月曜日の分身

野良ぺリカ

【月曜日、9:23】

(先週から仕事が繁忙期を迎えている。前の金曜日も残業でヘトヘトな状態で帰宅して、週末もボーっとしていたら終わってしまった。どうせ今日も残業確定だ。土日祝が休みになってるだけ大分マシだろうけど。

もう月曜日だもんなぁ、ああ仕事に行きたくない。行ってもつらいことが待ち構えてるのがわかっているし、何よりもっと週末を有意義に使いたかったという後悔のほうがデカい。どうせならもう一日休日が延長していたら良かったのに。それなら日帰り小旅行ぐらいやれるのに。もういっそのこと次の駅で降りたい。)


「次は~○○坂~○○坂~」


プシュ~と音が鳴り扉が開く。幾人かの乗客が降りて、その後に降りた人と同じくらいの人数が乗り込んでくる。いつも通り座れはしないが満員で苦しいほどでもない混雑具合だ。


プシュ~と音が鳴り扉が閉まる。降りた乗客が改札口へと足を進める。電車に駆け込めなかった人が息を切らして立ち尽くしている。これもまたいつも通り。


俺は眠たそうな目蓋をゴシゴシこすってその光景を眺める。これもまたいつも通り。

もう一度目蓋をゴシゴシこすってその光景を眺める。これはいつもと違う。


(改札口に向かう人の中に俺によく似た人がいたような・・・)


気のせいだと思いながら目蓋をゴシゴシやっている内にホームが見えなくなる場所まで電車は走ってしまっていた。


(いやいや、あれはただの俺にそっくりな人だ。でも妙だな、今の俺と全く同じ服来てたような気がするぞ・・・寝ぼけてんのかな?俺。)


「次は~××谷~××谷~」


プシュ~と音が鳴り扉が開く。いつも通り幾人かが乗って、幾人かが降りる。その光景をボーっとしながら眺めていたら扉が閉まる。そして電車は動き出す。


車窓に次の電車を待つ人達が徐々にスピードを上げて流れていく。スマホをいじり続ける女子高生数人、息を切らして膝に手を置く汗まみれサラリーマン、どこかへ観光旅行に行こうとしている主婦の群れ、遠足と思われる小学生の集団と教諭、安全を確かめる駅員、そして直立不動の俺そっくりな人。


(俺だ!間違いなく俺がそこにいる!!)


もう一人の『俺』はまるで車内の俺を鏡写しにしたかのようにホームに立っていた。一瞬窓ガラスに映った自分自身だとも思ったが、景色と同じように流れていったからそこにいたのには間違いなかった。くせっ毛のせいで治りきらなかった寝癖、フォーマルなメガネに直線で描ける細い目、最近風船のように膨らみ始めたお腹。黒いかばんにスーツはいつも上着のボタンを留めないで、月曜日は決まって赤のネクタイ。


(ドッペルゲンガーとか言う奴・・・なのか?)


××谷駅にいた『俺』はホームに立ったまま佇んでいた。何をするでもなく何か待つでもなく、ただそこにいた。何もしてこなかったことが逆に現実感を失わせた。『俺』を確認した後の俺は無意識に目をパチクリさせたり首のコリを確かめたりと理解できないこの事態への戸惑いをごまかそうとしていた。


「次は~△△浜~△△浜~」


プシュ~と音が鳴り扉が開く。いつも通り幾人かが乗って、幾人かが降りる。その光景をボーっとしながら眺めてながらさっきの駅にいた『俺』のことをかんがえていた。


(ドッペルゲンガーが出てくるなんて・・・いや、まだドッペルゲンガーだと決めつけるには早すぎやしないか。となると、ただの凝ったいたずらか?いやいや、誰かに恨みでも持たれたようなことをした覚えはない・・・ひょっとして最初の○○坂駅にいたアイツも『俺』だったというのか?ますます、訳が分からなってきた。考えすぎは体に毒だ。会社まであと二駅、気持ちを仕事に切り替えていかないと。さっき見たのは気のせいに決まってる・・・俺は寝ぼけているんだ・・・)


平然を装いながらも脈拍は加速していた。そんな俺を挑発するかのように降りていく乗客の中に『俺』は現れた。


(もう一度確かめないと!)


とっちらかった頭の中を一旦放置して『俺』を追いかけようと乗客を押しのける。

しかし、扉は無情にも『俺』を降ろして俺は車内に残された。ちょうど『俺』の背中を扉越しに見る形になった。

(お前は何なんだよ!!)

声を出す代わりに固く閉ざされた扉を強く叩く。しかし『俺』は背中を向けたまま動かない。そのまま電車は次の駅へ走り出してしまった。


「次は~◎◎町~◎◎町~」


プシュ~と音が鳴り扉が開く。いつも通り降車する。もしかしたらここにも『俺』が現れるんじゃないかと警戒しながら会社へ向かった。しかし駅どころか会社内にも現れなかった。

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