3

「で?どうするつもりなのよ?」

梓は助手席に座っている弟・巧に問いただした。

「……どうって?」

上着のポケットに手を入れ、相変わらず景色を見ているフリをしている。

「千綾よ!追い掛けないの?」

と、横目で巧を見た。

「なんでイタリアまで追い掛けなきゃいけねぇんだよ?」

巧も梓にジロリと目をやる。

「アンタねぇ…」

梓は溜息をつくと、

「そのポケットに突っ込んでる物は何よ?!プロポーズするつもりだったんでしょ?」

と、上着のポケットに入れられた巧の手を掴んだ。

「げっ…!!!姉ちゃん、何で知ってんだよ!?」

慌てて抵抗する巧。

梓は手を放すと、

「アンタの事なら大体わかる。」

と、言い放った。

「………」

巧は罰が悪そうにソッポを向く。


―俺だって、どうすりゃ良いか分かんねぇよ…


ポケットの中に入った指輪ケースを、ぎゅっと握り締めた。



******


【鈴屋くん、あなたは誤解してるわ。私はあなたとの事をいい加減に考えてるわけじゃない。私だって会えなくなるのは悲しいのよ。でも、それでもイタリアへの留学を諦められなかった。本当に私のワガママだと思ってる。だから、あなたに「待ってて」なんて言えない。例えあなたに誰か好きな子ができたとしても、私は責めない。そんな権利ないもの。どうか、あなたのしたいように生きて欲しい。心からそう願ってるよ。

PS 明日11:00のローマ行きの便で発ちます。】


千綾からのメールに巧が気付いたのは、日付が変わった朝だった。

バイトの夜勤明けで、ようやくケータイが見れたのだ。

半ば眠った頭でそれを読むと、

「なんだよこれ…」

と呟いた。


―『あなたのしたいように生きて』だと?どうぞ勝手に生きろって事かよ、クソ!


メールの一部分だけで解釈し、巧は煙草を吸いながらバイト先の喫煙所でイライラしていると、

「な~にイライラしてんだよ、鈴屋?」

と、抱きつかれる。


「ちょっ、玉木先輩!?危ないっすよ。」

くわえた煙草を慌てて離す巧。

バイト仲間で一つ年上の玉木邦臣はニヤニヤしながら、

「なんだよ?女からのメールか?」

と、自身も煙草を取り出す。

「ん、まぁ…彼女からです。」

「ほぅ?こないだ言ってた今度留学する喧嘩中の彼女か。」

煙草をくわえながら玉木は言った。

「喧嘩って程じゃないっすけど…」

「オマエ、彼女からの連絡避けてるんだろ?」

「別に避けてるわけじゃ…」

と、言いながら巧は動揺を隠せない。

「彼女を手放したくないなら、しっかり繋いどけよ。」

煙を吐き出しそう言うと、巧を見てニッと笑った。

「玉木先輩…」

「逃げるばかりで自分の気持ち話してないんだろ?後悔してからじゃ遅いぜ。」

玉木自身も過去に苦い思い出があるのだろう。


しばらく巧は玉木を見つめていると、

「ば~か!俺見たって何も始まらねぇよ。彼女、いつ発つんだ?」

と、玉木が聞いてきた。

「あぁ…明日みたいです。」

巧は答えながら、再びメールに目を落とす。

すると、「あ?!!!」と巧は大きな声を出した。

「ビックリさせんなよ…急に大声出しやがって。」

「違う!今日だ!発つの…今日です。」

「なんだって?」

届いたメールの日時が、昨夜になっていたのだ。

巧はそこにようやく気が付いた。

「ちょっ…こうしちゃいられない!俺、行きます!」

と言うのと同時に、巧は駆け出して行った。


玉木はそれを見届けると、

「俺もあれだけ素直だったら良かったのかもな。」

と言いながら、煙草の煙をゆっくりと吸い込んだ。

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