第5話 その女、グランドマスターにつき

 自称〈隻眼の吟遊詩人〉カルラの奏でる行進曲は、〈少年盗賊〉ふるちんの身体を操って、じりじりと奥の部屋へと近づけていく。


 抵抗するにつれ、チキチキと上昇しているスキルがあった。


――音楽耐性か?


 と思いきや、よく見れば鑑賞アプリケーションスキルである。


「理解を深めてどーすんだ! 効果が強まっちまうだろう!」


 ドア枠をつかんで最後の抵抗を試みるのも、わずか数呼吸。


 両足が全力謀反中のふるちんは、すぐに薄暗い室内に入り込んでしまった。


「うひぃあ」


 ずぶずぶと足下から沈んでいくような感触に悲鳴を上げるが、少年の声は虚空へと吸い込まれる。


 ここは異世界なのかと周囲を見まわせば、ぼんやりと壁が見える。そして、その一面には、おぞましくも黄褐色の生物がむらがっていた。


 天井から垂れているのは、怪しい球根や、干からびた魚のようだ。


 部屋の奥には、大きな祭壇のような影もある。


「ここは、魔女の呪い部屋か……!?」


「言い得て妙、ってとこね」


 足が固まったままの少年の真横を、楽しげな足取りでカルラが通り過ぎる。


「天に祈り、啓示を待つあたりは、似たようなもんよ。ここは、あたしのプライベート・スタジオ」


 カルラが厚布を左右に開くと、室内に日の光が差し込み、その全容が明らかとなった。


 彼女の立つ窓に向かっては、どっしりと大きな机があり、その上に横置きの弦楽器が置かれている。


「これもハープだよ。金属加工のスキルがないから、弦には羊腸を使ってるんだ」


 ぽろりんと、つま弾く。


 それを合図に、ふるちんの両足の呪縛が解ける。


「いちばん苦労したのは、防音だね。大通りから外れているとはいえ、八百屋さんの二階だもん。昼間はお客さんが多いから、外からの喧噪を遮断したい。みんなが寝静まる夜は、演奏を音漏れさせたくない。だから、すごい工夫したんだ」


 カルラに促されるまま、ふるちんは改めて部屋を見回す。

 なるほど、太陽光で禍々しさは薄れているものの、そこには依然として奇妙な日曜大工のなれ果てが広がっていた。


「はじめ木の壁に石膏を塗ってみたんだけど、音漏れはしないかわりに、部屋の中で、音がキンキン響いちゃってさ。で、今度は上からコルクマットを貼ったんだよ。コルクってさ、ここいらじゃ生産されてないみたいで、すごい貴重でねえ」


「たしかに、それっぽい香りがするけど……コルクを覆い隠しているほど群生するこの黄色いスポンジはなんなんだ」


「カイメンだよ。王都は海が近いから、ときどき拾ってくるんだ。水洗いして陰干しして……いいかげんに処理するとムシがわいて大変だったよ」


「あんなキモいのを、吸音材にしたのか」


 そして、ふるちんが立っていたのは、足首まで埋まるほど柔らかな敷物である。


「足音がしないもんだから、はじめは下のオバちゃんたちが、しょっちゅう声をかけにきてたよ」


 この一ヵ月、材料を集めに出かけるとき以外は、ほとんどこの部屋に閉じこもって、内装工事に明け暮れていたらしい。


「なるほど、これが吟遊詩人バードか」


 旅を愛し、歌と詩を愛するクラスと聞き及んでいたが、目の前にいるのは、〈動かない〉吟遊詩人と言えるだろう。


「イスは、座り心地にこだわって、王都一の職人さんに一品物を特注したんだ。ヒジ掛けの上げ下げができるんで、キタラを引くときも便利だお」


「天井から吊してあるニンニクや、イワシの干物は、なんのつもりだ」


「この部屋、吸音にこだわりすぎて、今度は音の響きがイマイチなんだよね。だから、いろいろブラさげれば、音の反射を調整できるかなって」


「だったら、普通に板でも吊せばいいのに」


「うーん、木材加工のスキルを上げるしかないのか」


 どうしてファンタジー世界くんだりまで来て冒険もせず、内装工事などにハマったのだろうか。ふるちんは、率直に疑問をぶつけてみた。

 

「そりゃあ音楽やってる女のコはねえ。誰でも自分だけのスタジオをもつのが夢なんだよ。狭くていいの。自分がギリギリ一人座れて、あとはキーボードとパソコンとスピーカーさえ置ければ、なんとかなっちゃうの。でも、そんなささやかな一国一城が、なかなか持てないんだよねえ、みんな」


 この国には、パソコンも、モニタも、スピーカーも、ターンテーブルもないが、ゲーム世界ならではの音づくりが、驚くほど多彩に実現できるのだという。


「やっぱ制作者のこだわりっしょ。そもそも、この世界はね、五つの力で支配されているんだ」


 木火土金水、あるいは五大元素という言葉が、ふるちんには思い浮かぶ。


「まず〈魔力〉」


「思ってたのと違った」


「そして、剣や拳による〈物理力〉」


「まあゲームだから、それもありか」


「次に、音楽や詩による〈芸術力〉も、同じくらい大切なんだよ」


 まるで、図書館の分類のようだ、と少年は考えた。せっかくの五大という数字の神秘性に、そぐわないことこの上ない。


「そういう知識って、どーやって手に入れるんだ? ガイダンスで聞いた覚えがないし、事前にゲーム雑誌なんかに紹介されてたのか?」


 ふるちんは、何ごともマニュアルや仕様書の全てに目を通してから、行動にうつるタイプだ。AIによるヘルプ機能が充実した昨今では、極めて珍しい性格といえる。


 たまにゲームをするときも、先に説明書を熟読する。冒頭のチュートリアルなど、録画することもある。本人は職業病だと主張するが、いまどきそんなことをする人間は、ゲーム動画の配信マンか、攻略本の編プロ社員くらいだった。


「んー、知識ねえ」


 カルラはアゴ先に手をそえて、考えこむ仕草。


「職人さんや、楽器屋さんと世間話をしてたら、身についた教養……ってのはどう?」


「どう?って言われてもな」


 その言い回しにザラつきを覚えるが、彼女が変わり者だというのは、すでに了解済みだ。


「ゲームでの音楽スキルの扱いが、とんでもなく優遇されてるのも、この世界観のおかげだと思うんだね。でも、ここまでやりこむ音楽好きじゃないと、そのすごさに気付けないってのが、もったいないかな」


 だからこそ、初めて他のプレイヤーと遭遇したというのに、まず嬉々として語りはじめてしまったのだろう。


 このまま地道に活動を続けていれば、コミュニティでは〈音楽スキルの伝道師〉という異名で語れ継がれるはずだ。


「でも、この一ヵ月で極めすぎちゃって、演奏スキルがもう上がらないんだよねー。もっと、いろいろチャレンジしたいのに、種族の限界を痛感しちゃうよ」


「スキルがカンストしてるってことか?」


「そ。あたしの全身像ペーパードール開ける?」


 言われて初めて、彼女の詳細画面を見た。

 そこには、


   〈隻眼の吟遊詩人〉カルラ


   偉大なる音楽家グランドマスター・ミュージシャン


 と、称号のようなものが付加されていた。


「これって、やっぱ凄いんだよな?」


「どーだろ? まだゲームバランスが無茶苦茶だからねえ」


「でも、ネットでも攻略情報なんかまったくないんだろ? 頑張ったんじゃないか」


「いろいろ大変だったけど、好きでやってることだから、ツラくはなかったよ」


 でも、と言葉をつなげる。

 

「でも、頑張ったんだと思う。偉いぞ、あたし」


 胸元で、小さくガッツポーズ。


 この全身像ペーパードールは、NPCにこそ目視されないが、通り名や称号は、評判という形で住民には認識されるという。


「だったら、それなりに知られた音楽家として、界隈でも恐れ敬われるんじゃないのか、普通」


「いまんとこ、権威も尊敬もない、ただの旅の音楽家だよ。近所のガキどもから、タメ口で演奏をせがまれるくらい、気安い吟遊詩人だね」


 その親しみやすさに、先ほどは助けられたわけだと、ふるちんは独りうなずくのだったが、


「仕様と、実装の乖離……か」


 と、つい職業的な懸念を抱いてしまう。


「ん? ふるちんってITの人? 小さいのに偉いねえ」


「小さいって言うな」


 頭をなでようとするのを回避。


「カルラって、やっぱ現実リアルでも音楽系の仕事やってるの?


「半分、見習いだけどね。大宮や池袋で、路上ライブやりつつ、時々、ソシャゲーの曲を引き受けたり」


「そうか。納得した」


「ん?」


「その髪が銀色で、半分だけ目隠れしているファッションがさ」


「ああ、これ? うん、たしかに被ってる子、わりと見かける。記号が多いほうが覚えてもらえるし、ステージ映えするかなって」


「てっきりゲーム業界の人間だと思ってたんだ。妙にゲームに詳しいし」


「あー、違う違う。それは、小さい頃から、兄貴が古ゲーで遊ぶの隣で見て育ったから。まあ、たしかにゲーム音楽の仕事をするから、そっちに知り合いは多いよ。このベータテストのアカウントだって、そのツテでまわしてもらえたんだし」


 互いの素性が漠然とわかったあたりで、ふるちんは窓の外が暗くなっているのに気付いた。


「もう、夜か。いろいろ勉強になったよ。今日は、そろそろお開きにする」


「軟弱だなあ。ま、いつでも来てよ。歓迎するから」


「ああ……」


 ふるちんはきょろきょろと、周辺に視線を動かしている。


「……どうしたの?」


「このゲームって、どうやって、ログアウトするんだ?」


 彼がメニューのどこを探しても、それらしきボタンもアイコンもまったく見当たらないのだ。


「特定の場所でしかログアウトできない? それでも、グレー表示くらいはあるだろうし」


「ログアウトかあぁあぁあぁ」


 カルラは、しばしイスごと回転して思案をめぐらせていたが、


「わかんない! だって、あたし、ログアウトしたことないもん」


 と、衝撃の事実を伝えた。


――あ、これ絶対に説明書を読まずにゲームするタイプだ。


 ふるちんの冒険は、いま始まったばかりだった。

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