第18話 魔法陣でぐーるぐる
王立学問所を訪れた二人であったが、老師シルベウスは不在であった。
居留守も疑われたが、とりあえず助手に手紙を預けて、また夕刻に訪れる段取りとなった。
「仕方ない、どっかで時間をつぶそう」
猛烈に走り込んでも一時的にスタミナが減るだけで、じっと座っていれば全回復してしまう。
大きなケガをしても、時間さえかければ、自然治癒してしまう。
ゆえに二人は、食事以外で、どこかで休むという経験がなかった。
「ほんと、疲れない身体って便利だねえ。夜更かしだってし放題だし」
ただ、失明したり、片腕を失うなどの重傷まで、しっかり回復するかは、試していなかった。
「部位破壊ゲームって、昔からあるからね」
「ウサギに首を狩られたら即死ってやつ?」
「それもあるけど、利き手を負傷したら武器が使えなくなったり、足を負傷したら機動力が鈍ったり、そういう、体力ゲージだけじゃない細かなRPGもあるわけ」
カルラは、8ビットPC時代のタイトルと、そのヒントとなったテーブルトークRPGの名を出した。
「没入型だと、そっちのが自然な気がするけど、ガイダンスにそういった戦闘システムの説明はなかったな」
「今朝、ミリオンちゃんに腕を極められたとき、どうだった?」
「しばらくシビれて、動かなかったな」
「じゃあ、部位破壊もあるかもね」
そ、う、い、え、ば……とカルラが空を眺めながら語り出す。
「逆に、体力がパーティー全体でまとめて幾らっていう『どうぶつくん』ってRPGもあったね。ゲームセンターの景品用だったけど。あと、攻撃力が合計値っていう『コズミックソルジャー』ってのもあったかな」
「ほとんど、シミュレーション・ゲームのユニットの扱いじゃん」
「あたしら、ゲームの駒みたいなもんよ。誰に操られてるか、全然わかんないけど」
「たしかに不眠不休だし、そこらの
「カバンが許す限り、いっぱい荷物を持ち歩いてるしね」
重量制限が導入されていないのか、よほど大きすぎるサイズでなければ、いくらでもアイテムを所持できてしまうのだ。
「へんなところで雑なんだよな、このゲーム」
「たぶん、コレクター性をくすぐる仕様になってるんじゃない? アイテムをあちこちで入手しまくって、それを組み会わせて、別の何かを作るの」
「そうか、カルラは自前のスタジオを、そのノリで作ったんだよな。文科省がからんでるっていうのは、その工作的な要素が教育的だから?」
「どっちかってーと文科省は、リハビリ用途を考えてるんじゃないのかな? ケガした人に遊ばせて、身体の動きを思い出させたり、逆に腕や足を失った人の幻肢痛を除去するとか。なんかのインタビュー記事で読んだ気がする」
ベンチのある広場を見つけた二人は、出店で、炭酸水やら干しブドウを買い求める。
王都では飲食業があまり発達しておらず、宿の食堂以外で食事をするのが難しい。宗教上の理由らしきことを聞いたのだが、この出店の青年は、定住地をもたぬ流浪の民とやらで、その掟は守らなくて良いらしい。
「天然の炭酸水って、やっぱ弱いわねぇ」
焼き物のコップを手にして、カルラが不平をいう。
この容器は、あとで店に返しにいけば、小銭が戻ってくるデポジット方式だ。
「そろそろ、じんたちゃん話しかけて大丈夫かな」
飲み食いをしながら、二人はオープンチャットで、じんたに話しかけた。
『というわけで、魔法陣を見つけ出して稼働できれば、合流できるかも』
『ああああ、ありがとう~』
じんたのむせび泣きが、全プレイヤーに向かって放たれている。
とは言え、チャットに反応があるのは、相変わらず、ふるちん達の三人だけ。他のプレイヤーは、まだチャット機能に気付いていないのか、それともログインすらしていないのか。
『そっちの島に黒魔導師のヴィカラットってやつが戻ってるはず。じんたちゃんのこと、もう特定されてるから気をつけてね。あと、すっごい怪しいヤツだから、油断しないでね』
『ふええ、何をどう注意するんだああ。まさか、選択肢を間違えて、二度と魔法陣が使えんとかならんよね?』
本人は永遠の女子高生を名乗っているが、少々オヤジくさい喋りが混ざる。ふるちんは彼女をネカマでないかと疑っていた。
『どっかなー。このゲーム、「生活する」ってこと以外、目的もシナリオもないから、そもそもハマリの基準がないんだよ。へた打つと、移動手段をすべて封殺されて、ずーっと島での孤独プレイを続けさせられるかもよ』
『ああ、「永遠クエスト」の種族選択でミスって、開始早々ジリ貧っての思い出すわー』
『そのあと乱立したオンラインRPGも、みんな大概だったけどね。ログインしたとたんPKに狩られまくるし、まわりはみんな
『しかも! サギにあう』
『しかも! 運営に泣きついたら、実はその運営が取引に関与してた』
二人だけで思い出話に興じるのを、ただ聞いているだけのふるちん。
『すまん。話題に、まったくついていけないんだが』
『ごめんごめん。ふるちん、オンラインのゲームはあまりやらないんだよね』
そもそも、オフのゲームも、年に一本触るかどうかだ。
『ここ、バルバデン=ギリウスの図書館は、島でいちばん大きな施設らしくって、最低でも三ケタの人が出入りしてるよ』
じんたの言うのは、〈
『置いてあるのは、皮装丁の写本でしょ、折り本でしょ、あと
『
『
『そうだ、じんたちゃん、そのスクロール、誰かに読み聞かせしてもらえない?』
『うーん。向こうの言ってることは分かるんだけど、こっちから意志を伝える方法がないのよねん』
『声に出してるやつがいたら、そこに遊びにいく。それで闇トカゲは読み聞かせが好きだと分かってくれる』
『それ名案』
じんたが尻尾で床をこする(なぜか音が伝わってきた)。
この世界では――少なくとも王都では、読書は基本的に音読である。識字率が低いため、読める者が音読し、周りが耳を傾けるという、読み聞かせに近い少人数での読書が主流らしい。
『あ、でも、その島の人たちって、みんな文字が読めるんだよね?』
『小部屋での〈読み合わせ〉は、よくやってるよ』
写本の写しに誤りがないか、一人が原本を読み上げ、他が写本を目で追うというわけだ。自然と校正用語が出てくるあたり、ラノベを書いているというのは、本当なのかもしれない。
『よし、その門前の小僧作戦でいこう。気に入らないテーマのときは、尻尾を床に叩きつけるんだ。これは獣人がよくやる不満のジェスチャーらしい』
『それで、面白そうな本に取り替えさせるんだね? わかったー』
じんたは、さっそく行動を開始したようだ。
『でも、ヴィカラットのじーさんには、気をつけろよ。チャットのことはバレてないけど、俺たちとの関わりから、情報流出を疑ってくるはずだ』
ふるちんが改めて注意をうながす。
『じーさんは、俺たちのことを島の連中に話せない。お忍びでこっちに来てるわけだからな。だから逆に、じんたの勉強と俺たちへのリークを止めるため、どういう無茶な行動に出るか、まったく予想がつかない』
『そのわりに、じんたちゃんが王都に来ることには反対してないのよね。よくわかんない人だけど、あの人、図書館でどれくらい偉いのかわかる?』
『たぶん、この島ではかなりの若手。それだけ高齢の魔術師が多い。純粋なヒト種で、百歳を超えられるのは、この島の特殊事情かも』
ひととおりの計画を詰めた三人は、また夜をメドにミーティングを約束して、それぞれの作業に集中することとなった。
『こおまで尽力してもらって、あたしゃ感謝感激だよ~。なんか御礼したくて、辛抱たまらん。ふるちん、なんかほしいものあれば、おねえさんに言ってごらん』
『んなこと言われてもなあ。会いたいのは、こっちもヤマヤマだし』
『あらやだ、聞きました? 奥さん』
『奥さんじゃないけど、聞きましてよ、じんたさん。この子、素でタラシなとこありますわよ』
くすくすと女子たちの笑い声。
『おまえらのツボって、ほんとわからんなあ』
ふるちんは頭をかく。この世界には、カユミという感覚も存在するらしい。
『じゃあさ、あんた文章を書くのうまいんだろ? キャッチつくってくれよ』
『キャッチ? キャッチコピーのこと?』
『オレの生き方を総括して、短い言葉にしてほしいんだ。墓碑銘にできるようなやつ』
『墓碑銘って、縁起でもない……って、そっか、ふるちんは墓場からスタートしたんだっけね』
カルラが思い出す。
『ああ、オレの生れ故郷は墓地だった。自分が何をすべきか。自分の選択が間違ってないか。指針となる言葉があれば、いつでも問い直せる気がするんだ』
『ふふーん、それは会うだけじゃなく、ずっと一緒にいないとできない仕事だね。おっけー、このじんたさん、その仕事引き受けるぜい!』
◆ ◆ ◆
「じんたちゃん、落ち着いてたね」
「島の住人に
日はまだ明るかったが、時刻は夕刻である。
ふるちんらが学問所に戻ると、件の助手が現れ、シルベウスが会えると伝えた。
二人はすぐさま研究室へと通された。
「老師がなかでお待ちかねです」
助手がノックをすると、扉の向こうに、ばたばたと音がした。
部屋に入ると、室内には、よぼよぼの老人が立っている。
「初めまして、あたしはカルラ」
「こっちは、ふるちん」
待っていたというわりに、二人の挨拶に何の反応も示さない。
違和感を覚えたふるちんは、
ふるちん カルラ
室内には、二人の名前しか表示されない。
目の前の老人をターゲッティングすると、〈トルソー(破壊不可)〉とだけ表示される。
『トルソーってのは、あれか? 人間の胴体のことか? 猟奇死体?』
『裁縫に使うマネキンじゃないのかな。ほら、幾つか立ってるでしょ』
ふるちんが室内をみまわすと、魔術師の部屋というより、ここは服飾デザイナーの工房であった。
サイズもさまざまなトルソーには、大人用の夜会服や、喪服が飾られ、どれにも、まち針でたくさんのメモが留められてる。子どもサイズの豪奢なドレスも一着あるが、どれも女性用なのは、共通していた。
壁という壁が棚になっており、それを埋め尽くす色とりどりのアイテムは、平置きした本ではなく、布や巻き糸であった。
帽子掛けにある帽子も、魔術師然としたものは皆無だ。
貴婦人がかぶりそうな、羽根や、帆船のミニチュアや、レースをふんだんに使ったリボンのような飾りが目立つ。
『ともかく、なんかのイタズラだってのは分かる』
『どこかに隠れてるのかな。
『人が隠れそうな場所を試してるけど、スカってばかりだ』
アクティブなスキルは、一度行使すると一定時間、再使用ができない。手当たり次第に使えるものではないのだ。
『トルソーがお爺ちゃんに化けてるみたいに、本人も別の何かに姿を変えてるんじゃない?』
『なるほど、それは道理だ』
ゆっくりと室内を見渡す。
『明らかに怪しいものは、あるか? 俺は、ファッションとかに疎いんだ』
『あたしだって、この世界の服なんて、わかんないよ。一応、中世ヨーロッパを参考にしてるっぽいけど、思い切り近代モノも混じってるし。強いて挙げるなら、トルソーの緑のドレスかな。一つだけ子ども用で、しかもメモが何もついてないでしょ』
『なるほど』
『大人用の衣装は、どれも研究に関係がありそう。でも、このドレスだけは、とっさにイタズラを思いついたから、いちばん馴染みのあるものを題材にしたって感じかな』
『わかった』
ふるちんは緑ドレスの長そでを手に取り、片ヒザを着いて、うやうやしく
「お初にお目にかかります。シルベウス老師」
「こりゃまた、ませた子どもじゃのう」
声とともに服は女性の姿に変わり、ふるちんが手にしていたのは、女性の右手になっていた。
ドレスの中身が、トルソーから人に戻ったというべきか。
――こういう変化をなんて言うんだっけ。ぶんぶく茶釜……いや違うか。
「あたしゃあ、運命の
彼女の背丈は十二歳のふるちんよりも低いが、その妖艶な表情や、豊満なボディは、明らかに大人のものである。
くすんだ茶色の髪には、赤い宝石の原石をつけた
「さっきトルソーに挨拶しちまったけど、もっかい聞く?」
ふるちんのおどけた態度に、シルベウスが肩をゆする。
「なるほど、ミリオン嬢ちゃんが推薦するわけじゃわ」
「なるほど、ミリオンが亜人種を毛嫌いしないわけだ」
口ぶりからすれば、彼女はミリオンの知り合いである。家庭教師だったのかもしれない。そして、性格はおどろくほど柔和で友好的である。
種族はおそらくドワーフであろう。背の低さと筋力を活かして、採掘や石工として身を立てる者が多かったはずだが、研究職とは珍しい。
『これって、ドワーフというより、ウサギのドワーフ種なんじゃない? かわいいから、いいけど』
頭の上には、長めの
「魔法陣を探したいそうじゃな」
「ええ、今はそれが最優先です」
「しかし、これでは、わかりづらいのう」
水と指で描かれた羊皮紙をつまんで示す。
「紙とペンを貸していただければ、ふるちんが模写できますよ?」
「おうよ」
ふるちんが、お手本を見ながら、丸テーブル上で描き写してみせる。
普通はいちばん大きな丸から描くべきところを、またもや、上からジワジワとペンを加えていくのだ。
「これは器用な子じゃのう。画家のお弟子さんかの?」
「画家じゃないけど、この街の文化にとても興味があるぜー」
相変わらず奔放なふるちんの態度だが、いかにも子どもらしい容姿が、相殺して余り有る。
老師シルベウスも、会話の端々からその年齢不相応な知識を感じ、初対面ながら、すっかり入れ込んでしまったようだ。
――ふるちんって、男の子のわりに可愛い顔立ちしてるせいで、歳上にウケがいいのよね。〈
カルラがどう思おうとも、このゲームの〈
「てわけで、こんな魔法陣を見つけたいんだけど、心当たりはあるか?」
「そうじゃのう、専門外のあたしらにとっちゃ、魔法陣なんてどれも同じに見えるんじゃでね」
「おいおい」
「まあまあ。数百年前に
すでに声かけはしてくれた模様。
「図案にかぎらず、魔法陣って見たことあります?」
「古い建物には、床に掘ったものが残ってるさね。あんま人が入らない部屋ばっかだで、保存状態はいいじゃろ」
「人が、入らない?」
「むかしは儀式に使ってたんじゃないかね。そんな部屋はどこも狭くって、たいてい倉庫になっとるじゃろ」
「えぇ倉庫ですか? 何十年、何百年とものを入れっぱなしで、住人も魔法陣に気付いてなかったりしそう」
「こりゃ思ってたよりも、やっかいかもだなあ」
「図を見るかぎりは、かなり大きなモノかもしれんね。陣の中のこの文字は、本を模しておるのじゃが、実際に儀式でも、そこに本を置いたと記録にあるのじゃ」
「本? 普通のサイズの?」
「普通に考えれば、神典の寸法じゃな」
老師は、机に置かれた革製の綴じ本を見せる。
「グィジアン百十神の長であるオフィリス神の、死せるに顔に置かれたマスクに合わせて定められたからのぅ。この神典の大きさは、つまり千年以上前から、まったく変わってないはずじゃ」
「じゃあ、この魔法陣って、かなり大きいな」
「ふつうの家にはあるまいて。昔からの、それこそ数百年前から改築していない建物に絞るものじゃろうな。神殿や、城、王宮、うち捨てられた廃墟……」
ノック。ノック。ノック。
「老師ランパート様がいらっしゃいました」
助手が、新たな訪問者を、研究室に案内した。
入口をかがんで入ってきた男は、室内で一気に背が伸びたように見えた。
体躯は細身で、恐ろしく身長がある。シルベウスとは正反対の体格だ。
黒のズボンに、赤の光沢あるジャケットは、金色の縁取りがされており、白い胸元飾りとよく似合う。日本人の感覚だと、これからパーティーに赴くのかという風情である。
しかし彼を最も特徴付けているのは、鳥を思わせる白いペストマスクである。
「はじめまして、カルラです。こちらは、ふるちん」
二人の挨拶に対し、老師ランパートは、マスクの内側から大きなグリグリ目でもって一瞥しただけだった。
もしかすると何か言ったのかもしれないが、マスクのせいで聞き取れない。
彼は空いている椅子にどかりと座り、糸くずが舞う。
シルベウスが、「役者はそろった」といわんばかりに、三人の真ん中に立つ。
「ここで教鞭を執ってる連中は、みんな偏屈でね。研究費を寄付するってだけじゃあ、動かない。よっぽど面白い研究テーマを持ってくるか、面倒な仕事を肩代わりするしかね」
それを受けて、ランパートは、くぐもった声で、ただ一言を発した。
「
ふるちんは、首をかしげる。
「ランパート先生は象徴や印章を好むゆえ、言葉も大変に圧縮しとるんじゃよ。いまのは、孫が敵討ちしなくてはならず、心強い介添人を捜しているとのこと。冒険者ギルドに依頼をかけているが、荒くれ者ばかりで、信用ならんとも」
「なんで、いまので、そこまで分かるの」
「わたしが
ドワーフは総じて頑強なので、魔術師であっても、盾役を担えそうだ。
「果たし合いの日は、決まってるか?」
「二」
「二週間後じゃのう」
シルベウスが翻訳する。
「んー、それ何とかできるかもな」
「ツテがあるのかえ?」
「荒事に長けた連中には、心当たりがあるよ」
ふるちんは、盗賊ギルドの面々を思い浮かべる。最悪、ミリオンに兵士を融通してもらうのはどうだろう。
「何人くらい必要?」
「一」
「介添え人は、一人と決まっている。危うくなったら、助太刀可能じゃ。それと、仲間が見学に来るぶんには、何人でも良い。ただし、武器は服の中に隠しておくこと」
「その見学者の仲間の参入ってのは、もう裏ルールだよねぇ……?」
カルラが冷や汗を一筋。
「じゃあ、介添人はどうにか捜してみる。任せてもらえるか?」
ランパートが頷いたと同時に、その頭上にクエストのメッセージが表示された。
《クエスト:老師ランパートの孫の敵討ちを助けよ》
『見えたか、カルラ?』
とっさに、ふるちんはチャットで確認する。
『見えた。見えた。あたしにとっては、初めてのクエストだね』
『二人同時に受注したってわけだ。このクエストの発生条件って、何だろうな。魔法陣を捜そうとするプレイヤーなんて、めったに、いないと思うんだが』
『どうかなー。あのヴィカラットってやつ、ミリオンちゃんに関わったどのプレイヤーにも同じ話を持ちかけてるのかも知れないし、そもそもミリオンちゃんって、どのプレイヤーにも命を救われてるのかもしれないよ』
『ってことは、あの執務室は毎日修理してて、第三盗賊ギルドは、毎晩夜襲を受けてるわけだ』
まるで洋館に現れる幽霊が、毎晩、自分の死を再現するかのような。
多人数が同時参加するRPGで、この手のクエストは、かなり扱いが難しいと実感できる。
「じゃあ、こっちの相談にも乗ってくれるかな。魔法陣の件だけど」
ふるちんの確認に、ランパートがうなずく。
すでに簡単には話が通っているらしい。
シルベウスがペン書きした魔法陣を手渡した。
「大」
すかさずシルベウスが翻訳してくれる。
「大規模な術式なので、設置されているなら、大きな施設のはず。ただし、封印された部屋の可能性も高い、とのことじゃ」
「試験」
「魔法陣は、巨大な魔法仕掛けなので、どこか一部にでも
「それは助かります!」
カルラがぴょんと椅子から立ち上がる。
「待てよ、魔法仕掛けだって? あんた、この魔法陣が、謎の儀式用じゃなくって、何に使ってたのか知ってるのか?」
「移動」
「これに限っては、移動用の魔法陣。二つで一対を為す
「疑問」
「どうして、この魔法陣を探しているのか。そもそも、この文様は何を描き写したのか。それが疑問。その理由を知りたい。と言ってるのじゃ」
「うーん」
――これは、どこまで話して良いものだろうか。
この王国に、いろいろと
神々への冒涜、王室の侮辱、前時代の魔術への詮索などなど。
どれも明文化された法律として読んだことはないが、避けた方がよいというのは、空気でわかる。
とくに今回は、数百年前に沈んだはずの島、バルバデン=ギリウスとの往来を可能にする、とてつもない話なのである。
ふるちんの勝手な判断はためらわれた。
「俺はよくわからないけど、軍事機密っぽいな」
「そうか、残念じゃな。あたしゃあ、幻の島に行けるのかと期待したるんじゃが」
ふるちんの顔が、わずかに引きつった。
「幻の島……って?」
知らぬフリで問い返す、ふるちん。
「バル」
「お
『あそこって、魔法に特化した島だったのか』
『最先端の学問が集まる場所なのかもよー』
「じゃあ、この魔法陣がアタリだといいな。きっと便利な魔術だぜ。俺もなにか一つでも魔術が使えたら便利だなーって思うよ。さっきの変身するやつとか、超かっこいいじゃん」
「あれの良さが、わかるんだねえー!」
シルベウスが、ふるちんの手をとり、興奮してまくしたてる。
「坊や、見込みあるよ。やっぱ利発だねえ。あたしの弟子にしてもいいんだ。そうだ、今から弟子になるがいいよ。ランパート先生も異存ないじゃろ? そうら、魔術師のローブを用意してあげようね。ちょうど作り途中で、膨大な防御術式を編み込んだ服があるんじゃよー」
彼女がクローゼットから持ち出した服に、ふるちんは思わず見入った。
「これは……!」
その装束は、白を基調とする、しなやかな布に、ふんだんにレース飾りをあしらうことで高級感あふれる意匠を実現していた。
ところどころに施された金の
肩口はノースリーブだが、
ブーツは魔獣の皮を用いて、通気性を保ちつつも、十分な耐水性をもたせている。
杖のヘッドは、磨き抜かれた水晶をはめ込んだ真円で、その透明度は千里先を見通せるほどであった。
「ふるちん、これってさあ」
「頼む。皆まで言わないでくれ」
めまいを覚えて、ふるちんがこめかみを押さえる。
シルベウスが自信満々にお披露目した服は、二人のプレイヤーからすれば、どう見ても、魔法少女向けのドレスでしかなかったのだ。
「さあ、坊や~、今すぐこの服に着替えないと、魔法陣の捜索は始まらないんじゃぞえ~」
「待てっ、俺は男だ! そんなヒラヒラしたスカートなんてはけるか! ちょっ、待てカルラ、なんでおまえズボンを脱がそうと、やめれッッ」
ふるちん(十二歳)の悲鳴が、王立学問所の研究棟に響いていた。
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