第46話
「!? !!? お……おおおおおおお!? おおお!?」
「兼代君!?」
「一体何が?」
「な……何だあ!?」
そのダメージ自体は、そこまで大きなものではない。せいぜい女性に殴られた程度の威力、ユハフトゥ・リジェクトに比べれば安いと言える。
しかし問題は、言わずもがな俺のお腹。不意を突かれたせいで、幾重にも及ぶ防壁を二段は貫いた。膝から力が抜けて、片膝をついてしまう。
「クレシェンド・フステップ」
ミナタスの声が、空から聞こえた。
「普段ならば私から手を出すことは無いのですが、どういうわけか君達は異様に的確な道を進んでいますのでね。遊戯ならばそれも良しでしたが、そういうわけにもいきません。この防御不能の魔弾にて、仕留めさせていただきます」
「壁を貫通して来る衝撃の弾か……!」
魔念人は無生物の全てを超えてくる。だから、そこから生み出される攻撃もまた、何物にも阻まれることはないということか?
「つくづく卑怯でみみっちいことしやがって! ジョグとは比べ物にもならねえな!」
「そのみみっちさに貴方は敗北しかけているのですよ。もしくは、そのお二人の淑女を盾にするという手もありますよ。貴方にそれが出来るかは、私の知るところではありませんが」
「そんなことするはずねえだろ!」
「それこそ私の計算通り。術中、掌の中というものです。貴方がその矜持にて勝手に不利になることは私にとっては極めて望ましい」
ミナタスは淡々と言っているが、それがかえって俺を腹立たせる。全てが計算通りに運んでいるからこその余裕なのだから。
「兼代君、私がアイツ側に立つよ。そこで私が攻撃を受けるから!」
「な……そんなこと、しなくていいよ! 俺が耐えればいいだけだ!」
「でも!」
「いいから!」
こんな俺達の様子を、ミナタスは想像したのだろうか? だとしたらあいつの性格の陰湿さは最悪のものだ。
ズゴゴゴゴ、と轟音を立てて、地形が変化していく。
「!?」
虎居ちゃんは驚いて、俺の背中に隠れてくれた。そこでちょうど、轟音が止まる。
ミナタスは地形をどのように変化させたのか?
その結果は、俺達の真横に現れていた。
「! 段差!」
「深いよ!?」
今まで壁だった部分と床に間隔が開き、深い段差が形成された。その高さは40メートル程度で、まともに落ちてしまえばただでは済まないだろう。
そしてクレシェンド・フステップは衝撃を与える。その相性は、俺達にとっては最悪。ミナタスにとっては最高の相性だ。
「言っておきますが、次からのクレシェンド・フステップの威力は先ほどよりも上げておきます。尻の男ならば耐えられるかも知れませんが、淑女方はどうでしょう? あわや奈落へ真っ逆さま、も十分にありえます」
「……!」
「まあ、その答えを貴方が出す出さないに関係なく」
一瞬、ミナタス側の壁の一部が揺らいだ。
それの正体を察すると同時に、寒気が駆け上がって来る。
「既に攻撃は放っているのですがね」
どれほどの衝撃を持っているのか不明。防御すら不能な攻撃は、まさに魔弾。ゆらゆらと周りの空気が揺らめいているだけという見分けにくさと相まって、性質が悪すぎる。
加えて俺は、素早く動くことが出来ない。即座の回避など、不可能だ。
「……! 無窮……!」
コレしかない。大事な部分の時間停止・無窮天馬。
ジョグとの戦いの時に同時に分かったことだが、この技はクールタイムが長く、一日に一回しか使えない切り札だ。しかも効果時間はたったの一分のみ。
だが、やるしかない。これは最後の対峙にとっておきたかった術だったけど、もうこれしか――
「ダメです」
トン、と俺の横から軽い足音が聞こえた。
向かってくるクレシェンド・フステップの真正面に、陸前の細っこい体が踊り出る。
「え」
「いけません。それは切り札でしょう? 大富豪で3にジョーカー重ねるようなもんです」
だからここは、4なり5なり。
そういうものを捨てていきましょう。
陸前の体が、ドクン、と大きく痙攣した。
「り……陸前!」
陸前の体は、段差の上にあった。衝撃で跳ね飛ばされるが、その距離は足りず、段差への落下を開始する。
まだあいつの手には届く。
「間に合え!」
俺は手を差し伸べたが、
「ダメです」
他ならぬ陸前自身の手で、それを払いのけられた。
落ちていく陸前の顔は、やはりいつもの無表情で――何も読み取らせてはくれなかった。
「そんなことしたら力んじゃいますよ」
「何でだ!? 何でそんな!」
「私だからです」
陸前はぷいと下を向く。その頭は、拗ねた子供のそれによく似ていた。
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