第9話 はじめてのクエスト

「冷めたスープも、なかなかイケるでしょ」


「ああ、疲れた身体に染み渡る」


 カルラの家で、夜食とも朝食ともつかない食事を得て、ふるちんは、どっと疲れが追いついてくるのを感じていた。


「二階では火が使えなくてね。今度、お椀に入れるサイズの魔石でも買っておくよ」


 火の魔石なら、鍋に入れる焼き石のような使い方ができるらしい。


「あとは、あの隊長さんに、どう知らせるかだな」


「ミリオン隊長の部屋は分かってるんでしょ?」


「ミリオンっていうのか?」


「うん、姫隊長とかって、街でもファンが多いよ。あんなんで、お城の武闘会で優勝してるから、剣だけなら、めっちゃ強い」


「舞踏会に、なんで剣が」


「ダンスじゃないよ。ファイトのほう」


「あんな華奢きゃしゃな身体つきで、とんでもねー女だな」


「そんなに細い? 軍服姿を見てると、そうでもないけどなあ」


「肩パッド入りのガチガチの軍装だと、あれでもイカツく見えるんだよ。中身は中学生かってくらい細いぞ」


 ふるちんは昨日の様子をかいつまんで話した。


「そんなんなのに、あのコ、使う得物は細剣とかじゃなくって、段平ブロードソードなんだよ。いてるの見たら分かるけど、この時代の段平って、めっちゃ幅広だよ。ありゃ鈍器だよ。あれ振り回して、近衛のトップ騎士にも勝ってるんだもん。パワーはないみたいだけど、技だけなら王国最強じゃないかな」


「うわ、男女混合の試合とかありえねえ」


 体格と武器のアンバランスさを積極的に肯定するのは、いかにもギャップ萌え好きな日本のRPGであると、二人の意見は一致する。


「〈ちっこい身体で巨大武器〉ってのを流行らせたのは、やっぱ『ファイナルファンタジーⅦ』の影響か?」


 ふるちんは国内でも超ヒットしたRPGのタイトルを持ち出す。


「お、ふるちんも懐ゲー知ってるじゃん」


「ありゃ現役だろ。しょっちゅう関連ゲームが出たり、キャラが出張してるぞ」


「確かに人気が根強いねえ。あたしもデカい武器は好きだけど、漫画の『ピグマリオ』とか『ベルセルク』でハマったクチかなあ」


 どれも、ふるちんの知らないタイトルばかりだ。

 脳内データベースをほじくり返しても、該当がない。


「萌えに限定しなくていいなら、けっこうさかのぼれると思うよ。少年マンガだと、ギャグみたいに大きな武器は、その場のノリだけでぽんぽん登場してた気がするから」


「すると、あの隊長さんの武器はまだ常識の範囲内か。っかし、百万ミリオンとは、変わった名前だな。ゲームタイトルの『百王の冠』と関係あるのかね」


「キミに変わった名前って言われるのも、納得いかないんじゃないかな」


 カルラは木製の食器を片付けはじめる。

 くみ置いた水に漬けておくだけで、数分後にはキレイになっているそうだ。このあたり、適度に簡易化されているのか、単に雑なのか判断しがたい。


「たぶん名前に関係はないよ。シナリオ担当の語彙が貧困なだけでしょ。このゲームの人名って、あたしの見た限りでは、すごい適当。英語、ドイツ語、ギリシャ語、イタリア語、ロシア語、ジパング……ぐちゃぐちゃだもん」


「王都だから、人種が混交してるだけかもだぞ」


「たぶん、そうじゃないよー。シナリオ書いたの中学生なんじゃないかな」


「ひでえ、推論だな」


 確かにここまで、世界観らしいものは何一つ提示されておらず、物語っぽい展開もイベントも皆無だ。


 それが何でもアリ型の自由なMMORPGだと言われれば、なるほどと納得できるのだが、いろいろなゲームに通じているカルラの説には、なにか別の根拠があるようだった。


「ともあれ、ごっそさん」


「お茶飲む?」


「いや、ゆっくりする前に、用事をすますよ」


「正面から『あなた命を狙われてますよ』って伝えにいくの? 信じるかなあ」


「まあ、気にはとめてくれる策はある」


 ふるちんは窓枠に足をかける。


「ちょっと、ちょっと、真っ昼間からショートカットするつもり? この家には階段ってのがあるんだけど」


「そーだっけ? 初めてきたときは、まともに意識がなかったもんでね」


 窓の上枠に手をかけると、両足を蹴り上げて屋根にひっかけ、両手を離したときには、ふるちんの全身がすでに屋根の上にあった。


『器用だなあ』


 カルラから、ふるちんにチャットが届く。


『お昼までには帰ってくる?』


『どうかな。最悪、牢屋に引っ越しになりそうだ』


『そんときは、差し入れ持ってくよ。ここの牢屋は、お金さえあれば、わりと快適に過ごせるそうだから』


『なんでも知ってるな、カルラは。さすが一ヵ月早くログインしただけはある』


 かすかな足音が遠ざかっていくのを、カルラは心の中で見送る。


「あいつ、芋づる式にクエスト引っ張ってきちゃうタイプだね。よりによって、一番の大物を釣りにいっちゃうんだもん」


 汚れがクリアされた食器を片付けながら、カルラは大きくアクビをする。


「さーて、盗賊向きの装備でも、市場で見繕っておきますか。あとは……旅支度かな?」


        ◆        ◆        ◆


 正々堂々、要塞の正門に向かった〈少年盗賊〉ふるちんは、あっさり門兵たちに止められる。


「ミリオン隊長に、折り入ってお話があるんだけどなー」


「それが折り入る態度か。手紙なら係がチェックしたあと、渡してやる」

「紹介状もなしに、そのまま会えるわけないだろう?」


 彼女に会いたがる連中は、普段から多いらしく、兵士の対応も手慣れたものだ。


「隊長、今は街を警邏けいら中っすかね」


「軍の行動は秘匿されている」


「そっすかー、じゃあいったん帰りますわー」


――しゃあない。また窓から入るか。


 ふるちんは、人気のない場所から石壁を登り、旗竿を伝い、昨日と同じ執務室の窓に張り付いた。


 白昼とはいえ、ちょうど日陰になっているため、ふるちんの隠蔽ハイディングスキルであれば、まったく気付かれない。


 名前表示オールネームコマンドで、室内に少女がいることは確認済みだ。


 上げ下げ窓を上にすべらせ、身体を潜り込ませると、書類に目を通している少女の背後に立つ。


「宰相閣下も、また無理難題を」


 ミリオン隊長が羽ペンを手にしたので、ふるちんは、すかさずインク壷を隠した。すぐそばにいるのに、気配を殺した盗賊の存在を、少女は気付かない。


「おや、インクが……。おかしいですね。昨日こぼしましたが、ちゃんと戻したはず。というか、今朝もボクは書き物をしていましたよね?」


 なんとボクっ子だった。


「インクなら、ここだぜ、隊長さん」


 ふるちんが話しかけたので、隠蔽ハイディングが解除される。


「あ、ありがとうございま……あなた、どなたです?」


 ぽかんとした顔で、ミリオン隊長が少年を見上げる。


「〈少年盗賊〉ふるちん。今日は、あんたに大切なことを知らせにきた」


「ふる……なんですって?」


「昨日も会ってるんだけどな。ほら、街のみんなのボコられてたの俺だよ」


「ああ、あの時の。ずいぶん人相が違ってますね」


「こっちが素だよ」


「それより、どこから入ってきたんです。手前の部屋に、副官のガウスという者がいませんでしたか」


「いや、俺はあっちから来たんだ」


 ふるちんの見やる方向に、ミリオンも目を向けた。窓が開いたままだ。


「あそこから?」


「あそこから」


「ずいぶん狭いですが」


「俺なら通れる」


 少年の体躯を確認して、ミリオンは「たしかに」と納得する。


「いつからいました?」


「ちょっと前かな」


 少女はわずかに顔を染める。


「本当に盗賊シーフだったんですか! とんだ不法侵入ですね。斬られてもおかしくないですよ」


 女性の部屋に忍び込むのは少々失礼だったと、今更ながら、ふるちんは気付いた。


「斬るって、どうやって? あんたの剣なら、俺が預かってるよ。ほんと、あの壁は気が利かないなぁ。愛用の武器を預けるのは考えた方がいい」


 少年の手には、装飾のほどこされた鞘のまま、少女の剣が握られている。


 ふるちんの見かけは、ミリオンよりも幼い。しかし、大人びた話し方といい、警備隊長に気取られず近づく手練といい、年齢不相応の人物であることは明らかだった。


 ミリオンは怒りと羞恥と警戒とがないまぜになって困惑を隠せない。

 だが、そこに恐怖という感情が皆無であることを、ふるちんは察していた。


「あなたがタダ者でないのは、よくわかりました」


「それは重畳」


 ふるちんは剣をミリオンに手渡す。

 彼女がその気になっていれば、どのタイミングでも、容易に剣を奪い、少年を斬り捨てていただろう。


――こりゃあ、たいしたタマだ。賊を殺すのに、それがたとえ子どもでも、なんの躊躇もないって人間だ。よほど場数を踏んでるか、覚悟の度合いが違うな。


「重要な情報があるんでしたね。聞きましょう。飲み物でも?」


「いや、あんたにだけに伝えたい。あんたのその心臓から……」


 ふるちんは、ぶしつけに彼女の胸を指さす。


「あっちの市街――貧民街の東の壁際にまで、まっすぐ赤い糸が伸びている。暗殺者アサシンの巣窟にだ」


「赤い……糸?」


「あんたには見えてないようだが、俺には特別な盗賊シーフスキルがあって、それが見えている。あんたを標的にしているのは、貧民街の暗殺者アサシンルィジーってヤツだ」


「確かに東部の貧民街は、犯罪者の巣窟です。危険な盗賊ギルドが、少なくとも三つはありますね。そこの構成員の名前はわかっていませんが、おそらく偽名ばかりで、名前など無意味なのでは」


 ギルドは実在したらしい。ただし、この世界に来たばかりの初心者プレイヤーが、無傷でたどり着ける場所ではなさそうだ。


 ギルドはもちろん看板なんて掲げてはいない。

 そもそも、貧民街には住所などなく、目印にできそうなものは、すぐに壊され、奪われ、刻一刻と街が変化している。

 馴染みのない者が迷い込んだら、とても無事には出てこられない。


「警備隊長なのに、それを野放しにしているのか」


「盗賊たちは、あの近隣の経済を支えています。下手に踏み込めば、住民全員が敵にまわりかねない。危険すぎて、警備兵だって、小隊未満では決して入ってはいけない地区なんです」


「そのヤバい連中が、今まさに、あんたの命を狙っている。やつは昨日もあんたを望遠鏡で観察してたようだ」


「貧民街の大掃除を準備しているのは、公然の計画ですからね。そういうこともあるでしょう」


 己の暗殺計画を淡々と語る悠長さに、ふるちんは、いらだちを覚えはじめる。


「ルィジーに賞金をかけるってのは?」


「さすがに証拠がないと。執務を遠くから覗いていたからと手配をかけては、圧政をしく暴君とかわらない」


「証拠は……じゃあ、あんたが実際に襲われるまで待つって? 順序が逆じゃねえかよ」


「あなたの情報はありがたく思います。しかし」


「俺みたいな初心者盗賊シーフに忍び込まれて気付かないような甘ちゃんが、手練れの暗殺者アサシンから逃れられると本気で思ってるのか?」


 ミリオンが言葉を詰まらせた。

 自分がこの隊長をいじめているような格好で、ふるちんは面白くない。


「あー、わかったよ。俺のほうで、もう少し説得力のある暗殺計画を調べてくる。はかりごとの証拠さえあれば、対応できるんだろう?」


盗賊シーフなのに、ギルドの仲間を売るんですか?」


「俺はどこのギルドにも入っちゃいないし、そもそも殺しはしない流儀だ」


 というか、ろくに盗みもしたことがないのだが。


「それでも、今後の調査は、我が隊で実施します」


「ここまで侵入を許すようなザル警備の軍隊に、防諜に向いた人材があるのかってんだよ」


 ミリオンは、また黙り込む。パラメータを武術に振りすぎて、口論はてんで苦手らしい。


「ああ、そうか。たしかに俺は、今日はじめて話をしたばかりの人間だもんな。信用しろってのが、そもそもおかしいか」


「ありていに言えば、そうなります」


 わかってくれましたか、という表情をする。実にわかりやすい。


「でもなあ、見過ごすわけにはいかないしなあ」


「あなたは、自分が危険なことをしている自覚はありますか。あなたの言うことが本当なら、あなたは貧民街を敵にまわし、命を狙われかねない。もしウソであれば、今度は王都の全軍隊に追われる。あの吟遊詩人バードさんも同罪です」


「そりゃヤバいよ。よく昨晩はルィジーに気取られなかったって思ったし、あれが罠だった可能性は、否定できない」


「なら、どうして」


「でも、あんたを見て放っておけないって思っちまったんだよ」


「だから、どうしてです」


「なんでだかなぁ」


 そうだ。こいつは、会社の後輩にそっくりなんだ。

 こんな俺でも先輩先輩と慕ってくる新卒のガキ。


 もうずいぶん会ってない気がするが、よく考えたら現実リアル時間で昨日も会社で仕事をしているし、ゲーム時間でも一日しか経っていない。


 仕事とは言え、こんな異世界に放り出されて、とたんにホームシックになっちまったようだ。


「もともと、この街中を探索するのは決定事項なんだ。せっかく盗賊シーフやってんだ。貧民街の潜入調査ってのも悪くないな」


 ぶつぶつと言い訳を整理する少年に、ミリオンもしだいに警戒をゆるめる。


「いいでしょう。あなたを密偵の一人として雇います」


 重厚な執務机の引き出しから、菓子でも与えるかのように布袋が取り出される。


 大きさから、貨幣で五十枚はあると、ふるちんは察する。


「いいや、別にあんたから礼が欲しいってわけじゃない」


「活動資金として受け取ってください。この貨幣は、王国中で使われているユニコーン銅貨ですから、足がつきにくい。貧民街でも表通りなら怪しまれずに使えます」


 よく考えれば、ふるちんは初期装備の銅貨数枚しか持っていない。


「そっか、そこまで言ってくれるなら有効に使わせてもらう」


 袋を預かると、ずっしりとした重みが伝わってきた。


「次からは、いきなりこの部屋に入らず、せめて手前の副官の部屋から訪れてくれませんか。ガウスにはよく話しておきますので。いや、許可証も渡しておきましょう。ガウスが不在のときでも、守衛が通してくれます」


 ごわごわした羊皮紙を一枚つかむと、さらさらとミリオンは羽ペンで走り書きする。ふるちんの知らない文字だった。


 それだけでは怪しまれると思ったのか、隊長はご丁寧に封蝋を垂らし、自分の指輪の印章を押して、蝋印としたのだった。


「扉向こうの守衛が顔を覚えるまでは、これを持ち歩いてください。他の人には決して使わせないよう」


「おっけー、わかった」


 それを受け取った直後、ミリオン隊長の頭上に、クエスト開始の文字が輝いていた。


《クエスト:警備隊長ミリオンの依頼を果たせ》

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