恋の香りに誘われて。
成田 真澄
第1話「恋の香り」
わたしは高校時代、ある人に恋をした。
相手は一つ年上の先輩で名前もクラスも知らない。
ただ、一度だけ話をしたことがあった。
「何か興味のある部活でもあった?」
「えっ、ええ。色々あって。どの部活も入ってみたくて迷ってて」
「なら、体験で入ってみるといいよ。それから決めても遅くはない」
「本当ですか? なら、そうしてみようかな」
一年生の春。掲示板に掲示された部活動紹介の貼り紙の前で立ち尽くしていたわたしに先輩は話しかけてくれた。
正直どこの部活に入ろうか決めかねていたわたしは、その先輩を探すかのように全ての部活へ見学に行った。
運動部にも文化部にも行った。
そして最後に行ったバスケ部でわたしはようやく先輩を見つけた。
広い体育館で行われていた試合。
ボールの跳ねる音がリズミカルに耳に入ってきた。
シューズが床に擦れる高い音も時折聞こえてくる。
わたしは目の前で行われている試合にしがみつくように見入った。
ボールの奪い合いも、ゴールへと突き進む姿も気がつけば先輩ばかりを目で追っていて、無意識のうちに声援を上げていた。
試合が終わってコートから戻ってくる先輩。
不意に目が合ってわたしは小さくお辞儀をした。
けれどどちらも言葉を交わそうとはしなかった。否、交わせなかった。
先輩はすぐに他のメンバーに話しかけられ、そちらへと向かった。
わたしも口を出さず、見学をやめて間を置かずに体育館を出た。
名前は何と言うのだろう。
所属している部活がわかり、次に浮かんだのはそんな疑問だった。
先輩のことが知りたくて、いつの間にかたくさんの疑問に埋もれてしまいそうになっていた。
わたしはどの部活にも入りはしなかった。
ただ決まって授業後、そっと体育館へと足を運んだ。
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