第82話

「君は、いじめっこを殴れなんて出来ない。ずっとずっと仕返し出来ないよ」


 俺に出来なかったことが、出来るはずない。この子は俺なんだから。


「……何でそんなこと言うんだよ!」

「だって怖いだろ。あいつらのこと」

「怖くなんてあるもんか!」

「お兄ちゃんは怖かった」

「そ、それは、お兄ちゃんと僕は違うだろ!」

「それに――痛くも、したくないだろ」


 ぐっと、声が詰まった音がした。

 バッヂを静かに降ろした。


「兼代君。俺には出来なかったよ。そんなことさ。でも、そう考えずにはいられなかった。ギタギタにして仕返ししてやりたかったし、頭の中で何回も、考えるよね」

「……そうだよ。分かってるじゃん」

「でも、出来ないままだった」

「……」

「出来はしないし。しもしない。ずっとそのまんま、ウンコマンのまま、俺はこうなったんだよ」


 また、兼代君は顔を赤くし始めて。目に涙を溜め始めた。かつての俺の行動、性格、余りにそのまんま過ぎて、見るのが厳しいほどだ。


「……僕も、そうなるの?」

「うん」


 そりゃそうだ。


「あいつらに何も出来ないの?」

「うん」


 もうあいつらの連絡先も知らない。


「僕はやっぱり、ずっと、このままなの?」

「うん」


 未だにトイレ駆け込んでる。


「ぼ」


 口が震えて。


「ぼぼ、」


 声が揺れて。


「ぼきゅ、は……!」


 遂に言葉が無くなった。

 お前の未来こそが、俺なんだ。

 だからこの先、お前も俺になれる。お前に未来はある。そんな風に言って、簡単にこの話を終わらせてしまうことは、簡単だ。

 でも、そうしない。そうするくらいなら、最初からこの残留思念を残留思念としてしか扱わず、封印をしていた。

 そうしたくなかったから、俺はこうしてこの子と話をしている。

 俺は。


「兼代君。約束するよ」


 肩に手を乗せて、目をしっかり見据えて。真正面から、昔の自分自身にして今の他人と。

 こうして話をしたかったから、ここにいるんだ。


「お前はこの先、ずっとずっと辛い目にも遭うし、嫌な奴にもいっぱい出会う。でも同じくらいに良い奴にも沢山出会えるし、良い目にだって嫌と言うほどに遭える。お前が食べた涙の味がする大好物よりも、ずっとずっと美味しいご飯も、いっぱいいっぱい食べられる。もう、お前が辛く過ごした二年間も、自分を嫌いになって過ごした二年間も、決して戻っては来ないけど。楽しいはずだった二年間は、もう取り戻すことは出来ないけど。それよりずっと楽しくて幸せな二十年二百年二千年が、お前には待ってるって、俺は知ってる」


 だから、どうか、何もかも投げ出したままでいないで。


 自分も他人も全部全部嫌いなんて、哀しいことを言わないで。


 『一緒に』行こう。楽しいはずの、これからの二万年も、その先も、ずっと、ずっと。


「う……!」

「……本当、泣き虫なんだな。お前」


 泣き虫だったんだな、俺。

 消える時――最後の時に見た顔まで、泣いたままだなんて。

 でも、足元に一粒だけ、本物の水滴が落ちていたから。

 そこは、お互い様だ。

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