第10話 同業者

《クエスト:警備隊長ミリオンの依頼を果たせ》


 それが警備隊長の頭上に表示されていた内容である。


「じゃあ、隊長さんと会って、お金を受け取るってのが、クエストの開始要因トリガーだったのね」


「まあ、結果的にはそうなるかな。《依頼を果たせ》ってのが、ちょっと曖昧すぎるんだが」


 カルラが祭りの盛り上げ仕事をやってきたおかげで、食卓には新鮮な肉や魚が山盛りになっていた。

 焼きたての肉を食べられるのは、かなりまれらしい。


 食わずとも死なない世界とはいえ、ウマいものはウマい。

 ことに、人の金で食う焼き肉は格別だ。


「で、これから、どうするの」


 もくもくと魚と野菜ばかり食べているカルラが、ふるちんに尋ねる。


「夜、連中が、大きな仕事で留守をしてるとき、家捜やさがしをして、暗殺計画の証拠を見つける」


「昼間はどーすんの? 寝てる?」


「睡眠は必要ないからなあ」


 否、睡眠の効能を確かめてみるのも一興か、と、ふるちんは考える。


 カルラの家には、寝具のたぐいはまったくなかったが、スタジオの敷物は、防音のためにフカフカである。そこに寝転がるだけでも、気持ちがよさそうだ。


「んー、あたしだったら昼間も内偵しておくかな」


「あそこ、市場と違って、よそ者は目立つぞ。俺のスキルじゃ昼間の隠蔽もどこまで効くか」


「でも夜行性の獣たちは、その時間たぶん寝てるよ」


「たしかに」と、ふるちん。


「よし、腹ごなしに内偵してくる」


 さっそく、ふるちんが立ち上がる。


「じゃあ、あたしも準備するね」


「来るの?」


「もちろん。こんな小さな子どもを一人であんなところにやるなんて、保護者として見過ごせるわけないじゃない」


 保護者という言葉に、ヒザの力が抜けそうになる盗賊。


「護身用の楽器はこれが小さくていいかな。姉弟っぽく、服もそろえようっか」


「いやいやいや」


 ふるちんは、竪琴リュラを奪い取る。


「あん」


「いまから行くところは、ヤバいとこなんだぞ。音の届かない距離から石でもぶつけられたら、どうするんだ」


「あー、楽器壊したなー」


 ふるちんが手元を見ると、弦が一本切れていた。


「す、すまん」


「この弦、めったに手に入らないんだからねー」


「だから、すまんって」


「ここらへんじゃあ、泥棒市に行かないとなあ」


「どこ、それ」


「貧民街のここ」


 カルラは、すかさず作業机にあった地図を食卓に置く。


「なんかすでに囲みがついてるんですけど?」


 ふるちんが昨晩歩いた地域は、自動的にマッピングが完了しており、それをカルラにもコピーした。共有のため、二人はすでに仲間パーティ設定も済ませてある。


「いつか行ってみようと思ってたんだ」


「やつらのアジトから、だいぶズレてるぞ」


「きみは白昼堂々、まっすぐ盗賊ギルドを目指すつもりかな?」


 ふるちんは、腰の短剣を片手で何度かカシカシと抜き差しする。

 鞘がガタつくので押さえているうち、考え事をするたびイジる癖がついた。


「ああ、そういうことか」


「はい、よくできました」


「あくまで泥棒市が目的で、途中ちょっと道を間違えて、アジトの前を通る。確かに、そっちのほうが自然だな。わかった。この切れた弦、借りてくぞ」


 楽器から弦をとりはずそうと、竪琴をひっくり返す。


「弦の善し悪しが分かるの? キミじゃニセモノつかまされておしまいだよ」


「どうしても付いてくる気か」


「弦が一本足りなくても、あたしの楽器はわりと戦力になるよ? それと」


 大きな革袋をどんと食卓に置く。


「はい、一日遅れだけど、誕生日プレゼント!」


 中に入っていたのは、かぎ爪、短弓、ピッキングツールなど、盗賊の七つ道具とも言える「いかにも」な便利道具ばかり。


 ふるちんが手にすると、どれも何となくだが、使い方がわかる。


「こりゃすごい。例の古物屋で?」


「さすがに、他の店もまわったよ。役作りの道具だって言い訳したから、そのうち本当に芸を見せてあげないとね」


「いや、これは使えそうだ。助かる。ありがとう」


 そして、その中でもとりわけ輝いて見える得物があった。短剣である。


 鞘は極端に折れ曲がったデザインだが、引き抜いてみると、刀身はゆるやかな曲線を描いている。


「初期装備の短剣とは、握りからして別モノだな。峰の文様もおもしろい」


 ふるちんは、すっかりその造りに惚れ込んでしまった。


「特殊な焼き方らしくて、錆びにくいんだって。同じのがちょうど二本あったから、あたしとおそろいってことで」


 カルラも色違いの鞘を腰にくくりつける。


「お、イケそうじゃん。昨日話した『究極Ⅳ』だと、吟遊詩人バードは金属武器を装備できないんだよねー」


 せっかくパーティーを組んだので、共通のグッズがほしかったらしい。ふるちんには、それがペア・アイテムのようで少しこそばゆかった。


「頼れる姉貴でしょ?」


「そうだな。じゃあ、一緒にいくか」


「行きまっしょい」


 新しい服や装備で一緒に出かける。

 これはゲーム世界でも、わくわくするイベントなのだ。


        ◆        ◆        ◆


 貧民街の境界線は、小運河の橋を越えてからだ。


 橋の手前と、貧民街とでは、建物の作りがまったく異なり、野良イヌの肥え方も、ネコの毛ツヤも大違いである。


「ここって、王都のなかでも特にふるい市街らしいよ」


 作ったはしから壊れていく木造のバラックが、住居の大半である。

 まばらに見える石造りの建物は、技術の拙かった時代のものだけに、一、二階建てがせいぜいだ。


 足下も大きな石を敷き詰めるわけでなく、土のままの未舗装である。


「わー、あんなボロいレンガの家があるよ。この国は地震とかないんだろうね」


「昨日歩いたときは、どこも屋根が穴だらけだったな。雨も少ないようだ」


 しかし、雨期ともなれば家の内外が水浸しになり、伝染病が流行るのは、もはや風物詩となっている。


「それに、橋を越えたとたん、通行人の目付きが怪しくなったねえ」


 カルラが楽器を抱える手を強める。


「知らずに迷い込んだ御上りさんが、数秒で身ぐるみ剥がれそうな雰囲気だ」


「あ、このゲームの戦闘システムが判明しないうちは、街の中で戦闘しちゃだめだよ」


「なんでさ」


「ゲームによっては、徳が下がったり、犯罪者になっちゃう。とくに『究極』シリーズは、『Ⅷ』や『オンライン』では、瞬時に衛兵とか飛んできて、まさに即死だったわ。煙と一緒に瞬間移動してくるの」


「即死? そいつぁ避けたいな」


 死のペナルティも明確でない以上、せっかく手に入れた軍資金や信用、スキルもろもろを失いかねない。


「とくにオンライン・ゲームは、PKプレイヤーキラーたちが仕様をうまく使って、一般PCプレイヤーを犯罪者に仕立ててくるのが上手いの」


「例えば?」


「そうね、同じ場所に立ち止まってニュースを叫んでる伝声官みたいなNPCがいるとしましょう。そのそばに、PKお手製の小箱を置いておく。たいていのPCは、誰かが捨てたと思って、中身を確認するの。そうしたら」


「そうしたら」


「どっかーん。なんとそれは、爆発する小箱なのでした。ダンジョンでモンスターに開けさせたり、パラライズ麻痺を解除したりな便利アイテムだけど、周りのNPCやPCがその爆発に巻き込まれると、罠を起動させた人の過失になるわけ」


「すると衛兵が飛んできて……」


 一発死にである。死体に残った装備は、そばに隠れていたPKが根こそぎ奪っていく。とくにアイテムや軍資金を大量に持っていそうな銀行前でやられると、被害も甚大になる。


「あたし、この『百王の冠』では、ずっと街の中にいたからロクに戦闘したことないし、ふるちん以外のプレイヤーにも会ってない。なにをしたらマズいのか、線引きがまだわかってないの」


「わかった、慎重に行動しよう。せっかくの短剣だが、今日は原則、使用禁止だ」


 ふるちんは、鞘をぺしりと叩く。


「そうと決まったら、さて、どっちから行きましょ」


「せっかくだから、未踏の地区を通ってマップを埋めていこう。あっちの方向なんてどうだ」


「ちょっと遠回りかなあ」


 あたりを見回す仕草で、初心者と見くびられたのか、さっそく、ふるちんらをゴロツキがとり囲んだ。


「なにか用?」


 保護者として、カルラが尋ねる。

 念のため名前表示オールネームで、NPCであることを確認する。


「ヨソモンがここを通るには通行料がいるんだ」


 リーダー格らしきモヒカンの男は、組んだ両手の指をボキボキと鳴らす。全ての指に、金属の指輪がニブく光っていた。


「じゃあ別の道からいくわね」


「おっと、こっちは工事中でね」


 二人の行きかけた方向を、禿頭の男がふさぐ。


『こいつら、面倒くさいな!』


『たぶん銅貨の数枚で引き下がると思うけど』


『そりゃ、もったいない』


 チャットで会話をしつつ、ふるちんは、両手を肩まで持ち上げて、無抵抗のポーズ。


「おっさん、俺たちゃ泥棒市に用があるんだ。客はもっと大事にしたほうがいいぜ」


 だが、見かけ十二歳の子どもを、男達は相手にしなかった。


「泥棒市に、このねーちゃん売りにいくのか?」


 モヒカンが、カルラの帽子に手をかけ、


「なんで片目を隠してんだ。なあに、どんなんでも、好きモノの客がいるからよ」


 その髪に触れようとしたとき、


「ただのクソガキじゃあ、ねえな」


 抜かれた短剣が、モヒカンのノド元に突きつけられていた。刃先と首筋と隔てているのは、モヒカンの分厚い右手のみだ。


「いい反射神経してるじゃねぇか。そっちも、ただのゴロツキじゃあねぇな?」


 ふるちんが不敵に笑う。

 モヒカンは金属の拳鍔ナックルダスターを握りこんで、刃を防いでいた。指輪ではなかったのだ。


わりぃな、怪しいヤツあ一度試すのが、こっちの流儀なんだ」


 モヒカンがカルラから離れ、男達は道をあける。


 ふるちんは短剣をおさめる。


「こっちはナミダ橋のタンゲってんだ。歓迎するぜ、チビと姉ちゃん」


 ふるちんは答えず、片手をふるだけで通り過ぎる。


「え、なに、いまのやいばのやりとり。裏稼業だけに通じる符号的なあいさつ?」


 なにか閃いたのか、胸元から布を取り出すと、カルラは歩きながら黒チョークでメモを取り始める。


「うわー、たぎるわー。詩が浮かんでとまらないわー」


「おまえも、さ」


 ふるちんが口をとがらせる。


「少しは手を払うとかしろよ」


「え、なに? あたしがピンチで焦ってくれた? それとも、あたしが他の男に触られるのがイヤだったとか? かわいいなー」


 がしがしと頭をなでてくる手を、ふるちんは乱暴に払う。


「ガキ扱いすんなって」


「えー、だって見た目も行動も、てんでガキじゃーん」


「ガキじゃねーよ、中身は立派な社会人だっ」


「この世界は義務教育ないから、ガキでも立派に働いてるんだよー」


 にぎやかな二人を見送りながら、モヒカンは男達に指示を出していた。


「間違いねえ、昨日のガキだ。あちらさんの用事が終わったあとで、丁重にお迎えしろ」


けやすか」


「やめとけ。どうせまた、この橋を通るだろうよ」


 ビシュッ。


 モヒカン男タンゲの拳が、貧民街の濁った風を切り裂く。


「煉獄の鬼も泣いて詫びる、この泪橋をよ」

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