくやらせてもら……!」


 全体重を乗せて、斬りかかった。例えガードされても弾くことが出来るくらいの全力の一撃だ。


「……」


 直後――俺を寒気が襲う。

 何故ならレオスは、ガードすらしていない。

 レオスの体を斬り付ける、天照之黒影。確かに斬った。確かに抜けた。いつもなら、こいつの体の怨霊が封印される――はずなのに。


「……!?」


 何も封印されない。

 怨霊を斬った、という事実だけが、そこにあった。


「不思議と思う方が不思議だな。……この戦いはそもそも、戦いにすらならんのだよ。兼代 鉄矢。どうして、『その武器を作った者』が、自らを殺しうるものへの対策を取らないと思うことが出来る」

「……まさか!?」

「そうだ」


 ポン!

 こんなコミカルな音が、これほど絶望的に響くとは思ってもいなかった。天照之黒影が。こいつを倒せる唯一の神器が、

 ポケットに入れることの出来るアクセサリー程度の大きさに戻っていた。

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