第45話
「しかし結界は張ってないんだなあいつ。そこまで考えてなかったのか?」
「意外に抜けてるのかもですね。騒がないように、ひっそりと。尚且つ、素早く行きましょう。兼代君のお腹の具合は私には分からないので、そこは自己管理でお願いします」
「ああ。それは慣れてる。任せろ」
「何と言う信頼感でしょう」
誉め言葉と受け取ろう。くぐった修羅場の数が違うのだ。
「ね、ねえ、二人とも、どうしたの? あのミナタスって人は……? 私達、どうなっちゃうの?」
虎居ちゃんが、おずおずと声をかけてきた。全身を縮こませて、いかにも怯えているという風だ。
無理もないか。俺達とは違って、虎居ちゃんは完全に巻き込まれた身だ。パニックを起こして暴れ出さないだけ、ありがたいと言える。
こうなったのも、不用意に他人と行動してしまった俺の責任だ。何としても、守り抜かなくては。
「虎居ちゃんはここで待ってて。すぐに、何とかするから」
「え!? 一人で!? 怖い……」
「でも、一緒に居たら余計危ない!」
ミナタスの相手は俺達だ。いくら奴が紳士とは言っても、窓から百目鬼を投げ捨てたジョグの例もある。手を出さないとは限らない。
だからここに居て欲しいのだが――
「兼代君。ちょっと失礼します」
不意に陸前がスマホを耳にしながら話しかけてくる。
「? 何だ陸前」
「はい」
陸前はひょいっと俺の手を取ると、虎居ちゃんの腕までそれを無造作に持って行った。戸惑う俺を見て、単調に言う。
「何をしてるんです、握ってあげて下さい。こういう時は安全なところに一人でいるより、頼れそうな人の傍に居るのが一番安心するものなんですよ」
ぷいっと迷路の入り口を向いて、スマホを右手にコキュウトスを左手に、もう陸前は何をも手にする余裕は無かった。風の無い迷路の中で、艶やかな髪が柔らかく揺れた。
「私はサポートに徹しますから。虎居さんは、お願いします」
虎居ちゃんを見ると、俺の手をおっかなびっくりに取ろうとしていた。まるで弱弱しい小動物のような姿に、頑なな心が揺さぶられてしまう。
「守れなさそうだから置いていく、なんてこと言わないで下さい。守るからついてこい、くらいのことを言ってあげて下さいよ。そうすれば……」
「?」
「いいえ、言葉が過ぎましたね。とりあえず、そういうことですよ。兼代君なら、きっと大丈夫です」
「あ……ああ! そうだな!」
俺は虎居ちゃんの腕を握りしめる。とくんとくんと、小さな脈が手を通して伝わってくる。この脈動は、課せられた責任そのものだ。
「絶対に、守る」
「守ってあげて下さい。では行きましょう」
陸前の声はいつだって単調だ。
しかし、何故だろう。その時の単調さは、まるで作り物のように思える不自然さだった。
迷路をナビゲートありで進むというのは、ミナタスと戦うことにおいて相当に有利だ。迷っている間に発生する俺の中のソウルフルなパーリーの時間を単純に減らすことが出来る、インチキ行為だ。
だが、言っておきたい。この迷路は、このナビゲートが無ければ完全に詰み確定の極悪構造であり、百目鬼無しでは俺は絶望の内に死んでいたであろう、と。
「こひゅー……! こひゅー……! ま、またか……! またコレかああああ!」
「が、頑張って! 6段だから! まだ何とかなるよ! フレー、フレー!」
「あんよが上手、あんよが上手ですよ」
階段。
かいだん。
カイダン。
KAIDAN!
か・い・だ・あああああああああああああああああああああああああああああん!
異様なまでに多いこの構造物が、俺を極限まで苦しめるのだ。
必然的に足を開くことによって、俺の嫌な羅生門は無理矢理こじ開けられる。そしてその隙に連続して叩き込まれるのは、踏み込みによる力み!
しかも段差がやたらと高い上にコンクリート。このバリアフリーのご時世に反発するような階段は、俺を苦しめるのには十分すぎる力を発揮する。
「こ、こいつは……極悪だ……! ミナタスあの野郎、流石に経験者だぜ……俺が一番嫌がるモノを熟知してやがる!」
「兼代君をおんぶでもしていければいいのですが、何分そのような膂力は普通の女子にはありませんからね。百目鬼さんがいればよかったのですが」
「ゆっくり、ゆっくりでいいよ。ほら、ひっひっふー、ひっひっふー」
「それ出す方でしょ!? その呼吸法駄目でしょう!?」
ちくしょう、絶対に守るなんて言っておきながらこのザマ、情けないったらありゃしない。まだ誰とも戦っていないのに階段に敗北しかけるだなんて、そんな奴にどうやって頼れと言うんだ。
「じゃあほら、また肩を貸してあげるから、ね? 頑張ろ!」
「す、すまねえ……ほんとすまねえ」
そして階段の度に、虎居ちゃんにこうして肩を貸してもらっている有様だ。このままじゃあ腕を握って虎居ちゃんを連れてきた理由が変わってしまう。今のところ、自分の都合に全振りな状態だ。
「の……昇りきった……」
「お疲れ様です。あ、今入った情報ですが、今度は下りがあるらしいですよ」
「キイイイイイーーーーー! ふざけんじゃねえミナタス! どんだけ俺を苦しめてえんだよあの野郎――――――!」
「まあ、蛇の道は蛇って奴ですから」
「こちとらレッドスネークカモンの10秒前だちくしょうめ!」
「ネタ古いですね。オジンですか」
「オジンも古い」
ここだけ会話がレトロだ。
「しかし、相手が余りにも大人しすぎるのも気になりますね。魔念人はすり抜けられますのに、ちょっかいかけてきませんね。私なら壁越しにヒットアンドアウェイするのですが……」
「実際戦ったら弱いんじゃないの? そーゆーの、結構定番じゃん!」
「ああ。もうお別れ、みたいなこと言ってたからな。攻撃は仕掛けてこないんじゃないか?」
「本当にそうなんでしょうか。順調に迷路を進んでいる私達のことを、ミナタスは察知しているはずですよ。それなのに何も仕掛けてこないというのは不自然です」
「それは心配し過ぎじゃ……」
結果から言えば、俺のこの言葉は「否」だった。
ぽふっと、何か空気の塊のようなものが俺の脇腹に触れる。
「?」
何だ? と確認する暇すら無かった。
その空気の塊のようなものは、直後に――「衝撃の爆発」とでも言えるものを引き起こしたのである。
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