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「で?どうするつもりなのよ?」
梓は助手席に座っている弟・巧に問いただした。
「……どうって?」
上着のポケットに手を入れ、相変わらず景色を見ているフリをしている。
「千綾よ!追い掛けないの?」
と、横目で巧を見た。
「なんでイタリアまで追い掛けなきゃいけねぇんだよ?」
巧も梓にジロリと目をやる。
「アンタねぇ…」
梓は溜息をつくと、
「そのポケットに突っ込んでる物は何よ?!プロポーズするつもりだったんでしょ?」
と、上着のポケットに入れられた巧の手を掴んだ。
「げっ…!!!姉ちゃん、何で知ってんだよ!?」
慌てて抵抗する巧。
梓は手を放すと、
「アンタの事なら大体わかる。」
と、言い放った。
「………」
巧は罰が悪そうにソッポを向く。
―俺だって、どうすりゃ良いか分かんねぇよ…
ポケットの中に入った指輪ケースを、ぎゅっと握り締めた。
******
【鈴屋くん、あなたは誤解してるわ。私はあなたとの事をいい加減に考えてるわけじゃない。私だって会えなくなるのは悲しいのよ。でも、それでもイタリアへの留学を諦められなかった。本当に私のワガママだと思ってる。だから、あなたに「待ってて」なんて言えない。例えあなたに誰か好きな子ができたとしても、私は責めない。そんな権利ないもの。どうか、あなたのしたいように生きて欲しい。心からそう願ってるよ。
PS 明日11:00のローマ行きの便で発ちます。】
千綾からのメールに巧が気付いたのは、日付が変わった朝だった。
バイトの夜勤明けで、ようやくケータイが見れたのだ。
半ば眠った頭でそれを読むと、
「なんだよこれ…」
と呟いた。
―『あなたのしたいように生きて』だと?どうぞ勝手に生きろって事かよ、クソ!
メールの一部分だけで解釈し、巧は煙草を吸いながらバイト先の喫煙所でイライラしていると、
「な~にイライラしてんだよ、鈴屋?」
と、抱きつかれる。
「ちょっ、玉木先輩!?危ないっすよ。」
くわえた煙草を慌てて離す巧。
バイト仲間で一つ年上の玉木邦臣はニヤニヤしながら、
「なんだよ?女からのメールか?」
と、自身も煙草を取り出す。
「ん、まぁ…彼女からです。」
「ほぅ?こないだ言ってた今度留学する喧嘩中の彼女か。」
煙草をくわえながら玉木は言った。
「喧嘩って程じゃないっすけど…」
「オマエ、彼女からの連絡避けてるんだろ?」
「別に避けてるわけじゃ…」
と、言いながら巧は動揺を隠せない。
「彼女を手放したくないなら、しっかり繋いどけよ。」
煙を吐き出しそう言うと、巧を見てニッと笑った。
「玉木先輩…」
「逃げるばかりで自分の気持ち話してないんだろ?後悔してからじゃ遅いぜ。」
玉木自身も過去に苦い思い出があるのだろう。
しばらく巧は玉木を見つめていると、
「ば~か!俺見たって何も始まらねぇよ。彼女、いつ発つんだ?」
と、玉木が聞いてきた。
「あぁ…明日みたいです。」
巧は答えながら、再びメールに目を落とす。
すると、「あ?!!!」と巧は大きな声を出した。
「ビックリさせんなよ…急に大声出しやがって。」
「違う!今日だ!発つの…今日です。」
「なんだって?」
届いたメールの日時が、昨夜になっていたのだ。
巧はそこにようやく気が付いた。
「ちょっ…こうしちゃいられない!俺、行きます!」
と言うのと同時に、巧は駆け出して行った。
玉木はそれを見届けると、
「俺もあれだけ素直だったら良かったのかもな。」
と言いながら、煙草の煙をゆっくりと吸い込んだ。
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