第57話
「ま、まあ、それよりもさ、陸前。最近魔念人って動きはあるのか?」
話しづらくなってきて強引に話を捻じ曲げると、陸前は露骨につまらなそうにため息交じりで、
「ぶっちゃけよく知りません。何せ最近は赤間君の鬼教育のせいでとても忙しいので」
「ぶっちゃけすぎだろ。いいのかそれで?」
「だって魔念人にはこっちからは手出し出来ないも同然じゃないですか。向こうから来るまでは何も出来ないんですよ。アジトは手がかりすら掴めていませんし、そもそも相手も動きがありません。まあ二人もこの短期間で倒されれば当然の反応ではあると思いますが」
「まあそうだが……」
こっちからは手出しできない。何とももどかしい話だ。
元々寡兵で残りは三人、慎重になるのはよく分かる。だが俺からすれば、お腹が戦慄のデスボイスを上げるたびにハラハラもので大変に心臓に悪いのだ。
やがて来るものならば、早めに来て欲しいのだが。アジトの場所さえわかれば、攻め込みたいのだが――
「おやおや、これはこれは。二人並んでくれているとは、ボクはとてもラッキーだなあ。おかげで色々と手間が省けて助かるよ」
それは、唐突。
最初は百目鬼かと思った。中性的な口調と一人称、そして俺達二人を知っている。その条件を満たすのは、俺の知る限りだと百目鬼 灯しかありえない。
だが、決定的に「話し方」が違う。
気怠い、単調、無感動。白々しく台本でも読んでいるかのような淡白さ。
聞いただけで分かる、「この人は、違う」という感覚。
まさか、とは思う。ドクン、ドクン、と心臓が早鐘を打つ。
あの聖人・百目鬼 灯ですら忌避している存在は、たった一人だけ知っている。出来ることなら一生関わり合いにはなりたくなかった存在。
その人は今、俺達の後ろに居る。
「百目鬼の……お姉さんですか?」
「おや、ボクを知っていたのかい? それは話がほんの少し省けて助かったなあ」
振り向くと、そこに居たのはジャージ姿の女性だった。
年齢は、百目鬼とほぼ変わらなく見える程に若々しい。張りのある肌に、形を保ちながらもはち切れんばかりの大きな胸、長身に見合うだけの長い脚。だらしない恰好ながらも、その誰もが羨むスタイルは、些かも隠せてはいない。顔だちもそんじょそこらの女優が裸足で逃げ出しそうなほどに素晴らしく、妹よりも大人としての魅力にあふれている。
しかし、この人を一目で「魅力的」だと言うことは出来ない。
何故なら、眼が違う。
妹にしても、思えば普通の眼とは異なっている。あの全てを照らし出すようなキラキラ溌剌とした瞳は誰をも元気づけるような魅力がありながらも、それは特異なものだ。
そしてこの人が何を映しているかと強いて言えば、異次元空間。
どんよりと濁った下水道のようでもあり、大海の大渦のようでもあり、銀河の煌きのようでもある。ありとあらゆるものが映し出された映像がたった一か所に凝縮されているようなそれは複雑な輝きを持ち、ただただ圧倒されてしまう。
間違いない。この人は、百目鬼三姉妹の長女にして、謎の金属バットの開発者にして、聖人も恐れるほどの変人と噂の――百目鬼の姉。
「初めまして。ボクの名前は百目鬼 月日星(ひかり)。24歳独身の、えっちなお姉さんだよ」
気圧される俺に対し、この人は何も気にしていない様子で酷いジョークを飛ばしてきた。
「いやはや、やっと会えた会えた。妹から随分聞いているよ、二人とも。いつも灯ちゃんがお世話になっているみたいだねえ」
「い、いえいえ、こちらの方が助けられていますよ、いつも。この間だって……」
「あー、うん、それも聞いてるけど、実質あいつ何もしてないじゃない。直接倒せる君達をほんの少しサポートしただけだ。そんなんじゃ、ボクの考える役立ちの基準には引っかかんないよ」
話しながら、この人はぐにゃんぐにゃんと柔軟体操を始めた。まるでコマ送り映像にフルハイビジョン映像を流し込んだような不自然なヌルヌルさは正直気持ち悪く、見ていて気色悪くすら思えるほどだ。
会話開始一分でわかった、聖人・百目鬼が忌避するこの姉。
たわわな胸がセクシーに揺れていても心は微動だにしないのには、心から驚いた。
「あ、あの、ひかりさん」
「何?」
陸前が言うと、柔軟体操をぴたりとその場で固定した。正直キモイ。
「もうちょっと妹さんのことは……評価してもいいと、思いますよ。妹さんに、いつも私は助けられていて」
「君なかなか可愛いね。けど、もうちょっとお肉つけてほしいなあ。太ももとお尻を中心に」
「すいません、通報してもいいですか?」
「やめてよね、こないだも通報されたんだから。これ以上やられるといつブタバコ行きになるかわかったもんじゃない」
赤間といいこの人といい、この町の警察って凄く大変そうな気がする。俺も陸前と二対一だからいいものの、一対一だと逃げ出したくなる。
「ま、妹の話は、別にどーだっていいんだよ。でも、まあ。君は個人的に助けられてるみたいだから、それは個人的に評価すればいい。ボクの尺度と君の尺度は、違うんだからね」
「皮肉というものですか?」
噛みつくなあ、陸前。珍しく、怒っている気がする。無表情なのに。
しかし相手の無表情は、陸前の無表情をも遥かに上回っている。内面までがポーカーフェイスな月日星さんは、
「そんなに肩に力を入れない方がいいよ。大人になるとサボり方が上手くなる。大人のボクからの忠告だ」
「ダメ大人ですね」
「よく言われる。でも24ならまだセーフさ。そんなことより、本題に入っていいかな? ボクもあんまし暇じゃないんだよね」
自然に、面倒になりそうな話をスルーして、自分の話をねじ込んできた。やはりこの人、クセ者らしい。
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