面倒くさがりさんと恐がりさん

キノカド

まことの話

「めんどくさい。動くのも食べるのも話すのも息をするのも、生きるのも、めんどくさい」

「じゃあ死んでしまえばいいって? そんなこと僕だってわかってる。でも何度死のうとしてもそこに座ってる親友が邪魔をしてくるから、死ぬのもめんどくさくなってしまったんだ」

「ほら、誠のせいで僕が異常みたいな目を向けられているじゃないか。責任を取ってくれ」

そう言って親友は俺の方をジロリと睨む。俺はそんな親友に微笑みかけて

「ごめんって」

と言えば、真琴は謝ったって殺してはくれないくせに、と呟く。そうだけれども。

 先程まで真琴の話を聞いていた青年は青い顔をして何処かへ行ってしまっていた。そんな事、気にもかけずに俺たちはいつものように砕けた口調で駄弁る。

「何を言っても真琴を殺すことはしないからな」

と俺がジ真琴を睨めつければ、

「誠は僕という親友を失うのが恐いだけだろう? 恐がりだね、知ってたけど」

と言われる。どきりとした。真琴の言葉が図星だったからだ。俺はたった1人の真琴という親友を失うことを死ぬほど恐れている。

「当たり前だろ。俺は唯一の親友を失いたくない。だから2度と死にたいとか言うなよ」

心の底からの言葉だ。真琴を失って生きていけるのか、自分でもわからない。

「それは約束できないな。誠はずるいことを言ってる。自分だって死にたいと思っているくせに僕にはそれを許さないなんて」

その言葉に固まってしまった俺を、真琴はゆっくり視線を上げながら見つめる。真琴の顔に浮かぶ表情は無。何を考えているのか、恐くなる目だ。

「そんな恐がんないでよ。僕は誠が思っていることを口に出して突きつけただけだよ」

「なん、で」

喉が、言葉が詰まって、掠れた声が出る。そんな俺に真琴は表情筋を動かすのも面倒だというように無表情で答える。

「会った時から誠が極度の恐がりってことは知ってたよ。誠も大概面倒な性格だよね。僕と同じ名前の人間だとは思えない」

俺もそう思う。でも真琴が面倒くさがりなのも一つの要因だと思う。

「お前だって面倒くさがりのくせに性格面倒じゃん」

「くせにって文脈おかしいと思う。言っとくけど、僕は誠ほどじゃないから。死ぬのが恐いからこそ生きるのも死ぬほど恐いって何なの? 誠は只でさえ馬鹿なんだから難しく考えんなよ」

真琴はため息をついた。ため息をつきたいのはこっちだ。今、俺はどんな顔をしているのだろうか。それすらも分からない。だって、気づいてないと思ってたんだ。生きていることが死ぬほど恐い。死ぬことが恐くて、恐いからこそ死が必ずある生を恐いと思ってしまう。そんな事を思ってるなんて、人の思考を読む事も面倒だと言い切る真琴が気付くなんて、この先もずっとないと思ってたんだ。

「……そんなに変か?」

不安だった。恐がりすぎて変だ、と真琴に、親友にまでそんな事を言われて、普通に生きていける自信がない。

「死が恐いのも当たり前。そこで不老不死を望むんじゃなくて生きていることを拒む誠の方が僕は好きだけど」

「……お前なんなの? かっこよすぎて意味わかんない」

肯定されると思ってなかったからかなりときめいた。なにこいつ、かっこよすぎかよ。不安だったのに一気に吹き飛んだわ。

 このまま真琴がかっこいいだけで終わるのは癪に触るので、他の話題に変えることにした。

「てかさ、真琴って極度の面倒くさがりじゃん。話すのもめんどくさいってはっきり言ってたけど、俺と話すのもめんどくさくない?」

これは素朴な疑問。ずっと不思議に思ってたからこの際聞いてみようと思ったのだ。返ってきた答えはなんなんだって思ったけど。

「正直、話す事はめんどくさいって思ってるけど、誠と話す事自体をめんどくさいって思った事はないよ。誠と話すのは楽しいし」

誠はなんでもないかのような顔で言い切った。そこら辺にいる男子より真琴の方がよっぽどかっこいいと思うのは俺だけか?

「なんなの、お前。かっこいい事言わないと死んじゃう病気なの?」

「薄々感じてはいたけれど、誠って馬鹿だよね? かっこいい事言わないと死ぬってどんなだよ」

真琴はケタケタと楽しそうに笑う。

「馬鹿は余計だ。……そうは言ったって、真琴は死にたいんだろ。どんだけ俺と話すのが好きでも、生きるのがめんどくさいって理由で死のうとするんだろ」

もはや疑問でもない。真琴は俺が真琴と話すようになってからでも自殺未遂を繰り返していた。寧ろ俺と出会ってからのほうが酷くなっているのではないかとすら思っている。最近はあまりにも俺が邪魔をし続けるせいで死ぬ事すらめんどくさくなったらしいが。

真琴は少しバツが悪そうに視線を逸らすが、少しすると辛そうに口を開いた。

「誠と一緒にいるのが楽しいから死にたくなるんだよ」

「は? どういう意味だ」

考えるより先に口から言葉がでてしまった。楽しいから死にたくなるとは一体どういうことなのだろうか。

「そのままの意味。今まで楽しいなんて感じたこともなかったのに誠といるだけで楽しいと感じるんだ。これがどういうことか、分かる?」

「そんなに楽しいと思ってもらえて俺も嬉しい。が、どういうことか、については全くわからない。楽しいのが何で駄目なんだ?」

俺にはそこがわからない。楽しいならいいと思う、死なんか考えなくたって。

「これ以上はないと思ったんだ」

「は?」

「誠も昔言ってたじゃないか。俺は真琴以上の出会いはないって」

確かに言った記憶があるので俺は素直に頷いた。というか今でもそう思っているのだが、それがどう繋がるのだろうか。

「僕も誠以上の出会いはないと思う。でも、誠以上はないって、そう思ったら、この先の人生全てに絶望した。何もかも、それこそ、この先生きて行くことも、前以上にめんどくさくなった。絶望して、全てがめんどくさいと思ってしまったのち、これ以上がないのなら、人生の最高の時に、誠と居られる間に終わりたいって思った」

真琴はほんの少し悲しそうに、嬉しそうに微笑んだ。何だよそれ、まるで……。

「まるで俺との未来がないみたいな言い方じゃないか」

俺の声は震えていて、自分でも分かるくらい情けない顔をしていた。そんな俺に動揺したのか、真琴の目が揺らいだ。けれども、真琴は目を一度閉じたのち、目を開け真っ直ぐ俺を射抜く。

「当たり前だ。どれだけ願ったって、いつかは必ず離れなきゃいけない。必ず誠のいない、ただ面倒くさいだけの人生が待ってる。僕はそんなところまでいって絶望なんか味わいたくない」

「……」

「誠とずっと一緒にはいられないなら、全部全部めんどくさい。だから死のうとした。それを止め続ける誠との駆け引きも楽しかった。だから死のうとするのもやめたの」

なんだ、これ。なあ、真琴。

「お前、俺のこと好きすぎだろ」

そう言って笑えば真琴も

「誠、人のこと言えないんじゃないか?」

と笑った。表情筋を働かせるのがめんどくさいからっていつも無表情なのをやめる事を本気で進めたくなる顔をしてる。

「じゃあ、真琴は俺と一緒にずっと居られるならどんなにめんどくさくても生きてくれるってこと?」

「どうだろう? そんなの普通に考えて無理だろう? 僕と誠じゃ進路も夢も違うわけだし」

と言葉を続けようとする真琴の口元に人差し指を持っていって、その続きを止める。ニヤリと口元が笑ってしまった。真琴は少し驚いたような顔をしている。

「あるぜ。ずっと一緒に居られる方法」

「は? 何言って……」

「なあ、真琴。お前、俺のこと好きだよな?」

「さっきもその話したよな? 馬鹿なの? 誠との出会い以上のものはこの先生きていてもないと思うし、それなら死んでしまった方がいいと思ったって言ったよね、僕」

「つまり俺のこと好きだよな。俺も真琴との出会い以上のものはこの先生きていても絶対にないと思ってる」

ここまで言えば、真琴も馬鹿じゃないからわかったと思う。さっき以上に驚いた顔をして、少し焦り気味に口を開いた。

「お前、何言って……、僕、かなり面倒くさがりだぞ? わかって言ってるの? これから先のお前の未来が潰れる事になるんだぞ? 本当に分かってるか?」

「面倒くさがりなのは知ってるし分かってる。それにお前といる事で俺の未来が潰れる事はあり得ない」

「動くのも食べるのも話すのも息をするのも、生きるのも、めんどくさいって思ってるんだよ? それに、この世界に絶対は無い」

「知ってるし分かってるってば。絶対が無いならあり得ない事も絶対に無いとは言えないんじゃないか?」

「言葉尻とんな。……それに僕達は親友だ」

「そうだな。この世でたった1人の俺の親友だ」

「親友ならそんなことならないと思うのだが?」

 俺はため息をついた後、もう一度真琴の目を見る。真琴の目は揺らいでいて、何処か不安げだった。俺も同じ顔をしているのかもしれないな、なんて思いながら苦笑する。怖いよな。予測できない未来に懸けるなんて。

「親友という肩書きに恋人っていう肩書きも加えることはお前にとって出来ないことか?」

その言葉に、真琴は目を丸くする。

「誠って馬鹿だね。僕、声聞いてるだけならきっと男の子だと思われるようなやつだし、そんな奴を貰って後悔しないわけ? 大体肩書きってそんな簡単に加えられるようなもんじゃないでしょ」

「後悔すると思ってんの? 出来ないとか嫌なら無理強いはしないが、お前が出来ないとは1ミリも思ってないけどな」

と言えば、真琴は左目から一筋の涙をこぼしながら言う。

「思ってるわけないし、私だって思わないよ」

そういうと、真琴は流れていた涙を乱暴に拭って

「面倒くさがりの僕を頼んだよ、恐がりさん」

と俺に笑いかけた。

「恐がりの俺のために生きてくれよ、面倒くさがりさん」

笑う顔が可愛くて、好きとかそういう恋慕じゃ表せないような感情を感じながら、めんどくさがりな親友兼恋人の真琴を抱きしめた。

 これは俺と親友、誠と真琴の話で、恐がりな俺と面倒くさがりな彼女の話。

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