名残
歩隅カナエ
第一話「コンプレックス」
彼女が小学生だった頃も、年度初めなんかは特に億劫だった。退屈な式を終え、教室で何の変哲もない至って普通の自己紹介を終えると、しかしクラスメイト達は
小学五年生の頃の話だ。
クラスでたった一人だけ、夏休みが終わってもまだ名前について執拗に
あまりの仕打ちに泣いてしまったこともあったが、彼らはそれをただの遊びの延長だと思って楽しんでいたから、たとえ名残が涙ながらに制止を呼び掛けようと、帰りの会で担任教師が注意を試みようと、その心ない攻撃が静まることはついぞなかった。
名前が稀有なだけでこれだけの仕打ちを受けなければならないのかと、小学生ながらに絶望したことを名残は今も昨日のことのように覚えている。自分の名前が原因でそんな扱いを受けたというその記憶は、今も脳裏に焼き付いて離れない。
アイツがいなければ、みんなもあれだけしつこく揶揄ってくることはなかったかもしれない。
アイツが、いなければ。
そんなことを考える自分が名残は嫌で、だからその男子よりも自分の名前にこそ原因があるのだと、心優しい彼女はいつしかそんなことを思うようになった。その記憶は未だ名残の意識化に根深く残っていて、中学二年生になった今でさえ、彼女は自身の名前を述べること、そして呼ばれることに良い反応を示さない。
名前ほど身近な言葉もないから、裂傷が消えてなくなるように、その傷が海馬の中で風化してしまうこともなかった。いつだって、そのコンプレックスは彼女の後を付いて回り、どうしようもない苛立ちをその胸の中に生じさせていた。多感な中学生にとって、それは途方もないストレスだった。
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