第48話
「……百目鬼さん。実を言いますよ。百目鬼さんが知りたいであろうこと。その全てが、全部が全部、私でもよく分かってないんですよ」
口を突くように出た言葉は、その躰と同じくらいに弱弱しかった。
言葉を繋ぎながら、感情を繋ぎながら、その違和感を俯瞰する。分かったことは、混沌とした無知にして、漠然とした全知。
そしてはっきりとした、心の痛みだった。
「今の私、すごくしっちゃかめっちゃかなんですよ。何だか、初めてのことが多すぎて、もうよく分かんないんです。百目鬼さんにはあんまり説明なんか出来ないんですが……たった一つだけですけど、百目鬼さんにはっきりこうだと言えることはあります」
『何?』
「私、今日一日で、私のことがもっと嫌いになっちゃいました」
『……』
「百目鬼さんは見てるかも分からないんですが、虎居さんに酷いことしちゃったんです。兼代君にも、とっても酷いことしちゃったんです。恋人でも何でもないくせして、取られたくないなんて思っちゃって抜け駆けして。兼代君は虎居さんと一緒の方が絶対に幸せだって分かってるのに、それを素直に受け入れられなくて、往生際が悪くて。それに、魔念人のことは私の家の責任なのに、こんな浮かれちゃって……」
「私は、なんだか、最近、ダメな女になっちゃったんです」
何を言っているんだろう。そんなことないよ、なんて言って欲しかったんだろうか。こんなの、今この時にはどうでもいいこと極まりない情報じゃないか。
だからダメなんだ。こういう所も含めて、自分はよりダメになってしまった。今はその兼代君がピンチなのに、自分のことばっかりで。どうでもいいことばかり吐きつけて、電話の相手を困らせているだけだ。
気が、沈む。目元が、切ない熱を帯びてきた。
『リッチー。ぼくらの出会った頃を、覚えてるかな』
優しい友人の言葉は、よそよそしさも遠慮も無かった。
『確か、このクラスが始まってすぐだったかなあ。ぼくが速攻で全員分のアドレス集め始めてた時だよ。そこで出会ったんだよね』
「……? ええ、そうでしたね。確か」
『いやあ、懐かしいな。ぶっちゃけるとさー、君はマジで影薄くて、アドレス確保を忘れちゃいそうだったから、君に最初に向かったんだよね。最初、それくらい影薄かったよ、リッチー』
「すっげーぶっちゃけましたね。キレていいですか?」
『キャーやめて! こわーい!』
一気に下がったIQに、辟易したため息が漏れる。
『で、その後もさー。君は殆ど人と喋んなかったよね。話しかければ割と話すかと思えばそんなこともなくて、ぼくからしてみても珍しいタイプだったなあ』
「相手の反応が怖くておいそれと会話出来ないんですよ、私」
『ハハハ、でもぼくとはちゃんと話せるようになってくれて、嬉しいよ。毎日コンタクト取りに行ってたからね』
思えば、この友人には随分と苦労をかけさせているものだ。陸前は人知れず、自分のダメさ加減に冷や汗を流す。
『それでね。だからこそさ。最近のリッチーには驚かされているよ』
「? 何がです?」
『言葉通りの意味さ』
微かな衣擦れの音が、スマホ越しに聞こえてきた。
『やり方は変だったけど兼代君に自分から積極的に絡みに行ってたり、あの巨漢のジョグにも絶望的な状況で立ちふさがったりさ。そんなことする子だって認識は全然なかったけど、君はそういうことをした。これは大変に驚くべきことだよ』
「……まあ、その辺は、その。自分の使命ですから」
『そして何より驚いているのは、今だ』
「今?」
『うん』
雁字搦めにされて動けない今この状況、ということだろうか? そんな邪推を、この善き友人は軽々と包み込む。
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