第24話
「ぬう!? ……こざかしいわあ!」
数本の矢は防ぎきれなかったようだ。しかしジョグがその剛腕を振るうと、数十本という光線が一度に掻き消える。
だが、陸前の攻撃は終わらない。
「機構解放。コキュウトス拡散形態、「トロメーア」。放射開始」
拡散形態――
その無機質な声と共に、俺に向かってくる一つの影が青い光の中から躍り出る。
「何してるんだい、さっさと出なよ! 男子トイレに女の子を留めるもんじゃない!」
「百目鬼!」
百目鬼がその圧倒的な膂力で俺を掴みつつ反転、陸前の真横を抜けると同時に、攻撃が始まった。
陸前の放った光線は、瞬く間に花開くように広がり、視界を埋め尽くす。これは流石に防ぎきれないのか、「ぐぬう!」と低いうめき声が聞こえるが、その頃には俺はもうトイレの外に連れ出されていた。
「百目鬼さん。私はどれくらいまで出来るか分かりませんが、アレを抑えます。その間に、兼代君を」
「了解! 行くよ!」
百目鬼は上履きをけたたましく鳴らすと体を右方向90度に捻じり、勢いを殺さないまま全力のダッシュをかけた。
「希望は捨てちゃいけないよ、兼代君! 封鎖されていると言っても、ジョグ本人が塞いでいるわけじゃあないんだ。ぼくが速攻でのしてやるから、その間に用を済ませて! いくら何でも、リッチーもその短時間でやられちゃうほどやわじゃあないはずだ!」
「……!」
守られてばかりだという申し訳なさとむず痒さが、俺の手を神器へと誘う。やはりと言うか、神器はただの髪飾り以上のものにはなってくれはしなかった。
不甲斐ない。
これほどに自分が情けないと思うのは、初めてのことだ。
後ろを見れば、まだジョグの影は無く、陸前が矢を放つ姿が確認できる。まだ抑えられてはいるらしいが、それもきっと時間の問題。
陸前まで捕らえられてしまった時が、本当の終わりの時だ。
次の男子トイレこそ、最後のチャンス――
「雑魚はとりあえずぼくに任せな。ほら、もうちょっとだ! もうちょっとだから頑張……」
「雑魚は任せられような。だが、我はどうだ」
「!」
背後から聞こえた声。
百目鬼は刹那、俺を前方へとブン投げる。
「え」
「着地は任せる!」
百目鬼を振り向いた時には、もうすでにバットを両手持ちで振りかぶっていて。理解が追いついた時には、ジョグの頭を全力で打ち抜いて――
――否――
「奇怪なものだ。この体に衝撃を与えることが出来るとは。何者かは知らんが……」
防がれた。ジョグは既に百目鬼の動きを予想していたらしい。
「この……! 重戦車みたいに次から次へと踏み越えちゃってさあ!」
右手で受け止められたバットを即座に離す百目鬼の判断力も凄いが、ジョグの体格から生み出されるリーチの長さには対応が不可能だったようだ。左腕で百目鬼の体を掴むと、ジョグはそのまま、開け放った廊下の窓に向けて体を捻り――
……ちょっと待て。
ここは、三階だぞ?
俺はまだ空中にいる。何も出来はしない。
それなのにジョグ、まさかこいつは――
「我の相手をするとは片腹痛い! 雑草でもむしっておるがいいーーーーーーーーーーーーーーー!」
そのまま窓の外に放り投げた。
「ど……百目鬼いいいいいいい!」
百目鬼なら妙な着地術でも使ってくれるだろう――そんな馬鹿らしい期待は持てはしなかった。
足が地面に着いたらもう、俺の体はダッシュをかけている。腹のことなんか心配しちゃいられない。全身を今包んでいる寒気の種類は戦慄だ。
だが、窓の外を見て。
俺は拍子抜けにも近い感情が生まれるのを感じた。
「え」
窓の下にあった光景は、既にヒトガタが6人ほどで、百目鬼を丁重に受け止めている場面だった。
流石に百目鬼も窓から落とされれば慌てるらしい。いつものきらきら光る瞳は僅かに揺れ、動揺は隠しきれていない。
しかし何にせよ無事だった。その事実だけが、俺を心胆から安心させて。
「人の心配をする余裕があるのか? 少年よ」
そしてその安心感は、原寸大の絶望となった。
折角百目鬼が稼いでくれたジョグとの距離を自ら縮めてしまい、今ジョグは俺の隣に立っているのだ。
「神器使いも、すぐに怨霊に捕らえさせた。あのバットの少女も、奴らには生け捕りを命じてある。貴様に残ったカードは後いくつだ?」
「……!」
目的が目的だからと、心の中で俺はジョグを舐めていたのかも知れない。
あれほどやる気十分勇気凛々だったクラスのみんなも、唯一の対抗手段だった神器を持っていた陸前も、頼れる存在だった百目鬼も、大型のブルドーザーで通過するように無力化してしまった。
そしてそんな男が、今俺の前に居る。
俺にはもう、対抗手段なんか思いつきもしない。
「手段が無いのなら、ここで貴様を喰らい、終わらせてくれよう。……見せてくれるわ! 「捕食解放!」」
「捕食……!」
捕食解放――自らの弱点たる主霊を解放し、魂を喰らうための形態。
ジョグの主霊は、胸部に現れた。
それは握り拳大の赤黒い光の玉のような物質で、ブヨブヨと気持ちの悪い運動を繰り返している。ジョグの体全体にも変化があり、全身の筋肉が一回り大きくなっている。
「捕食解放は弱点を晒すと共に、主霊としての存在をより色濃くする。より強固な存在を築くことで、力が増すのだ! グウハハハハハ、最早対抗の術などあるまい!」
「く……!」
神器を握る。しかしこの期に及んでも、まるで反応してくれないのがこの冷徹な剣だ。
譲り受けたのに結局、俺は力を引き出すことが出来なかった。そう解釈してもいいのだろう。そして失敗したから、こいつに奪われてしまう。唯一の、魔念人たちに対する対抗手段を。
悔しい――情けない。
こいつらの好きにさせる世界なんて、俺が最も嫌うもの。地獄のような世界なのに、打つ手が無いだなんて。
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