第18話 魔法陣でぐーるぐる

 王立学問所を訪れた二人であったが、老師シルベウスは不在であった。

 居留守も疑われたが、とりあえず助手に手紙を預けて、また夕刻に訪れる段取りとなった。


「仕方ない、どっかで時間をつぶそう」


 PCプレイヤーゆえに、徹夜明けであっても、二人に睡眠は必要ない。

 猛烈に走り込んでも一時的にスタミナが減るだけで、じっと座っていれば全回復してしまう。

 大きなケガをしても、時間さえかければ、自然治癒してしまう。

 ゆえに二人は、食事以外で、どこかで休むという経験がなかった。


「ほんと、疲れない身体って便利だねえ。夜更かしだってし放題だし」


 ただ、失明したり、片腕を失うなどの重傷まで、しっかり回復するかは、試していなかった。


「部位破壊ゲームって、昔からあるからね」


「ウサギに首を狩られたら即死ってやつ?」


「それもあるけど、利き手を負傷したら武器が使えなくなったり、足を負傷したら機動力が鈍ったり、そういう、体力ゲージだけじゃない細かなRPGもあるわけ」


 カルラは、8ビットPC時代のタイトルと、そのヒントとなったテーブルトークRPGの名を出した。


「没入型だと、そっちのが自然な気がするけど、ガイダンスにそういった戦闘システムの説明はなかったな」


「今朝、ミリオンちゃんに腕を極められたとき、どうだった?」


「しばらくシビれて、動かなかったな」


「じゃあ、部位破壊もあるかもね」


 そ、う、い、え、ば……とカルラが空を眺めながら語り出す。


「逆に、体力がパーティー全体でまとめて幾らっていう『どうぶつくん』ってRPGもあったね。ゲームセンターの景品用だったけど。あと、攻撃力が合計値っていう『コズミックソルジャー』ってのもあったかな」


「ほとんど、シミュレーション・ゲームのユニットの扱いじゃん」


「あたしら、ゲームの駒みたいなもんよ。誰に操られてるか、全然わかんないけど」


「たしかに不眠不休だし、そこらのウマより働きものだ」


「カバンが許す限り、いっぱい荷物を持ち歩いてるしね」


 重量制限が導入されていないのか、よほど大きすぎるサイズでなければ、いくらでもアイテムを所持できてしまうのだ。


「へんなところで雑なんだよな、このゲーム」


「たぶん、コレクター性をくすぐる仕様になってるんじゃない? アイテムをあちこちで入手しまくって、それを組み会わせて、別の何かを作るの」


「そうか、カルラは自前のスタジオを、そのノリで作ったんだよな。文科省がからんでるっていうのは、その工作的な要素が教育的だから?」


「どっちかってーと文科省は、リハビリ用途を考えてるんじゃないのかな? ケガした人に遊ばせて、身体の動きを思い出させたり、逆に腕や足を失った人の幻肢痛を除去するとか。なんかのインタビュー記事で読んだ気がする」


 ベンチのある広場を見つけた二人は、出店で、炭酸水やら干しブドウを買い求める。

 王都では飲食業があまり発達しておらず、宿の食堂以外で食事をするのが難しい。宗教上の理由らしきことを聞いたのだが、この出店の青年は、定住地をもたぬ流浪の民とやらで、その掟は守らなくて良いらしい。


「天然の炭酸水って、やっぱ弱いわねぇ」


 焼き物のコップを手にして、カルラが不平をいう。

 この容器は、あとで店に返しにいけば、小銭が戻ってくるデポジット方式だ。


「そろそろ、じんたちゃん話しかけて大丈夫かな」


 飲み食いをしながら、二人はオープンチャットで、じんたに話しかけた。


『というわけで、魔法陣を見つけ出して稼働できれば、合流できるかも』


『ああああ、ありがとう~』


 じんたのむせび泣きが、全プレイヤーに向かって放たれている。


 とは言え、チャットに反応があるのは、相変わらず、ふるちん達の三人だけ。他のプレイヤーは、まだチャット機能に気付いていないのか、それともログインすらしていないのか。


『そっちの島に黒魔導師のヴィカラットってやつが戻ってるはず。じんたちゃんのこと、もう特定されてるから気をつけてね。あと、すっごい怪しいヤツだから、油断しないでね』


『ふええ、何をどう注意するんだああ。まさか、選択肢を間違えて、二度と魔法陣が使えんとかならんよね?』


 本人は永遠の女子高生を名乗っているが、少々オヤジくさい喋りが混ざる。ふるちんは彼女をネカマでないかと疑っていた。


『どっかなー。このゲーム、「生活する」ってこと以外、目的もシナリオもないから、そもそもハマリの基準がないんだよ。へた打つと、移動手段をすべて封殺されて、ずーっと島での孤独プレイを続けさせられるかもよ』


『ああ、「永遠クエスト」の種族選択でミスって、開始早々ジリ貧っての思い出すわー』


『そのあと乱立したオンラインRPGも、みんな大概だったけどね。ログインしたとたんPKに狩られまくるし、まわりはみんな自動操縦ボットで助けてくれないし、唯一できることは、オープン直後の無茶苦茶なゲームバランス下で育てたキャラを、どっかの誰かから、リアルマネーで買い取るくらい』


『しかも! サギにあう』


『しかも! 運営に泣きついたら、実はその運営が取引に関与してた』


 二人だけで思い出話に興じるのを、ただ聞いているだけのふるちん。

 

『すまん。話題に、まったくついていけないんだが』


『ごめんごめん。ふるちん、オンラインのゲームはあまりやらないんだよね』


 そもそも、オフのゲームも、年に一本触るかどうかだ。


『ここ、バルバデン=ギリウスの図書館は、島でいちばん大きな施設らしくって、最低でも三ケタの人が出入りしてるよ』


 じんたの言うのは、〈ユニーク固有〉な数値である。彼女の鋭敏な嗅覚により、膨大な人間を匂いで区別できるのだ。


『置いてあるのは、皮装丁の写本でしょ、折り本でしょ、あと古巻物スクロール。どれもすごい量だよ」


古巻物スクロールあるんだー』


王都こっちでは、まだ数本しか見つけてない。そのうち役に立ったのは、チャットの一本だけだ』


『そうだ、じんたちゃん、そのスクロール、誰かに読み聞かせしてもらえない?』


『うーん。向こうの言ってることは分かるんだけど、こっちから意志を伝える方法がないのよねん』


『声に出してるやつがいたら、そこに遊びにいく。それで闇トカゲは読み聞かせが好きだと分かってくれる』


『それ名案』


 じんたが尻尾で床をこする(なぜか音が伝わってきた)。


 この世界では――少なくとも王都では、読書は基本的に音読である。識字率が低いため、読める者が音読し、周りが耳を傾けるという、読み聞かせに近い少人数での読書が主流らしい。


『あ、でも、その島の人たちって、みんな文字が読めるんだよね?』


『小部屋での〈読み合わせ〉は、よくやってるよ』


 写本の写しに誤りがないか、一人が原本を読み上げ、他が写本を目で追うというわけだ。自然と校正用語が出てくるあたり、ラノベを書いているというのは、本当なのかもしれない。


『よし、その門前の小僧作戦でいこう。気に入らないテーマのときは、尻尾を床に叩きつけるんだ。これは獣人がよくやる不満のジェスチャーらしい』


『それで、面白そうな本に取り替えさせるんだね? わかったー』


 じんたは、さっそく行動を開始したようだ。


『でも、ヴィカラットのじーさんには、気をつけろよ。チャットのことはバレてないけど、俺たちとの関わりから、情報流出を疑ってくるはずだ』


 ふるちんが改めて注意をうながす。


『じーさんは、俺たちのことを島の連中に話せない。お忍びでこっちに来てるわけだからな。だから逆に、じんたの勉強と俺たちへのリークを止めるため、どういう無茶な行動に出るか、まったく予想がつかない』


『そのわりに、じんたちゃんが王都に来ることには反対してないのよね。よくわかんない人だけど、あの人、図書館でどれくらい偉いのかわかる?』


『たぶん、この島ではかなりの若手。それだけ高齢の魔術師が多い。純粋なヒト種で、百歳を超えられるのは、この島の特殊事情かも』


 ひととおりの計画を詰めた三人は、また夜をメドにミーティングを約束して、それぞれの作業に集中することとなった。


『こおまで尽力してもらって、あたしゃ感謝感激だよ~。なんか御礼したくて、辛抱たまらん。ふるちん、なんかほしいものあれば、おねえさんに言ってごらん』


『んなこと言われてもなあ。会いたいのは、こっちもヤマヤマだし』


『あらやだ、聞きました? 奥さん』


『奥さんじゃないけど、聞きましてよ、じんたさん。この子、素でタラシなとこありますわよ』


 くすくすと女子たちの笑い声。


『おまえらのツボって、ほんとわからんなあ』


 ふるちんは頭をかく。この世界には、カユミという感覚も存在するらしい。


『じゃあさ、あんた文章を書くのうまいんだろ? キャッチつくってくれよ』


『キャッチ? キャッチコピーのこと?』


『オレの生き方を総括して、短い言葉にしてほしいんだ。墓碑銘にできるようなやつ』


『墓碑銘って、縁起でもない……って、そっか、ふるちんは墓場からスタートしたんだっけね』


 カルラが思い出す。


『ああ、オレの生れ故郷は墓地だった。自分が何をすべきか。自分の選択が間違ってないか。指針となる言葉があれば、いつでも問い直せる気がするんだ』


『ふふーん、それは会うだけじゃなく、ずっと一緒にいないとできない仕事だね。おっけー、このじんたさん、その仕事引き受けるぜい!』


        ◆        ◆        ◆


「じんたちゃん、落ち着いてたね」


「島の住人に食餌しょくじをもらえてるし、ヴィカラットさえ妙なことをしなければ、もう少し頑張れそうだな」


 日はまだ明るかったが、時刻は夕刻である。

 ふるちんらが学問所に戻ると、件の助手が現れ、シルベウスが会えると伝えた。

 二人はすぐさま研究室へと通された。


「老師がなかでお待ちかねです」


 助手がノックをすると、扉の向こうに、ばたばたと音がした。

 部屋に入ると、室内には、よぼよぼの老人が立っている。


「初めまして、あたしはカルラ」


「こっちは、ふるちん」


 待っていたというわりに、二人の挨拶に何の反応も示さない。


 違和感を覚えたふるちんは、名前表示オールネームを行使。


   ふるちん  カルラ


 室内には、二人の名前しか表示されない。


 目の前の老人をターゲッティングすると、〈トルソー(破壊不可)〉とだけ表示される。


『トルソーってのは、あれか? 人間の胴体のことか? 猟奇死体?』


『裁縫に使うマネキンじゃないのかな。ほら、幾つか立ってるでしょ』


 ふるちんが室内をみまわすと、魔術師の部屋というより、ここは服飾デザイナーの工房であった。


 サイズもさまざまなトルソーには、大人用の夜会服や、喪服が飾られ、どれにも、まち針でたくさんのメモが留められてる。子どもサイズの豪奢なドレスも一着あるが、どれも女性用なのは、共通していた。


 壁という壁が棚になっており、それを埋め尽くす色とりどりのアイテムは、平置きした本ではなく、布や巻き糸であった。


 帽子掛けにある帽子も、魔術師然としたものは皆無だ。

 貴婦人がかぶりそうな、羽根や、帆船のミニチュアや、レースをふんだんに使ったリボンのような飾りが目立つ。


『ともかく、なんかのイタズラだってのは分かる』


『どこかに隠れてるのかな。察知ディテクトできる?』


『人が隠れそうな場所を試してるけど、スカってばかりだ』


 アクティブなスキルは、一度行使すると一定時間、再使用ができない。手当たり次第に使えるものではないのだ。


『トルソーがお爺ちゃんに化けてるみたいに、本人も別の何かに姿を変えてるんじゃない?』


『なるほど、それは道理だ』


 ゆっくりと室内を見渡す。


『明らかに怪しいものは、あるか? 俺は、ファッションとかに疎いんだ』


『あたしだって、この世界の服なんて、わかんないよ。一応、中世ヨーロッパを参考にしてるっぽいけど、思い切り近代モノも混じってるし。強いて挙げるなら、トルソーの緑のドレスかな。一つだけ子ども用で、しかもメモが何もついてないでしょ』


『なるほど』


『大人用の衣装は、どれも研究に関係がありそう。でも、このドレスだけは、とっさにイタズラを思いついたから、いちばん馴染みのあるものを題材にしたって感じかな』


『わかった』


 ふるちんは緑ドレスの長そでを手に取り、片ヒザを着いて、うやうやしくかしずいた。


「お初にお目にかかります。シルベウス老師」


「こりゃまた、ませた子どもじゃのう」


 声とともに服は女性の姿に変わり、ふるちんが手にしていたのは、女性の右手になっていた。

 ドレスの中身が、トルソーから人に戻ったというべきか。


――こういう変化をなんて言うんだっけ。ぶんぶく茶釜……いや違うか。


「あたしゃあ、運命の経糸たていと緯糸よこいとを探求する服飾魔道士、シルベウスじゃ」


 彼女の背丈は十二歳のふるちんよりも低いが、その妖艶な表情や、豊満なボディは、明らかに大人のものである。


 くすんだ茶色の髪には、赤い宝石の原石をつけたかんざしが刺さり、わずかながら魔力を感じさせている。これが彼女の〈杖〉なのかもしれない。


「さっきトルソーに挨拶しちまったけど、もっかい聞く?」


 ふるちんのおどけた態度に、シルベウスが肩をゆする。


「なるほど、ミリオン嬢ちゃんが推薦するわけじゃわ」


「なるほど、ミリオンが亜人種を毛嫌いしないわけだ」


 口ぶりからすれば、彼女はミリオンの知り合いである。家庭教師だったのかもしれない。そして、性格はおどろくほど柔和で友好的である。


 種族はおそらくドワーフであろう。背の低さと筋力を活かして、採掘や石工として身を立てる者が多かったはずだが、研究職とは珍しい。


『これって、ドワーフというより、ウサギのドワーフ種なんじゃない? かわいいから、いいけど』


 頭の上には、長めの獣耳ケモミミもちょこんと生えていたのだ。


「魔法陣を探したいそうじゃな」


「ええ、今はそれが最優先です」


「しかし、これでは、わかりづらいのう」


 水と指で描かれた羊皮紙をつまんで示す。


「紙とペンを貸していただければ、ふるちんが模写できますよ?」


「おうよ」


 ふるちんが、お手本を見ながら、丸テーブル上で描き写してみせる。


 普通はいちばん大きな丸から描くべきところを、またもや、上からジワジワとペンを加えていくのだ。


「これは器用な子じゃのう。画家のお弟子さんかの?」


「画家じゃないけど、この街の文化にとても興味があるぜー」


 相変わらず奔放なふるちんの態度だが、いかにも子どもらしい容姿が、相殺して余り有る。


 老師シルベウスも、会話の端々からその年齢不相応な知識を感じ、初対面ながら、すっかり入れ込んでしまったようだ。


――ふるちんって、男の子のわりに可愛い顔立ちしてるせいで、歳上にウケがいいのよね。〈魅力カリスマ〉の値が高いのかしら。


 カルラがどう思おうとも、このゲームの〈魅力カリスマ〉は、本人ですら数値で確認することができない内部パラメータである。


「てわけで、こんな魔法陣を見つけたいんだけど、心当たりはあるか?」


「そうじゃのう、専門外のあたしらにとっちゃ、魔法陣なんてどれも同じに見えるんじゃでね」


「おいおい」


「まあまあ。数百年前についえた旧時代の魔術だから、魔術美術史のランパート先生が詳しいじゃろうねえ。そろそろ講義が終わるで、もうちょい待つんじゃ」


 すでに声かけはしてくれた模様。


「図案にかぎらず、魔法陣って見たことあります?」


「古い建物には、床に掘ったものが残ってるさね。あんま人が入らない部屋ばっかだで、保存状態はいいじゃろ」


「人が、入らない?」


「むかしは儀式に使ってたんじゃないかね。そんな部屋はどこも狭くって、たいてい倉庫になっとるじゃろ」


「えぇ倉庫ですか? 何十年、何百年とものを入れっぱなしで、住人も魔法陣に気付いてなかったりしそう」


「こりゃ思ってたよりも、やっかいかもだなあ」


「図を見るかぎりは、かなり大きなモノかもしれんね。陣の中のこの文字は、本を模しておるのじゃが、実際に儀式でも、そこに本を置いたと記録にあるのじゃ」


「本? 普通のサイズの?」


「普通に考えれば、神典の寸法じゃな」


 老師は、机に置かれた革製の綴じ本を見せる。


「グィジアン百十神の長であるオフィリス神の、死せるに顔に置かれたマスクに合わせて定められたからのぅ。この神典の大きさは、つまり千年以上前から、まったく変わってないはずじゃ」


「じゃあ、この魔法陣って、かなり大きいな」


「ふつうの家にはあるまいて。昔からの、それこそ数百年前から改築していない建物に絞るものじゃろうな。神殿や、城、王宮、うち捨てられた廃墟……」


 ノック。ノック。ノック。


「老師ランパート様がいらっしゃいました」


 助手が、新たな訪問者を、研究室に案内した。


 入口をかがんで入ってきた男は、室内で一気に背が伸びたように見えた。


 体躯は細身で、恐ろしく身長がある。シルベウスとは正反対の体格だ。


 黒のズボンに、赤の光沢あるジャケットは、金色の縁取りがされており、白い胸元飾りとよく似合う。日本人の感覚だと、これからパーティーに赴くのかという風情である。


 しかし彼を最も特徴付けているのは、鳥を思わせる白いペストマスクである。


「はじめまして、カルラです。こちらは、ふるちん」


 二人の挨拶に対し、老師ランパートは、マスクの内側から大きなグリグリ目でもって一瞥しただけだった。

 もしかすると何か言ったのかもしれないが、マスクのせいで聞き取れない。


 彼は空いている椅子にどかりと座り、糸くずが舞う。


 シルベウスが、「役者はそろった」といわんばかりに、三人の真ん中に立つ。


「ここで教鞭を執ってる連中は、みんな偏屈でね。研究費を寄付するってだけじゃあ、動かない。よっぽど面白い研究テーマを持ってくるか、面倒な仕事を肩代わりするしかね」


 それを受けて、ランパートは、くぐもった声で、ただ一言を発した。


かたき討ち」


 ふるちんは、首をかしげる。


「ランパート先生は象徴や印章を好むゆえ、言葉も大変に圧縮しとるんじゃよ。いまのは、孫が敵討ちしなくてはならず、心強い介添人を捜しているとのこと。冒険者ギルドに依頼をかけているが、荒くれ者ばかりで、信用ならんとも」


「なんで、いまので、そこまで分かるの」


「わたしが出張でばってもいいんだけど、その日は大事な会議があるんじゃよね」


 ドワーフは総じて頑強なので、魔術師であっても、盾役を担えそうだ。


「果たし合いの日は、決まってるか?」


「二」


「二週間後じゃのう」


 シルベウスが翻訳する。


「んー、それ何とかできるかもな」


「ツテがあるのかえ?」


「荒事に長けた連中には、心当たりがあるよ」


 ふるちんは、盗賊ギルドの面々を思い浮かべる。最悪、ミリオンに兵士を融通してもらうのはどうだろう。


「何人くらい必要?」


「一」


「介添え人は、一人と決まっている。危うくなったら、助太刀可能じゃ。それと、仲間が見学に来るぶんには、何人でも良い。ただし、武器は服の中に隠しておくこと」


「その見学者の仲間の参入ってのは、もう裏ルールだよねぇ……?」


 カルラが冷や汗を一筋。


「じゃあ、介添人はどうにか捜してみる。任せてもらえるか?」


 ランパートが頷いたと同時に、その頭上にクエストのメッセージが表示された。


《クエスト:老師ランパートの孫の敵討ちを助けよ》


『見えたか、カルラ?』


 とっさに、ふるちんはチャットで確認する。


『見えた。見えた。あたしにとっては、初めてのクエストだね』


『二人同時に受注したってわけだ。このクエストの発生条件って、何だろうな。魔法陣を捜そうとするプレイヤーなんて、めったに、いないと思うんだが』


『どうかなー。あのヴィカラットってやつ、ミリオンちゃんに関わったどのプレイヤーにも同じ話を持ちかけてるのかも知れないし、そもそもミリオンちゃんって、どのプレイヤーにも命を救われてるのかもしれないよ』


『ってことは、あの執務室は毎日修理してて、第三盗賊ギルドは、毎晩夜襲を受けてるわけだ』


 まるで洋館に現れる幽霊が、毎晩、自分の死を再現するかのような。

 多人数が同時参加するRPGで、この手のクエストは、かなり扱いが難しいと実感できる。


「じゃあ、こっちの相談にも乗ってくれるかな。魔法陣の件だけど」


 ふるちんの確認に、ランパートがうなずく。

 すでに簡単には話が通っているらしい。

 シルベウスがペン書きした魔法陣を手渡した。


「大」


 すかさずシルベウスが翻訳してくれる。


「大規模な術式なので、設置されているなら、大きな施設のはず。ただし、封印された部屋の可能性も高い、とのことじゃ」


「試験」


「魔法陣は、巨大な魔法仕掛けなので、どこか一部にでも魔力マナを流し込めば、反応が得られる。試験用テスター術式は単純なので、学問所の助手や徒弟に手分けしてやらせることも可能。怪しい建物に入って、わずかに床がみえているだけでも、判定ができる、はず」


「それは助かります!」


 カルラがぴょんと椅子から立ち上がる。


「待てよ、魔法仕掛けだって? あんた、この魔法陣が、謎の儀式用じゃなくって、何に使ってたのか知ってるのか?」


「移動」


「これに限っては、移動用の魔法陣。二つで一対を為すタイプで、同じ文様がどこかにあるはずだが。ここ数十年で確認された魔法陣の記録はすべて文書保管所にあるが、この図はなかったはず。すでに失われている可能性もある」


「疑問」


「どうして、この魔法陣を探しているのか。そもそも、この文様は何を描き写したのか。それが疑問。その理由を知りたい。と言ってるのじゃ」


「うーん」


――これは、どこまで話して良いものだろうか。


 この王国に、いろいろと禁忌タブーがあるのは、なんとなく分かっている。

 神々への冒涜、王室の侮辱、前時代の魔術への詮索などなど。

 どれも明文化された法律として読んだことはないが、避けた方がよいというのは、空気でわかる。


 とくに今回は、数百年前に沈んだはずの島、バルバデン=ギリウスとの往来を可能にする、とてつもない話なのである。

 ふるちんの勝手な判断はためらわれた。


「俺はよくわからないけど、軍事機密っぽいな」


「そうか、残念じゃな。あたしゃあ、幻の島に行けるのかと期待したるんじゃが」


 ふるちんの顔が、わずかに引きつった。


「幻の島……って?」


 知らぬフリで問い返す、ふるちん。


「バル」


「お伽噺とぎばなしにもある、魔法の島バルバデン=ギリウスじゃよ。魔術を探究する者ならば、かの地に赴き、失われた魔術の数々を修めることを、文字通り夢に見るものじゃ」


『あそこって、魔法に特化した島だったのか』


『最先端の学問が集まる場所なのかもよー』


「じゃあ、この魔法陣がアタリだといいな。きっと便利な魔術だぜ。俺もなにか一つでも魔術が使えたら便利だなーって思うよ。さっきの変身するやつとか、超かっこいいじゃん」


 隠蔽ハイディングよりも確実に敵をあざむけるだろう。盗賊シーフ業のふるちんには、まさに、うってつけの手段ではないか。


「あれの良さが、わかるんだねえー!」


 シルベウスが、ふるちんの手をとり、興奮してまくしたてる。


「坊や、見込みあるよ。やっぱ利発だねえ。あたしの弟子にしてもいいんだ。そうだ、今から弟子になるがいいよ。ランパート先生も異存ないじゃろ? そうら、魔術師のローブを用意してあげようね。ちょうど作り途中で、膨大な防御術式を編み込んだ服があるんじゃよー」


 彼女がクローゼットから持ち出した服に、ふるちんは思わず見入った。


「これは……!」


 その装束は、白を基調とする、しなやかな布に、ふんだんにレース飾りをあしらうことで高級感あふれる意匠を実現していた。

 ところどころに施された金の刺繍ししゅうは、それぞれが強力な防御術式を担っている。


 肩口はノースリーブだが、長手袋ロング・グローブを採用することで、動きやすさと防御性を両立。


 ブーツは魔獣の皮を用いて、通気性を保ちつつも、十分な耐水性をもたせている。


 杖のヘッドは、磨き抜かれた水晶をはめ込んだ真円で、その透明度は千里先を見通せるほどであった。


「ふるちん、これってさあ」


「頼む。皆まで言わないでくれ」


 めまいを覚えて、ふるちんがこめかみを押さえる。


 シルベウスが自信満々にお披露目した服は、二人のプレイヤーからすれば、どう見ても、向けのドレスでしかなかったのだ。


「さあ、坊や~、今すぐこの服に着替えないと、魔法陣の捜索は始まらないんじゃぞえ~」


「待てっ、俺は男だ! そんなヒラヒラしたスカートなんてはけるか! ちょっ、待てカルラ、なんでおまえズボンを脱がそうと、やめれッッ」


 ふるちん(十二歳)の悲鳴が、王立学問所の研究棟に響いていた。

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