第86話

「…………」

「…………」


 そしてこの沈黙である。


「……よう、陸前 春冬ちゃん。いつから見てたんだい」

「Dカップの辺りから」


 うーわ。最悪だ。最悪のタイミングから見てるよこいつ。一番見ちゃ駄目なタイミングから見てるよ陸前の春冬ちゃん。


「何回か呼んでたんですがアンタラが恐ろしく下らなくセクハラめいた会話を止めてくれないのでなかなか強く言えなかったんですよね。挙句の果てにこの私の話にまでなりますしね。ええ、ええ、本人の前でセクハラトークはさぞかし楽しかったでしょーよ」

「いや、待て、陸前、落ち着け。俺はお前を褒めていたんだ。俺はお前を褒めていたんだぞ。決して悪口なんかじゃないんだぞ」

「それが何ですかただのセクハラですよね。私がひと昔前のツンデレヒロインならアンタ、猛烈な攻撃を喰らって「ドヒー」とか言って吹っ飛んでますよ」

「陰口で褒められてるっていうのは結構貴重だぞ」

「わりかしどうでもいいですねそれ。とりま士気が駄々下がりになったことはお伝えしておきます。後ろからジュデッカ撃つかもですよ」

「やめろ! 奥義を味方に使うな!」

「クッククククク。お二人とも仲がいいねえ」

「どこがですかド変態師匠」

「そ、それで! 陸前、何しに来たんだ!」


 そろそろ強引にいかないとマズそうなので軌道修正をはかると、意外に簡単に受けてくれた。


「それがですね。明後日が作戦決行だということは分かってますよね」

「ああ」


 何せ、「場所」が「場所」だ。その中を出来るだけ調べられるように、一日設けるらしい。

 まさか、あんなとこに本当にアジトがあるなんて……信じがたいけどな。


「だから明日はフリーってことですよ。まあ、学校を休めるのは明後日だけですけど」

「そうだな」


 何と俺達は学校に、決戦前日に休めないのである。まあそれはそれで授業に遅れが出ないからいいが……。なんともはや、というものだ。


「それでですけど。兼代君。明日、授業が終わったら」


 陸前は体を捻って、ドアの向こうに姿を消そうとしていた。

 それはまるで、次の言葉を言ってすぐに、逃げ出す所存である。そういう意思表示のようだった。


「スターバックルコーヒー前に来てください」

「え」


 陸前はするっとドアの向こうに抜けて、逃げてしまった。







 全国チェーンであるスターバックルコーヒーに来てくださいと言われても、ヒットするのは数店舗ある。その中で一軒を特定するとしたら、一つしかない。ミナタスと戦った駅前の、スターバックルコーヒーだ。

 陸前がいかにも陸前らしいとんちんかんな注文をし、赤間が絶対に許されない行動を取った、ある意味因縁の深い場所。それこそがここだ。

 陸前は今ではすっかり『普通の高校生女子』みたいになったものだから、学校の中ではあまり話さない。いや、話しかけられない、と言った方がいいような状態だから、正確な場所も訊きにいける空気ではなかった。帰りも今日は別の女子グループと帰ってしまったし、今日は陸前と接触らしい接触をしていない。

 しかしあいつも、ほんと、人気者とまではいかないけど、普通になっちまったもんだ。

 赤間プロデュースがあるとはいえ、どんどんと綺麗になるし、社交性も高まっている。根っこの毒舌ヘタレオタクな部分はあるとはいえ、それが一つのキャラクターになっているんだろう。

 謎の生き物だったのに、それが今じゃ。な。


「……なんか感慨深い」


 陸前の親父さんも同じ気分なんだろうか。


「兼代君。お待たせしました」

「ん」


 俺を呼ぶ平坦な声。見ると、ばっちりおめかしした陸前の姿があった。

 もう、あの色彩感覚を疑うような訳の分からないコーディネートじゃない。マネキン人形に着せるような見事な調和のとれたコーディネートだが、所々にある可愛い系のアクセサリーが人間らしい遊び心を演出している。

 本人の容姿がセンスを補っていた、あの時とは違う。

 本人の容姿をセンスが引き出している。プラスでマイナスを打ち消すんじゃない。プラスが乗算されて大きなプラスだ。

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