第三章 「階段が目の前」

第32話

 某所。魔念人達のアジト。

 その5つの席に囲まれた円卓は、四人の着席を以て全員集合となった。

 既に全員が事情を知っている。常にその巨躯で最大の存在を誇っていた男が欠席している、その理由を。


「全員集合……と、なってしまったな」


 レオス・グランディコマンダーが重々しく口を開いた。


「あの男がこうも早く退場とは……。今回の侵攻は随分と旗色が悪いようですな? グランディコマンダー様」


 その右隣の円卓に座る男。

 黒いローブに身を包み、カラスの羽で作ったつばの長い帽子をかぶった、切れ目の男――「ミナタス・ワルプルギストリッカー」が、せせら笑うようにレオスに言う。


「…………」


 かつてのジョグの席を挟み、右隣。

 目元をサンバイザーのような奇怪な形をした兜で覆い、鋭利な装飾が多数入った紫色の装束を纏った男・「グルス・ナイトメアウォーカー」は、無言で茶々を入れたミナタスを睨みつけていた。


「これこれこれこれこれ、ミナタス! グランディコマンダー殿になんて口の利き方! 貴様はもっと敬意を学べと何度言えば分かる!」


 そして最後。グランディコマンダーの左隣。

 全身を重厚な鎧で覆う、片眼鏡をかけた初老の魔念人・「ピスパー・サンクチュガードナー」が、ミナタスに指を突きつけた。

 ミナタスとピスパーの間に、ほんの一瞬厳しい空気が通過するが、


「落ち着け、ピスパー。よい」


 その空気を塗り潰す程のレオスの威圧に、その注意はレオスに向けられた。

 その有無を言わさぬ存在感・強制力。基本的には自分の欲望を優先させる本能を持つ魔念人を統率するだけのことはある――。場に居る全員が、形は違えど同じ感想を抱く。


「ジョグが居なくなった今、我々だけで目的を遂行することになる。ここに来ての仲間割れなど、笑えぬ自殺行為。不要な敵対は避けねばならぬ。分かるな?」


 レオスはミナタス、ピスパー。最後にグルスと、一人一人に注目する。ミナタスは一瞬口を開きかけるが、苦々しく唇を噛み締めるに抑えた。

 沈黙が戻る円卓。それを確認したレオスは、おもむろに指を鳴らした。

 すると、レオスの背後にあったスクリーンにある映像が映される。


「これは一体? グランディコマンダー殿」

「ジョグとの別れ際、私の「能力」を使用しておいた。ジョグを撃破した者を撮影・転送したのだ」

「…………」


 映されていた映像には、兼代 鉄矢の姿。

 そして映った場面は、まさにユハフトゥ・リジェクトをトイレの個室の扉越しに喰らった場面であった。


「おお……入っておりますな! ジョグのユハフトゥ・リジェクト! いつ見ても凄まじい威力で……」

「ああ、入っている。だが、見ていろピスパー」


 湧き上がったピスパーを即座に沈黙させるレオス。

 そう。

 兼代 鉄矢は――このユハフトゥ・リジェクトを耐えきったのである。


「な!?」

「…………」

「これはこれは……何と恐るべき尻」


 全員がそれぞれに、驚きを示した。

 最も直接的に、相手のお腹を高高度フリーフォールに乗車させることを戦法とするジョグ・インフェルノマーダーの一撃。それを耐えきったということは、余りにも異常な事態だった。

 だが、レオスは畳み掛けるように次を。

 綾鷹を庇い、二発目を受ける兼代を映し出す。


「な……に、二発目ですとお!? ま、まさかこれも耐えきったと言うのですか、グランディコマンダー殿!」

「耐えきった。私も信じられん。だが、これは真実の記録なのだ」

「あ……ありえませぬ! ありえませぬぞ、このようなこと! アポカリプス進度がついた状態でジョグの攻撃を耐えるなど! そんなこと……そんなこと!」

「現実は目の前にあるのですよ、ピスパーさん」


 ミナタスが、あくまでも冷静を保ってたしなめる。


「貴方が幾ら喚こうと、この男がジョグさんの攻撃を耐えきるほどの臀部の才を持っている、ということは確かなこと。その事実が、貴方如きの喚きでどうして変えられると思いますか?」

「ぬぬぬ……!」


 ピスパーの皺が刻まれた顔が、怒り心頭に激しく歪む。


「そしてまだ映像には出てはいませんが。きっとこの男、神器を手にしたのですよね? グランディコマンダー様」

「ああ。……それも、恐らくは一等級の神器。更に、「無窮天馬」の解禁までも果たしている」

「な……術式までも!?」

「これはこれは、何とも。……フフフ、厄介な相手が生まれてしまったものですね」

「ああ。まさしく我らが最も恐れる、最強の尻と精神の持ち主……初代封者にも匹敵する、剛の尻だ。更に奴には、神器持ちである初代封者の子孫までついている。厄介なことにその子孫は……女だ」


 女。

 その一言に、ミナタスですら顔に曇りを見せる。


「女……なるほど」

「…………」

「女……それでは……」

「ああ。女は流石にマズい。手が出せぬ」


 全員の共有意識――「女は流石にマズい」。

 理由を言わずとも意志を同じくした魔念人たちは、再び画面に視線を映す。今まさに無窮天馬を発動し、神器がジョグの体を貫いた。

 そこで画面は消え、ジョグの二度目の絶命を告げる。


「これでジョグはまた休みだ。そしてそれに導いたこの男……兼代の処遇について、意見を求めたい」

「処遇とは?」

「奴を捨ておくか。今のうちに、奴から神器を奪い取るか」

「……」


 ギ、とどこからか背もたれの軋みが響く。

 神器は一度覚醒すれば、もう「それしか」使用不可能になる――というのはこれまでの戦いで刻まれた記憶の一つだ。

 数百年前、千年近く前、更にはもっと前に至るまで、神器は「一人につき一種」。覚醒を果たした以上、他の神器に移ることは許されないというルールが存在している。だからこそ一度奪ってしまえば、この人智を超えた尻の男はもう盾突くことは出来なくなる。

 だが、無理にこの男を狙いに行くことは無い、というのも事実。宣戦布告までした以上、日本にそれなりの脅威を与える必要がある。いっそ無視して――例えば北海道や沖縄など、到底足の届かない場所まで赴いて、喰らいに行き、力を増してからぶつかるというのも手だ。

 だが。


「私は、この男を早急に叩き潰すべきと考えます」


 ミナタスは指を軽く叩いてレオスに進言した。

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