第87話

「何ですかその返答。そこは今来たところだよって言うとこじゃないんですか。一時間待ってたとしてもコレを言うんですよボケナス」

「何を期待したんだ、建前が存在しないクセに!」


 そしてこの大マイナス要因・初手猛毒である。ほんっとこいつ、慣れた人には建前ってもんがねえよな。


「はあ、しかし、やっぱ女子グループで帰ると抜け時というものを見失ってしまいますよね。何かと集団行動ですし」

「ああ。まあ、そこは男子にゃ分かんねえけど……」


 その時、『ピローン』とオーソドックスなスマホの着信音が鳴った。

 陸前だ。もう、あのとんでもなくスゴイ着信音じゃないんだな。


「メールか? 百目鬼か?」

「いいえ。違いますよ。古畑ちゃんですね」

「古畑……」


 クラスの中心的なグループの一人だったな、確か。ギリギリでグループに食いついているような感じでいつも余裕が無い感じの女子、という印象だ。

 いや、そんなことより。陸前に、百目鬼以外の人からメールが入るということ自体が驚きだ。


「驚いたな。結構ちゃんと仲いいんだな、あいつらと」

「そうですね。話してみればいい人達でしたし、そこから色んな人と結構交流してますよ」


 うちのクラスは――というか高校は、精神年齢がアレなのか何なのか分からないが、この時期特有みたいな陰湿さが殆ど見られない。そういう校風なのかは分からないが、陸前のような特殊な子もちゃんと話せば受け入れてくれるような土壌がある。

 今まで陸前は、避けられていた、というよりは、話しても会話が続かないし、話しかけなんかしないし無表情と、どちらかと言えば「どう扱えばいいか分からない」子だった。それが行動すれば、こうして友達も出来る。


「……兼代君、何でじーんって涙目になってるんです」

「感慨深い。マジで感慨深い」

「とても侮辱されてる気分ですが悪い気はしませんね。じゃ、中に入りましょ」


 陸前はそう言って、せかせかとスターバックルに。まだ席に余裕はある時間帯で、席は問題なさそうだ。

 そして陸前は慣れた様子でカウンターに足を運ぶ。


「いらっしゃいませ。ご注文は?」


 またあの変なカスタムをするんだろうな。


「ショートチョコレートソースアイスライトアイスエクストラミルクラテで」


 !?


「り、陸前、何だ今のは!?」


 陸前は渾身のドヤ無表情をしていた。


「何って、呪文ですよ。ごくごく一般的な」

「以前のニンニクマシマシとかいうのは何だったんだ?」

「アレは乙女にはあんまし縁が無いとこですね」


 そう言って、スマートに支払いも決めると、即座に席の確保に移る。俺もすぐに注文を済ませて、陸前に続いた。


「驚いたな。ちゃんと正しいのも習得してたんだ」

「ええ。あの後、結構こちらの店舗に足を運んでましてね。しっかり正しい呪文も、大森さんとかに教えてもらいました」

「……」


 感慨深い。巣立つ小鳥を見守る親鳥の心境だ。


「兼代君、何でハンカチで目を拭ってるんですか」

「成長したなァ……成長してくれたなあ、ってさ……」

「アンタは私の親ですか。――まあ、変わったのは認めますよ。私も昔はリアジュスレイヤーと言われたものですが堕ちたものです。ショッギョムッジョ」

「何だその単語。どこの言語だ」

「サイタマですね。マッポーじみた言語です。イヤー」

「グワー!?」-


 陸前=サンのアンブッシュめいた攻撃! 俺はしなやかにのけぞり悲惨! オオ、ナムアミダブツ!


「ああ、兼代君も遂にこの文化を理解してくれたんですね。いいダメージボイスですよ」

「何が!? 何かしちゃったわけ!? 俺!」

「ええ。タツジンのワザマエでした」

「何言ってんだ! コワイ!」

「ムッフフフフフ。ムッフフフフフフフ」


 いつものキモイ笑い方もちょっと変わってる。何だったんだこのやり取り。

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