19.赤い瞳が見つめるもの
「……やぁ、ギルバートにリリアナ。久しぶりだね」
「あぁ、一年ぶりだな」
ギルバートは、この予想出来なかった状況を見ても冷静でいるアレスに声をかける。その合間を縫い、リリアナは小走りで倒れ伏すノアの元へと行く。そして小柄な体からは想像出来ない馬鹿力で、黒髪の彼女を軽々と持ち上げた。見た目よりも深く刺さったナイフに、思いのほかミュレは手こずっている。それも全て計算済みで、ナイフは通常のものよりも高さと重さを二倍増しにして、一度刺さると抜けにくいように作り上げていた。この重さはリリアナの特注品、それが功を奏した。
「ヴィンさん、セリちゃんを担いでください! すぐにノアちゃんの治療をします!!」
「そう簡単に……行かせるわけがないでしょう」
小刻みに震える腕を使い、ミュレは自身の体を起こす。それと同時に彼女は立ち上がった時に落とした、小さな球を踏みつぶした。それはパキンッと小さく音を立てて壊れた。そこから白い煙が溢れだし、みるみるうちに彼女を包み始めた。それを見て、ギルバートの表情が歪んだ。そして泣き伏せるセリカを軽々と持ち上げ、戸惑うヴィンセントを走らせる。
「あれは……あの力を持ったミュレは、本気で殺しに来る」
「よくわかってるじゃないか。宝玉の力を身にまとったミュレは僕にも止められない、君たち全員を消すまで止まらないだろうね」
その光景を、堪能させてもらおうかな。
そう言ってアレスは、駆け足で部屋を出て行く五人に向かって手を振った。その顔は笑っていた。そんな貴族に目も暮れず、ギルバートとヴィンセント、リリアナの三人は真っ直ぐ館の入口へと走って行く。一階までの螺旋階段、折れた矢が散るカーペットの上、ただでさえ暗い館の廊下は困難だらけの道のりだった。
「見えました!! 空いてます……!!」
「早くこんな敷地から出るぞ!」
そうリリアナが手を伸ばした時、その手元に裁ち切りハサミが刺さった。間一髪のところで、リリアナは手を引っ込めた。後ろを振り返ると、そこには両手に裁ち切りハサミを持ち碧眼を光らせるミュレがいる。
「……逃がしませんよ。あなた達は良い生贄なんですから……」
「っ……一人しか出られないように、今のハサミで固定された」
「私が時間を稼ぎます、ヴィンさんにノアちゃんを預けるので……」
「良い……私が稼ぐ……」
リリアナの背で、ノアが静かに肩を叩き降りた。少しその足はふらついていて、余裕が無いように見える。そんな彼女をリリアナが支える。
「ノアちゃん、そんな体じゃ無理です! 家に戻ったら治療しますから、今は……」
「……私は、お前達と違ってセリカを心から信頼していない。当然、忠誠心なんてあるわけがない。そんな私は、ルナの為に戦うんだ……獣と化してしまった彼女のために、私はこの身を捨てる」
そう言いながら、ノアは刀を抜いた。そして震える手で、刃先をミュレに向けて笑う。
「お前は私が殺す。暗殺者は……ターゲットを必ずしとめる、それが流儀なんだよ」
「自分を捨ててまで、そうするのですか。中々……あなたも変わりましたね、自分よりも他人を優先するなんて」
……私が知る、エレノアはどこへ行ってしまったのでしょうか。
その刹那、ノアは全身の力を込め太刀を一閃する。そして、そのふらついた体はその重心に耐えることが出来ず、静かに倒れ伏した。
「ノアちゃん!!」
「そんな体じゃ無理だ! 俺が……」
「……もう良いですよ、全員ここで犠牲になってください。そして、生贄になってください」
ミュレが溜息まじりにそう呟くと、空間がグラッと歪んだ。そんな違和感を覚え、その場にいた皆が頭を抱え出す。そんな空間の中、ミュレはズレた眼鏡を直しながら小さく微笑んだ。
「『霧の洋館』の空間に飲まれ、息絶えなさい。」
その言葉と同時に、ノアは自分の意識が消えていくのがわかった……
* *
「っ…………」
「の、ノア!? び、びっくりしたわよ……」
「せ、セリカ……?」
私は目を覚ました。そこは、いつもの自室。隣では少し疲れ顔をしているセリカがいる。さっきまであの館にいたはずなのに……状況がわからなくなり、思わず頭を抱える。
「だ、大丈夫? 頭……痛いの?」
「いや……単純に状況が把握出来ていないだけだ」
「あなたは朝、この部屋で倒れていたのよ。そこをリアが発見して、私に教えてくれた。それで、ノアが目を覚ますまでここで私が看病していたってわけ。廊下で、皆あなたが目を覚ますのを待ってたわ」
「……え? 私たちは『霧の洋館』に行って……」
「それは明日よ。予知夢を見たのね、きっと。明日、気に食わないけどうちの両親の命日だから、実家のあそこに行かないといけないの」
「……じゃあまだ、そこへは行ってないと?」
「そうよ。すっごく驚いた顔してるけど、私はノアがあの館を知ってることに驚きだわ」
予知夢……? あんなに生々しい夢などあるのだろうか……『怨恨』のあの首を締め付けられるような感触……まだ覚えている。紫髪の料理人、ミュレに罵倒され太刀の刃を手で折られ……あんな鮮明に覚えているというのに、全て夢だと……? 私は納得が出来ず、更に頭を抱え込んでしまう。
「ほ、本当に大丈夫……? もう少し休む?」
「……良い。それよりセリカ……」
「うん?」
「……ヴィンセントを呼んでもらえるか? 彼と少し話がしたい」
そう言うと、セリカは首を縦に振りヴィンセントを呼びに行くために立ち上がった。そして扉を少し開けると、手招きをして彼を呼ぶ。
「良かった、ノアさん……目が覚めたようですね」
扉の前で素直に喜ぶヴィンセント。そんな彼を見て、更にノアは違和感を覚えてしまう。まだ、私を『エレノア・ウィルクリス』だと知らないのだろうか。何となく、懐かしいとは思うがその半面少し悲しみを覚えている自分がいる。
「ど、どうしたのですか……その顔は……」
「……いや、その感じだと私はきっとお前の中でも『ノア・ウィリウス』なんだろうな」
「そうですね、ノアさん。あなたはメイドの『ノア・ウィリウス』、暗殺者の『エレノア・ウィルクリス』ですよ」
そう言うと、ヴィンセントは懐から紫色のナイフ、あのアメジストのナイフだった。それを私に見せつける……
「それは……」
「……あなたから頂いた、アメジストのナイフですよ」
それを見て、私は思わずそのナイフの刃先を掴んでしまう。手のひらは当然、切れてしまうが気にする暇も無く……
「これは……私の!! 何で……!!」
「あなたが、私をいつか殺してくれと言って渡してくれたんじゃないですか」
「じゃ、じゃあ……私とミュレ、ギルバートが話しているのも……」
「ミュレ……? ど、どうしてあなたがその名前を?」
「……え?」
確かに、私はヴィンセントにそのナイフを捧げた。時が戻った……なんて馬鹿なことも考え、彼に話を聞いてみたのだが。今のでその考えは完全に崩れた、時間軸が完全にずれたから。私はナイフから手を離し、また考え始める。
「何を悩んでいるかは、後で聞きますから。とりあえず、その傷を……」
そう言いながら、私とヴィンセントはセリカの元へ行き傷を治してもらった。自分の身には何が……ノアは治療中も、常にそう考えていた。
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