第85話

「あーー、肩が凝ったぜ。ったく、何で俺まで付き合わされなきゃいけねーんだかなァ」


 会議が終わって、俺達は客間に戻っていた。後は荷物を纏めて帰るだけ、というところで、赤間が肩を露骨にお疲れさんな感じで叩きながら言う。


「仕方ないんじゃねえの、その辺は。お前がやたら首突っ込んでくるせいだろ」

「っつっても俺、地形変わった時くらいじゃねーかよォ。関わったのは。それなのにこんなとこまで来させられて、マジでやってられねーぜ」

「ここで済むだけマシだろ、お前は。俺なんかこれから、あの政治家の人と陸前の親父さんと一緒に、俺の両親への挨拶に行くんだぞ? 一体どうしろって言うんだよ」

「前っから気になってたけどよォ。テメーの親御さんはテメーの行動どう思ってんだ? 殆どテメーの独断で戦ってたじゃねーか」

「ああ、その辺は大丈夫」

「何が」





 以下・俺が魔念人と戦うと言った時の、親の反応。


「えー、鉄矢、そのユーレーと戦うのーーー?」


 すっげえのんびりゆったりとした、俺の母の反応である。


「ああ、幽霊と戦うんだけど。だからちょっと家を空けることも多くなって――」

「うーん、そーなんだー。ま、よく分かんないけど、頑張ってねーーー」

「おいおい、母さん。鉄矢が幽霊と戦うって言ってるんだから。そんなに適当じゃダメだろー」


 父である。

 母と同じくすっげえゆったりのんびりした話し方の父だ。


「鉄矢―。まあ、うん。頑張ってなーーー。応援してるぞーーー。お茶飲みながらなーーー」


 とまあ。こんな感じだった。





「それ、いいのか? テメー、めっちゃ放任主義で育てられてねェ? お前軽くソレ、ネグレクト入ってね?」

「うーん、よく分かんねえけど。二人ともちょっとテンポがアレだからな。何でも、『その年頃は言っても聞かないし、やりたいようにやらせる』って感じらしいぞ」

「おっそろしい親だなマジでそれ」


 赤間から恐ろしい判定を喰らうとは。何だか少しショックである。


「でも、俺んとこにゃ挨拶来ねえっていうのもなんだかねえ。確かに面倒っちゃ面倒だけど、その辺の筋はちと通して欲しかったもんだけどな。言わゆる被害者だぜ、俺ァよ」

「よく言うな、虎居 藍ちゃんよ。ん?」

「えー!? もう、そんな風に引っ張り出してきちゃってー! 兼代君、いじわるなんだあ!」

「ふざけんじゃねえサイコパス!」

「クックック、テメーが望むならいつでも虎居 藍モードになってやるぜ? その他、お前のご希望に合わせて色んなキャラになれっけど?」

「お前はニャルラトホテプか!」

「ちなみに胸のサイズはどんくらいがいい?」

「D」

「巨乳好きか?」

「悪いか」

「んなはずねーだろ。ま、もっとも、強いて言えばだけどな」


 赤間は極々真面目な顔で俺を睨む。


「女。胸部。それだけで既に究極の価値だ。それに比べりゃサイズなんか、些細な問題だ」

「分かる。超分かるわそれ」

「おっぱいはそこにあるだけで尊い。陸前チャンの美乳もあの優等生の巨乳もな」

「……赤間。この際だ。この際、はっきりお前と話をしておこう」

「何だ」


 ギラリと赤間の目が光る。応接室のソファの向こう側に俺は座り、赤間と真正面から向き合った。

 テーブルの座り方において、真正面の位置関係は『対決』を意味するとのことだ。

 それならばこの位置関係。まさに適格だ。


「すげえぶっちゃけた話だけどよ」

「ああ」

「陸前って。すっげえいい尻してると思うんだけど」


 赤間の指先が、机の上に置かれた。

 その様は歴戦のチェスプレイヤーのように精緻かつ知的な冷たさを持っていて、指先はまるで刃物のようだ。

 ひりつく空気を示すように、机に置かれたキャンドルに埃が燃え、チリ、と乾いた燃焼音を立てる。


「……友よ。お前も遂にその境地に達したか。俺ァ嬉しいぜ。そうだ。陸前チャンは、確かにセックスアピールに乏しい体格をしてる。肉もあんましついてねえ」

「だが」

「全てにおいて」

『形がいい』


 キャンドルの焔が揺らめいた。


「恐ろしく陸前チャンの体は目立たない。しかしだ。下品に無暗に肉をさらけ出すようなグラビアアイドルとは違う魅力がある」

「そう。だがそれ故に、新鮮な魅力がある」

「一朝一夕じゃあ見出せねえあの魅力。仮にも良家のお嬢様だからこその、あのロイヤルな肢体」

「小尻の部類なのに、極稀にラインが見えた時の曲線美」

「それを引き立てる脚の細さと絶妙な長さ」

「だが自覚が無いから意外にそのラインが見える機会は多い。ごくまれに食い込んでいる時もあるが、それはもうエッチとかそういう次元じゃねえ」

「それは見せつけるようにしてくる奴とは違う。天然ものの神からの贈り物」

「品がある」

「肌も綺麗」

「エッチであるが」

「高貴である」

「なんかとっても」

「ロイヤルだ」


 赤間から手が差し出された。

 俺は手を伸ばして、それを掴む。


「友よ」

「グッドフレンド」


 友情が、ここに成立した。

 その時だった。視界に、じっとりとした目で見ている陸前が入って来たのは。

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